とはいえ、この偉大さには期待せざるを得ない! 世界を射程に入れた現行UKシーンの最重要ラッパーが初のアルバムを完成した。その野心的な眼差しは何を見つめる?
ここ数年の勢いの衰えなさを眺めていれば想像できたことではあったものの、ここまでの結果が早速ついてこようとは。セントラル・シーのファースト・アルバム『CAN’T RUSH GREATNESS』は全英チャートでNo.1を奪取するだけでなく、全米9位まで上昇して英国のラップ作品としては初めて全米TOP10入りしたのだ。そうした数字を意識しないとしても、近年のUKドリル〜英国ラップ・シーンで大躍進した彼の存在感はすでにより広いフィールドへと飛び出している。
もちろん〈ファースト・アルバム〉と言いつつ彼の実績は十分だ。ロンドンのシェパーズブッシュ出身、98年生まれのセントラル・シーは、いきなり全英2位を記録した2021年の初ミックステープ『Wild West』でその名を世界に知らしめた。不穏なヴァイブを纏った不敵なマイク捌きはUKドリル固有の刹那的な危うさを孕んでいたものの、そのスピード感が生き急ぐようなスタンスではなく清々しいまでの上昇志向の表れであることは、翌2022年のセカンド・ミックステープ『23』が見事にチャート首位をマークする頃には明白だったかもしれない。のみならず、その年の夏に投下した次なる“Doja”はTikTokを中心にバイラル・ヒットして全英2位を記録。UK産のラップ曲としてストリーミングの記録も樹立している。
デイヴとの共演EP『Split Decision』から“Sprinter”を全英1位に叩き込んだ2013年には、ピンクパンサレスの“Nice to meet you”やキッド・ラロイの“TOO MUCH”に客演し、ドレイクとの“On The Radar Freestyle”も発表。フランスのニーニョとは文字通りの“Eurostar”をリリースしている。そうした八面六臂の外向きな動きは2024年になるとさらに加速していき、J・コールの『Might Delete Later』に“HYB”で登場したかと思えば、ナイジェリアのアシャケとは“Wave”で、交際の邪推も呼んだアイス・スパイスとは“Did It First”で、フランスのJRK 19とは“Bolide Noir”と“Billion Streams Freestyle”で共演。そうしたなかで届いたのがリル・ベイビーとのコラボ・チューン“BAND4BAND”で、全英3位になったこちらはUSでの初ヒットとなる全米18位を記録している。UKドリルとトラップの作法が噛み合うこの曲は結果的にアルバムへの予告編となった。
そのようにして届いた『CAN’T RUSH GREATNESS』は、ここまでの動きが示すように異なる文化圏から多彩なスタイルの持ち主を迎えた作品だ。ステルヴィオ・チプリアーニのスコアから人気ネタの“Mary’s Theme”を用いた“GBP”では21サヴェージと絡み、プエルトリコのヤング・ミコを迎えた“GATA”ではラテン情緒も纏ったビートに乗り、ニーヨの“So Sick”を叙情的に敷いた“TRUTH IN THE LIES”ではシカゴからリル・ダークを迎え、もちろん本国の先達スケプタとの“TEN”やデイヴとの“CRG”もあり、さらにはウータン・クラン“C.R.E.A.M.”使いの“ST. PATRICK’S”があったり、抒情的なループの“NOW WE’RE STRANGERS”があったり……と、類型的なUKらしさを超えた主役のストロング・スタイルがさまざまな要素をひとつに束ねている。
本作を引っ提げてワールドツアーの開催も発表しているセントラル・シー。その向かう先はわからないが、ボーダーを超えた彼がすでにかつてない領域まで進んでいるのは確かだ。
『Can't Rush Greatness』参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、21サヴェージの2024年作『American Dream』(Slaughter Gang/Epic)、デイヴの2021年作『We’re All Alone In This Together』(Neighbourhood)、スケプタの2019年作『Ignorance Is Bliss』(Boy Better Know)
左から、セントラル・シーの2022年のミックステープ『23』(Live Yours)、セントラル・シーが客演したピンクパンサレスの2023年作『Heaven knows』(Warner)、アイス・スパイスの2024年作『Y2K!』(Capitol)、アシャケの2024年作『Lungu Boy』(YBNL Nation/Empire)