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ドラマー鈴木俊之とベーシスト原荘平の絶妙なリズム隊

――バンドをやめた勢いでソロアルバムの制作に突入した?

「はい。自宅で歌や演奏を録音できるようにマイクも揃えました。それで演奏を誰に頼もうか、ということになって。まず、ドラムはToshi The Grooveとかで長年一緒にやってきたトシさん(鈴木俊之)にお願いしよう、と。それで最初に、トシさんのドラムをテスト録音して、ベースは何人かに声をかけてトシさんが叩いたドラムに合わせて試しに弾いてもらったんです。

ベースはR&Bやソウルミュージックに親しんでいる人にお願いしたいと思っていたんですけど、いちばん良かったのが原荘平さんでした。他の候補の数名は俺が打ち込んだベースとほぼ同じに弾くんですよ。ただ原さんのベースのフレーズだけは全然違っていて最高でした。原さんは自分より10歳くらい年上で。最近はベースの仕事はあまりされていなかったみたいなんですけど快く引き受けてくれました。原さんには15年前くらいから〈俺がソロを出すときは一緒にやりましょう〉と言ってたんです。原さんは〈絶対、嘘だと思ってた〉って(笑)」

――ついに約束が果たせた(笑)。原さんとトシさんは共演したことはあったのでしょうか?

「それがないんですよ。曲をまとめて行く段階で、2~3回、プリプロを一緒にやったんですけど、その場での合奏という観点ではそこまで相性は良くなくて(笑)。原さんはめちゃくちゃ正確な演奏をされるんです。一方、トシさんは他人の、しかも2回くらいしか聴いたことがない大量の曲を短期間ですぐに叩かないといけない進行的な事情から、フレーズを考えながら叩くはめになって正確さには若干欠ける。どうしても2人のノリがずれてくるんですよ。でも、トシさんはすごく面白いドラムパターンを考えてくれるんです。

そこで2人と相談した結果、ドラムは必要であれば俺が編集で調整して、それに合わせて原さんに弾いてもらうことにしました。トシさんはスタジオハピネスで2.5日間、原さんは俺の家にきて、4日間で15曲録音しました」

――キハラさんは大変ですね。歌とギター以外に自宅でレコーディングのエンジニアまで。プロデューサーとして全体を見ながら曲も完成させないといけないし。

「裏方仕事には慣れているから大丈夫なんです。自分がギターを弾くのは最後の最後ですけど、それまで皆さんが楽しくやって頂ければ苦労ではない。

でも、レコーディングしていた時期が夏だったんですけど、録音作業の部屋が自宅の3階にあって、西陽が当たって暑いんですよ。録音中はエアコンをつけて窓を締め切るんですけど、ベランダで喫煙して戻ってくる原さんが煙草臭くて(笑)。自分はもう断煙していましたから久々の感覚(笑)。

そんなこともありつつ、以降も、アルバムのリリース日が決まっていたから、それに間に合うのか不安で毎日早起きして朝から作業していました。思えば、お世話になった松田信男さん(鍵盤奏者。かつて一色のバンド、タイツに在籍。AKB48などへの楽曲提供をはじめ、ソングライター、アレンジャーとしても活動した)が急逝されてからちょうど1年が経った夏でもありましたね……」

 

多彩な音を乗せるキーボーディスト藤原マヒトとユニットの相棒だった武田真

――忘れられない夏ですね。トシさん、原さん、キハラさんの演奏に、キーボードで加わったのが藤原マヒトさん。いろんな音を乗せて大活躍です。

「最初はGT’ズに頼んでホーンを入れようと思ったのですが、タイミングが合わなくて。でも、鍵盤はどうしても入れたくてマヒトさんに声をかけました。当時、マヒトさんはDer ZibetのISSAYさんのトリビュート(『ISSAY gave life to FLOWERS - a tribute to Der Zibet -』)の仕切りとかで忙しそうにされていたのですが、データのやりとりで作業できるのなら大丈夫ということになって。

曲の編集が大体終わったところでマヒトさんとデータを共有。この曲はこういうつもりで書きました、ということも伝えて、それを参考にしながらマヒトさんが音を当ててくれたんです」

――作詞で参加されている武田真さんはどういう方ですか?

「真ちゃんは、昔、伊藤銀次さんのプロデュースでデビューしたhoney honeyっていうバンドのギターをやってたんです。自分は面影ラッキーホールに入る前だったんですけど、同じ中目黒のコンビニでバイトをしていて仲良くなったんです。その頃、音楽をやってる奴が集まって一軒家を借りて住んでいて、そこに彼も越して来た。それで2人でユニットを結成したのが今から20年くらい前。ユニット名はGYRO, What’s The Frequency?でした」

――アルバムのタイトルじゃないですか!

「そうなんです。最初、このアルバムは真ちゃんとのユニットで出したいと思っていたんです。ユニットを結成した時は、2人でギターを弾いて、真ちゃんが歌詞、俺は曲を書くという役割分担をしていました。それで今回、現在は大阪に住んでいる真ちゃんに連絡して、GYRO, What’s The Frequency?としてアルバムを出したいから歌詞を書いて欲しいってお願いしたんです。いま、真ちゃんはシナリオ講座に通って改めて文章に向き合っている、と聞いていたので歌詞を書いてほしかった。そして、真ちゃんと2人の新しい物語を始めるんだ!と思っていたんです。

ただ、今回、収録したのは“三日月の夜”“アゼトウナ”の2曲ですけど、仕上がるまでの2人のやりとりにすごく時間がかかったんです。その結果、素晴らしい内容になりましたが、全曲この調子だと締め切りに間に合わないと思って、次の機会には必ずや、との誓いのもと、今回は覚悟を決めて残り全てを自分で書くことにしました」