
サイコロを振り続けている
――ということは、2024年内に“トゥー・ドゥリフターズ”“四月怪談”を含めた4曲はあった。その後、年明けに京都で曲を作ったそうですが、これはどういう理由で?
「ピアノが弾けるところで集中したかったんです。でも、意外にないんですよね。日本中探したんです。どこかのスイートルームとか山奥の一棟貸しとか、そんなのしかない。でも、京都の町中にゲストハウスがあって、そこにアップライトピアノがあったんです。夜9時まで弾いてもオッケーで、他の宿泊客もいない。これはいいぞと」
――自宅にもピアノはありますよね。
「ありますけど、要はNintendo Switchを触らず、なおかつ年末年始のテレビの録画を見ないで済む環境に身を置きたかったんです(笑)。とにかく環境を変えないとまずいと思って。で、そこで書いたのが“ミント”と“スペシャル”です」
――どちらもピアノで作った曲とは思えないですね。“ミント”は12弦ギターも使われているし。
「そうなんですよ。ピアノで作ったモチーフはあるんですけど、“トゥー・ドゥリフターズ”みたいに難しい感じの曲になっていって……いや、実はこの件で、すっごく迷ったんです、どっちに進むべきかって。小難しい……とまでは言わないけど、“トゥー・ドゥリフターズ”みたいな変な曲がいっぱい入ってるアルバムにした方がいいのかなって。でも、アコギを触りながら曲を書く方に進んでいって……。
もちろん、ここでこうメロディーが展開していったらどうなるかな、みたいな検証はピアノでしましたけど、結局“ミント”は一筆書きっぽい作りになったし、“スペシャル”はブロッサム・ディアリーの“Doop-Doo-De-Doop (A Doodlin’ Song)”みたいな曲を書きたいっていうのが最初の動機だったんですよね。それで一回形にしたんだけど、そのあと佐久間さんと2人でスタジオ入った時、今回のアルバムの感じからいくと、もっとテンポが早くていい気がする、みたいな話をして、それでああいうふうに落ち着いたんです。だから、最終的に仕上がったのは京都から帰った後、最後のレコーディングの数日前ですね(笑)。
結局、ピアノのある部屋で作業したのにピアノをメインに作った曲は入らなかったですけど、モチーフはいっぱいできたので、次に生かされるかもしれない」
――曲の根幹に関わる部分までメンバーと意見を交換したりアイデアを取り入れたりすることを積極的にやれたことが収穫だったんですね。これまでやってこなかったそうした作業に振り切れたのは、15年続けて活動している中で何か気づきがあったからなのでしょうか。
「やっぱり『Extended Vol.1』(2024年)を作ったことじゃないですかね。外部に任せることに抵抗があるつもりもなかったんだけど、あれを作ることによって軽減されてたのかもと。
『SONGS』の時にこういうアルバムは作れなかったです。それによって曲も大きく変化したし、それもメンバーと合わせながらできたりして……。今話した“スペシャル”もそうだし、 “緑と名付けて”もバンドと合わせる中で変わりました。最初、もうちょっとぼんやりした感じだったんです。Aメロで落として、でもまだ落ちる、みたいな展開に重点を置いてできないかなと考えていたんですけど、レコーディングスタジオでメンバーに〈何かリファレンスってない?〉と聞かれて、うーん、うーん……って考えてトンチみたいに、NRBQのアル・アンダーソンがいたザ・ワイルドウィーズの曲みたいな感じにしたいです、と捻り出して(笑)。で、みんなで聴いてみて、じゃあ、ベース始まりでいいじゃん、という感じで軽薄に作ったんですよ。
元ネタがハッキリあるのは“スペシャル”と“ミント”かも。“ミント”はカーネーションの“世界の果てまでつれてってよ”が入っちゃってるんですけど、作ってる時に避けられなかったんです(笑)。カーネーション、時々出ちゃうんですよねえ。だいたい後で気づくんです。すっげえ恥ずかしくなりますけど……もう仕方がない」
――しかも、今作、演奏や音もラフですよね。
「そうかもしれません。勢いもあるし、最初に言ったように、15年にしてファーストアルバムって感じもしてます。曲出し会議で出したままの状態で手をつけられないままレコーディングを迎えた曲もあったし、そういう曲をみんなでアイデア出しながら作ったりしたので、勢いや瞬発力は出たと思います。佐久間さんなんか“緑と名付けて”を録り終わった後に、〈ああ~! なんとかでっち上げたな!〉と言ってましたけど(笑)。でっち上げだろうが何だろうが、内容がよけりゃいい。
ただ、ぜーーーーーったいに、これに甘えちゃダメだってことは確かです(笑)。もう2度とできない。絶対できない。またみんながなんとかしてくれるだろうって思っちゃ絶対ダメなんです。ノープランは今回だけです(笑)!」
――単純に、なぜノープランになったのですか。忙しかったからですか。それとも進むべき道が見えないタイミングが続いていたのでしょうか。
「夏休みの子供と一緒なんですけど、ほんとに忙しかったんですよ。ずっと何かをやってて、なんでこんなに忙しいんだ? おかしいぞ! 大したことはやってないのに毎日何かがあって全然曲作りできない、みたいな時期が続いていたんです。
その後、『Extended Vol.1』を出した後、去年の10月にまとまった時間が取れて、さあ、曲作りを頑張らないとってなったんですけど、その時、ほんっっっとに人生で過去最高に怠けて、何にも作らなかったんですよ(笑)。本音を言うと、10~12月の3ヶ月もありゃあ、10~12曲ぐらいできるでしょうと思ったんだけど、脳みそを使わない方に行ってしまったんですよね。1日9時間ぐらいゲームやったりして、それで『Apex』をアンインストールするところから始めて(笑)。あそこでアンインストールする決断をしてなかったら、本当にマズかったかもしれない。
ただ、それでも、11月になっていよいよヤバいってなっても、まだできなかった。自分がどういう曲を作ればいいのかもわからない。モチーフだけはできるんだけど、それが1本にならない時期がありました。そこからさっき話したように曲出し会議をして、ゲームもテレビもない環境に行かないとって思ったわけです。
もともと、どこかでサイコロを振り続けているようなふしがあるんです。これは何かというと、ギターとかピアノを触っていると、〈あ、これは気づかなかった〉と思う瞬間があるんですよね。なるほど、そうか、ここからここに行くんだなあ、思いつかなかったよキミ!みたいなね。基本的に、そういう瞬間を待っている。そういう意味でずっとサイコロを振り続けているんです」