江戸文化の〈べらぼう〉な輝きと蔦重の不屈の魂に導かれて
新しい大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」が始まったが、その1回目の夜、テーマ曲を聴いて思わず目頭が熱くなってしまった。版元として多くの浮世絵師や作家を世に送り出すなど町人文化隆盛を牽引した蔦屋重三郎が主人公の物語だが、わずか2分半のその曲には江戸中~後期(18世紀後半)の町人たちの生々しい息遣いと活力、主人公の人生の光と影などがすべて表現されているように感じたのだ。見事である。しかも、今回の音楽を担当したのは、2020年度の「麒麟がくる」が大河初登板だった米人作曲家のジョン・グラムだ。米国にいながら、あの時代の空気感をここまで的確に把握し音像化できるとは……。
――江戸時代のことをかなり時間をかけて研究したんでしょうね?
「私は学者の両親から、まずはしっかり勉強して理解するという姿勢を身につけるように育てられたので。今回も、歴史書や美術書を読み込み、アメリカと日本の両方で浮世絵や江戸の歴史を取り上げている美術館や博物館を訪れました。また、浮世絵に描かれている風景に近い町並みが今でも残っている高山にも足を運びました。作曲中は、オフィスやスタジオ、自宅にも浮世絵などいろんな図版集を常に置き、ヴィジュアルから刺激を受けるようにしていました。私はもともと浮世絵の芸術が大好きでしたが、今回のリサーチを通じて、戦乱のない平和で繁栄したこの驚くべき時代の文化や成し遂げられたことの数々にも、改めて深い敬意と魅力を感じるようになりました」
――日本の歴史において江戸時代、特に中~後期はどのような意味を持っていたと認識していますか。
「江戸時代というのは世界史の中でも類を見ないほど長期間にわたる平和な時代の一つだったわけですが、今回のリサーチで私が一番驚いたのは、江戸という場所と時代がいかにエネルギッシュに動き続けたかということです。特に蔦重の時代(18世紀後半)になると、町人階級が財力を使って社会的なルールを揺さぶりだし、それが身分境界線にも大きな圧力を加えるようになったのではないでしょうか」
――Aメロがチェロ~低音ブラス~高音ブラスへと躍動的に展開してゆくテーマ曲“Glorious Edo(輝かしき江戸)”の構造にもこの時代のダイナミズムがうまく表現されていますね。
「構成自体は、ある意味で蔦重の人生をも象徴する縮図になっています。蔦重はもともと、家柄も財産もない無名の存在からスタートし、まるで錬金術のような不思議な手段で自分の人生をメディア王へと変革していきました。最初のメロディをチェロが奏でるのは、そんな彼の駆け出しの頃を表現しています。才能と野心を持ち合わせながらも、いまだ一人きり。その後、他の楽器が次々と加わって音の厚みが増してゆくのは、蔦重が出版物を作るうえで絵師や彫師、紙職人など才能ある人々を仲間に引き入れていったプロセスを暗示しています。蔦重のキャリアがどんどん花開いていくさまを表したかったんです」
――テーマ曲の冒頭で鳴らされるツィンバロンの音も新鮮な驚きでした。
「蔦重が生きた江戸の芸術作品は今見てもまばゆいほどの美しさがあります。その一部は海外にも出回り、ジャポニスム(Japonisme)という言葉が生まれるほどのブームを巻き起こしました。そこで、テーマ曲の最初の音としてどこか異国情緒があるキラキラした響きが欲しくなり、ツィンバロンを使ったんです。このテーマ曲は、まばゆい輝きに満ち、国境を越えて広がっていった江戸文化そのでもあります。だからこそ、ツィンバロン以外にもベル系の楽器やハープ、箏、三味線、ピアノ、チェレスタなど、いろんな国の、しかも音がキラリと光るような楽器をたくさん使いました」
――まだ始まったばかりですが、今回の作曲作業であなたが最もこだわったことは何でしょうか。
「蔦重の物語は、実に幅広い音楽性を必要とします。一番重要なポイントは“多彩さ”でしょうね。政治的な衝突や陰謀があれば、不穏な動機が渦巻くような音楽が要ります。蔦重がある難局を乗り越えても、また次の難局がやってくる。そうやって壁を乗り越えていく感覚を音楽にも込めたい。なので今回は、作品が求める多層的な音楽をどうやって実現するか、ということに特に力を注ぎました。
蔦重の人生を通じて最も大切なテーマは、決してあきらめないこと、だと思います。彼は幾度もチャンスを掴んでは失い、騙されたり裏切られたりもしましたが、庶民が見たいもの、読みたいものを信じ続け、粘り強く出版に必要な資金や人材を集め続けました。たとえ当局から厳しい罰を受けても、彼はその後さらに気持ちを奮い立たせ、大きな成功を成し遂げた。“挑戦しても失敗するかもしれないが、挑戦しなければ失敗は確実だ”とよく言われますが、まさに蔦重が証明しているのはその真理です。そういうメッセージが私の音楽からも視聴者の皆さんに伝わることを願っています」