
2019年の再始動から数年の歳月を経て、待ちに待った15年ぶりのニュー・アルバムがついに完成。実験的で親しみやすい音楽性が、変わりゆく現実のなかに変わらぬステレオラブの世界を構築する!
ステレオラブは、レティシア・サディエールとティム・ゲインが率いるイギリスのバンド。幾度かのメンバー加入/脱退を経て、現在はレティシア、ティム、アンディ・ラムゼイ、ジョー・ワトソン、ザヴィ・ムニオスの5人編成となっている。寺山修司の映画「トマトケチャップ皇帝」(70年)にちなんで名付けられた96年の『Emperor Tomato Ketchup』など、彼らはこれまで10枚のスタジオ・アルバムを発表してきた。90~00年代にかけて実験的かつキャッチーなポップソングを作ってきたが、2009年に活動休止。2019年に再始動するまで、レティシアはソロ・デビュー・アルバム『The Trip』(2010年)からソロ活動を行い、ティムはキャヴァーン・オブ・アンチ・マターというバンドを結成するなど、各自精力的に音楽活動をしている。
そんなステレオラブの最新アルバムが『Instant Holograms On Metal Film』だ。2010年の『Not Music』以来約15年ぶりとなる本作は、彼らの作品に親しんできた者にとってお馴染みの要素で溢れている。ローランドJupiter-4やコルグMS20といったアナログ・シンセを多用した音作りに、哲学的言葉で彩られた歌詞。いずれも過去作で見られた側面であり、そういう意味では従来の姿との大きな違いはない。
本作の魅力は、その変わらなさにある。3分台ですら長いと言われる現在の聴環境などお構いなしに、全13曲中9曲が4分以上の曲群において、彼らは多くの機材による音遊びを披露してくれる。レトロ・フューチャーな雰囲気のメロディーを奏でるシンセが映えた“Electrified Teenybop!”では、ティムが愛聴するノイ!などのクラウトロックに通じるドローン・サウンドと躍動感に満ちたモータリック・ビートが響きわたる。“Esemplastic Creeping Eruption”はボサノヴァを思わせるグルーヴが際立つギター・ポップという趣だ。全体的には、97年の5作目『Dots And Loops』を彷彿させるエレクトロニックなポップソング集と言っていい。同作は、今回の新作と同じくらいクラウトロック、ボサノヴァ、エレクトロニック・ミュージックの要素が顕著な作品だった。
歌詞も、消費主義を取り上げるなど社会的メッセージが濃い『Dots And Loops』との共通点が多い。〈埋められない穴 飽くなき消費状態〉と歌われる“Aerial Troubles”は制御不能な消費主義や未来への警鐘を言葉にし、良心や真実が蔑ろにされることへの怒りを示す“Melodie Is A Wound”は、フェイクニュースが急速に広まっている現在を嘆くような歌詞だ。現代の社会構造に対する抗いや疑問を込めた言葉は、『Dots And Loops』だけでなく94年のEP『Ping Pong』でも見られるなど、彼らにとっては馴染み深いテーマだ。それがいまもリアリティーを持って響くのは、彼らが結成されてから世界はほとんど変わっていないからであり、その事実は哀愁を抱かせる。
『Instant Holograms On Metal Film』は、音楽的にも思想的にも現代の潮流に容易くなびかない彼らの一貫性が眩しい、過去の楽曲群と地続きの要素を発展させた深化作である。ゆえに流行とは無縁だが、それが現在の音楽シーンでも飛び抜けた存在感に繋がっている。次々と登場する流行りに飛び乗る軽薄さにもおもしろさはある。しかし、ステレオラブはみずからの嗜好と思考に忠実であり続けた結果、日々生み出される膨大な数の音楽に埋もれない独自性を確立できた。これも音楽の奥深さであり、おもしろさなのだ。
ステレオラブの作品を一部紹介。
左から、96年作『Emperor Tomato Ketchup』、97年作『Dots And Loops』、99年作『Cobra And Phases Group Play Voltage In The Milky Night』、2001年作『Sound-Dust』、2004年作『Margerine Eclipse』(すべてDuophonic Ultra High Frequency Disks/Warp)
関連盤を紹介。
左から、ステレオラブのレア音源集『Little Pieces Of Stereolab(A Switched On Sampler)』(Duophonic Ultra High Frequency Disks/Warp)、レティシア・サディエールの2024年作『Rooting For Love』(Drag City)、ティム・ゲインが在籍するキャヴァーン・オブ・アンチ・マターの2018年作『Hormone Lemonade』(Duophonic Ultra High Frequency Disks)、ゴースト・パワーの2022年作『Ghost Power』(Duophonic Super 45s)