バトルスの新作リリース&来日公演や、トータスの7年ぶりの復活など、このところ俄かにポスト・ロック熱が再燃しているが、日本を代表するポスト・ロック・バンドといえば、Spangle call Lilli lineを置いては語れない。クールで洗練されつつも実験性を感じさせるバンド・アンサンブルと、仄かな叙情性を湛えたメロディー、シュールだが、なぜか心に引っ掛かる歌詞の世界――そのすべてが唯一無二の存在として、結成から15年を過ぎたいまなお圧倒的な魅力を放っている。

そんな彼らが、オリジナル・アルバムとしては前作『forest at the head of a river』からおよそ5年ぶり、通算9作目となる『ghost is dead』を完成させた。共同プロデューサーとして名を連ねているのは、カヒミ・カリィや坂本美雨、Port of Notesなどを手掛けてきた神田朋樹。音数を極限まで削ぎ落とした風通しの良いサウンドスケープは、同じく神田が共同プロデュースで参加した2005年のアルバム『Trace』と対をなす、陰陽でいえば〈陰〉のアルバムに仕上がっている。ミツメの川辺素が参加した“feel uneasy”も聴きどころのひとつで、モーフィング効果を利用したヴォーカル・エディットには驚くこと必至だ。

メンバー全員が音楽以外の仕事を持ち、〈やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる〉という超マイペースな活動を続けるスパングル。あのどこか浮世離れしたサウンドは、そんなユニークな活動スタンスを保っているからこそ、生み出し得るのかもしれない。今回はバンドのリーダー・藤枝憲(ギター)に、ニュー・アルバム『ghost is dead』の制作エピソードや普段の曲作りについてなどをたっぷりと訊いた。

Spangle call Lilli line ghost is dead felicity(2015)

 

〈何もしない〉くらいの感じに

――5年ぶりの新作『ghost is dead』ですが、いつになく制作は難航したそうですね。

「そうなんです。実は、10月10日の恵比寿LIQUIDROOMでのワンマンは、本当はレコ発のつもりで準備していたのですが、全然アルバム制作が終わらなくて……(笑)。こんなに時間がかかったことはこれまでなかったんですよね。いつもは2か月くらいでギュッと集中して作っていたんですけど、今回は年明けに作業が始まって、ワンマン・ライヴ直前にマスタリングが終わったくらいだったんです」

――じゃあ、今年の前半は……。

「延々とスタジオで作業をし続けていました。ベーシック・レコーディングはいつものように3日か4日くらいで終わるんですけど、数か月ごとに3、4曲くらいずつ仕上げていくペースだったんですよね。最終的にはすごくシンプルで、音数の少ないサウンドになりましたけど、スタート時点での原型がほとんど残っていないくらい変わった曲もあります。すべて白紙に戻して最初からやり直したり、BPMを大幅に変更したり、構成を丸ごと入れ替えたり……ほんと延々とやっていましたね。フレーズも、レコーディング直前で〈もっと全体的に抑えよう〉みたいな。もっと〈何もしない〉くらいの感じにしようと言って、ストイックな方向に削ってくことが多かった」

――そこまでシンプルな方向に進んだのには、何か理由があったのでしょうか。

「おそらく、年齢的なものもあると思うんですけど(笑)。ギターの笹原(清明)くんと事前に話していた時にも、〈音数の少ないシンプルな作品にしたいよね〉ということで話が一致して。バンドなんだけど、ミニマルな感じというか。そこでの方向性が噛み合ったから、〈じゃあレコーディングしようか〉というふうになったのだと思います。みんなもう大人だし、仕事もしてるし、放っておいたらライヴもしなくていい、レコーディングもしなくていい、何なら会わなくてもいいっていう団体なので(笑)」

――ハハハ(笑)。

「何かキッカケが揃って、〈ああ、それいいかもね。やりたいね〉って決まらないとたぶん、制作モードに入れない年齢になってきたんですよね」

――なるほど。新作を聴いてまず思ったのは、〈風通しがいいサウンド〉ということでした。音の隙間をこれまで以上に大事にした作品になっていますよね。

「そうなんです。そこをメチャクチャこだわったので、そういうふうに思ってもらえたら正解っていう感じですね。僕はデザイン関係の仕事をしていることもあって、今回はかなりデザイン的な発想で作っているなと自分で思います。ポスト・プロダクションで、レイヤーをそれこそミリ単位で動かしながら微調整していくというか。テクニカルな、プレイヤーシップ溢れるフレーズを弾けるバンドではないので(笑)、どちらかというとミニマルなフレーズを重ね合わせて作り上げていくような……。生演奏なんだけど、打ち込みに近い発想で音像を組み立てているんですよね」

――確かに、一つ一つのフレーズはとてもシンプルなものが多いですよね。

「スタジオで、〈すっげえいいフレーズが弾けたぜ!〉みたいなことは一切ないというか(笑)。とにかく、ひたすらシンプルなパターンを反復する。ちょっとしたギター・カッティングみたいなもの以外は、もはやコピペのほうが簡単なんじゃないか、弾かなくてもいのでは?というくらいシンプルになりましたね」

――以前からスパングルのサウンドにはクールな要素はありましたけど、もはや〈禅の境地〉と言えるくらいなんですね。

「そうですね、クールを通り越して最近は自分の曲を聴いていても、他人事と思えるくらいになってきました(笑)。自分が仕事している時のBGMとして、聴き流せるくらいがちょうどいいなと。リスナーとしては、最近のJ-Popやアイドルのような情報量の多い音楽もすごく好きだし、よく聴くんですが、3人でやる音楽はこのくらい風通しがいいものにしたかったんです」

――とはいえ、決して地味な作品ではなくて。特にシンセの音色がヴァラエティー豊かで、それがアルバムに彩りを添えているなと思いました。

「それは確かにそうですね。シンセを弾いてくれているサポートの林(英和)くんは、もう10年くらいの付き合いで。〈こんなに話の合う人がいるんだ〉っていうくらい話が合うんですよ。やりたい感じもわかってくれるし、よく出来た人なんです(笑)。ちなみに今回は、裏テーマとして〈アーバン〉というキーワードがあって。彼の持つ洗練されたコード使いを、いつもより多めにフィーチャーしています」

――ところで、スパングルの曲作りはいつもどのように進めていくのですか?

「最初から曲の形が出来上がっていることはほとんどなくて。何となくコード進行とかちょっとしたフレーズが一つくらい決まっていて、それを現場で膨らませていくというやり方。だから時間がかかって仕方ないんですよ(笑)。その段階ではまだ大坪(加奈、ヴォーカル)さんはいなくて、僕と笹原くんとサポート・メンバーでスタジオに入ってアレンジしていくんですけど、ある程度決まったところで大坪さんに、〈これにメロディーを付けられそう?〉と投げる。大坪さんからメロディーと歌詞が上がってくるのは、大抵レコーディング前日とか」

――メロディー・ラインは大坪さんが考えているんですね。

「そうです。なので、最初の段階ではほぼインストなんですよ。それぞれが何となく自分のなかでメロディーをイメージしながら演奏しているから、いざ大坪さんの考えたメロディーを聴くと、みんな驚く。〈こんな曲になるんだ!〉って(笑)。時には、われわれが間奏と想定していた場所に歌が入ってたりするんですよ」

――ああ、そういうことも起こり得るわけですね!

「そう。イントロなしで歌から始まったぞ!とか(笑)。あるいは、もう1回Aメロが来るかな、と思ったところを丸々空けられちゃったりするので、じゃあここは他の楽器で埋めようか、みたいなこともありますね。あるいはそこをバッサリ削除したり」

――そこでまた曲の構成やイメージが変わってくると。

「そうなんです」

――とても興味深いです。今回、共同プロデュースとミックスで神田朋樹さんが参加していますが、彼の影響も大きかったですか?

「神田さんとは、『Trace』というアルバムでも一緒にやってるんです。それが今回のアルバムのコンセプトである、〈設計図を元に細かく構築していく〉という形に近かったんですね。ミニマルで、音数が少なくて隙間があって、という。なので神田さんとやったら良くなるだろうなていうのは、わりと早い段階から見えていました。前回と違うのは、『Trace』が陰陽でいえば〈陽〉のアルバムだったのに対し、『ghost is dead』は〈陰〉な感じにしたかったということ。『Trace』はすごく色があるサウンドだったけど、今回は色がないというか」

――抑揚を抑えた感じ、ということですかね?

「リハーサルで詰めていくうちに調子に乗って、だんだん色を付けたくなってくるんですよ(笑)。以外とスパングルってキャッチーな方向、カラフルな方向に行きがちなんですけど、それを最終的にトーンや彩度を抜くことで調整していくような感じでしたね」

Spangle call Lilli lineの2005年作『Trace』収録曲“R.G.B.”

 

――神田さんのプロデュースというのは、具体的にどんなものだったのですか?

「現場でのディレクションというよりも、ポスト・プロダクションですよね。録ったものをどんなふうに仕上げていきたいのか?というところで、データのやり取りのみで詰めていきました。途中からは、他のメンバーに〈聴き比べても違いがわからない〉って言われるくらい、僕と神田さんとで物凄く細かい微調整をしていきました。確かに、10個前のデータと聴き比べればあきらかに違うのだけど、一つか二つ前のデータを聴き比べても、どこをどう変えたのかはわからない(笑)。〈Aメロの最後のリズム・パターンを変えてるんだよね〉と言われれば、〈ああ、確かにそうかもね〉と、わかる人にはわかるくらいのレヴェルなんです。僕自身も、どれが最終のヴァージョンだったかわからなくなるくらいでしたからね(笑)」

――ハハハ(笑)。でも、耳で聴いてもほとんどわからないくらいの単位で音の立ち上がりの位置が微妙に変わっただけでも、曲全体の印象が違って聴こえることはあるのでしょうね。

「そうなんです。例えば、10個前のヴァージョンはまだ生演奏っぽさが残っている。それを、細かくポスト・プロダクションしていくことによって減らしていくんですね。でも、単にグリッドを合わせてイーヴンにしていけばいいか?というと、そういうわけでもなくて。どこを揃えて、どこを不揃いにしておくかで気持ち良さが変わっていくんです。音が減衰していくカーヴも、形によって印象が変わってくるじゃないですか。そのあたりのところをわかってくれて、なおかつ根気強く付き合ってくれる神田さんにお願いできて良かったです(笑)」

 

ステレオラブとポーティスヘッドを足した感じ

――先ほど、〈BGMとして聴き流せるような音楽〉とおっしゃいましたけど、本作をヘッドホンで集中して聴くと、各フレーズの幾何学的なレイヤー感や音像としての立体感などが非常に緻密に考えられていて、聴き込めば聴き込むほど発見がありますよね。とても気軽には聴き流せない(笑)。

「そうですね。限りなく打ち込みに近い音像にしていますが、完全な打ち込みだときっとこういうふうにはならないんですよ(笑)。『ghost is dead』というタイトルなのも、どこか〈気配〉みたいなものを感じる音像というか。最近、SounCloudにアップロードされている音源などを聴いていても、打ち込みで完パケている音楽って、そういう〈気配〉のない曲が多いのかなと思って。ミニマルにグリットを揃えていくにしても、そのへんはちゃんと残したいなと思いました」

――マイクが拾う部屋鳴りとか、そういうノイズが〈気配〉の一つだったりするのかもしれないですね。神田さんとは、事前に打ち合わせなどしたのですか?

「レコーディングの前に一度だけミーティングしています。その時に、最近聴いている音楽について話したりしました。例えば笹原くんはFKAツイッグスの名前を挙げていましたね。もちろん、それをそのままやるということではなくて。」

――ああでも確かに、FKAツイッグスの、特にアルカがプロデュースした楽曲に通じる部分はあるかもしれないですね。楽器の形が見えないアンサンブルというか、抽象的な音の配列で音像を作っていくようなところが。

「そうですよね。バキバキの打ち込みにはない、有機的な匂いもあるっていう。得体の知れない感じが似ているかもしれない。楽器の形が見えないのは、ギターをギターらしく弾くだけのスキルがないだけかもしれないですけど(笑)。〈タラリラリラ~〉って流暢に弾けないから、最初の〈タ〉と最後の〈ラ〉だけ弾いて、その隙間を他の楽器が埋めていくという」

FKAツイッグスの2014年作『LP1』収録曲、アルカのプロデュースによる“Lights On”

 

――まさにポスト・ロック的な発想ですよね。

「昔からステレオラブが大好きなんですけど、彼らもライヴだと演奏すげえ下手じゃないですか、単なるガレージ・バンドみたいな(笑)。それでもミニマルなフレーズをレイヤーしていくことで、あんなにクールかつ豊かなアンサンブルになる」

――最近の若いポスト・ロック・バンドは、みんな演奏がめちゃくちゃ上手いですけど、でもスパングルやステレオラブの影響を強く受けていたりするからおもしろいですよね。

「そう、若い人たちはみんなテクニカルなんですよ。僕なんか、とにかく練習が嫌いだから……(笑)。90年代は下手なほうがカッコイイという風潮がありましたけど、いまは下手だとディスられますからね」

――〈下手なほうがカッコイイ〉っていう風潮、90年代は確かにありました(笑)。

「それに、笹原くんは写真家でもあるから考え方がすごく抽象的なんです。色や光、トーンなどに例えたほうがイメージが伝わりやすい。大坪さんもすごく感覚的な人だし、音楽用語やテクニックでは誰も会話ができないんです(笑)。きっと僕らが楽譜を書けて、演奏テクニックを持つバンドだったら、全然違うサウンドになっていたでしょうね」

ステレオラブの94年作『Mars Audiac Quintet』収録曲“Ping Pong”

 

――今回もアートワークの写真は笹原さんが担当されたそうですが、何か具体的なイメージはありましたか?

「昨年の暮れに、五木田智央さんの個展(DIC 川村記念美術館〈五木田 智央 TOMOO GOKITA THE GREAT CIRCUS〉)を観に行ったんですよ。それがすごく良くて、その展示の作品画像を自分のスマホの待ち受けにしているくらいなんですけど。ほとんどがモノクロで、人になる直前というか、人を描いていないのに人に見える、みたいな絵画。そのギリギリの感じがすごくいいなと思って。『ghost is dead』はサウンド的にもヴォジュアル的にも五木田さんの作風に強く影響を受けているんですよね。」

――さっきのFKAツイッグスじゃないですけど、具象と抽象の間の不気味さ、グロテスクさというか。

「そうそう。そこの気持ち良さ、カッコ良さ、クールさみたいなところですね。例えば、いっさい計算されていないような、アンコントロールなだけのペインティングはあんまり好きじゃないんですよ(笑)。かといって、Macを使ってすごくリアルに描いた絵でもない、絶妙なバランス感覚が五木田さんの作品にはあって。何かのインタビューを読んだのですが、意識せずに描いたものが何か具体的なものに見えてきて、そこから描く方向性が決まるらしいんですね。それってすごくわかるなあと思って」

――ある意味、チャンス・オペレーション(作曲や演奏の過程に偶然性が関わること)的な考え方にも近いのでしょうか。

「そうですね。最低限のルールとか演奏技術は用意しつつ、そこで起こる偶然性やコントロールしきれない要素もちゃんと拾っていきたい。ポスト・プロダクションでエディットしまくっていても、どこか予測できない部分が曲のなかにないと、それはそれでつまらないんですよね(笑)」

――確かに。何度も繰り返し聴きたくなるのって、アンコントロールな部分にあったりしますよね。

「そうそう、そうなんです。そこのラインがすごく重要なんですよね。これって、通じない人にはいっさい通じない話なんですが(笑)」

――きっと、大坪さんによる予想を裏切るメロディー展開も、スパングルのなかでアンコントロールな要素の一つなのかなって。

「ですね。大坪さんは歌詞も含めて僕らのコントロール外の要素なので(笑)。〈ええっ!?〉っていうことばっかり。レコーディング当日に歌詞を見て、〈ああ、こっちの漢字なんだ〉〈こういう語感だったんだ〉みたいな。笹原くんは〈もっと、いいこと歌ってる歌詞なのかと思ってた〉とか言ってて」

――アハハハ(笑)。

「しかも、結局意味がよくわからない、みたいな。だけどすぐに意味が理解できてしまうような歌詞だと、かえって興味が湧かないんですよね。作業用BGMにもならない」

――意味がわかった瞬間に安心してしまいますからね。ずっと不安な気持ちが続くのが、スパングルを忘れ難いものにしている理由の一つなのだと思います。そういう意味でも、新作はモノクロ写真的ですよね。被写体の美しさというより、光と影の微妙な階調の美しさを表しているというか。“feel uneasy”にゲスト・ヴォーカルで参加している川辺素(ミツメ)さんの声も、大坪さんの声と混じり合って不安定で魅力的な響きを湛えていますよね。

「実は、川辺君のヴォーカルと大坪さんのヴォーカルがクロスフェードしているんですよ。例えばAメロの歌い出しは100%川辺君の声なんだけど、徐々に大坪さんの声が増えていってAメロの最後は100%大坪さんの声になっている」

――え、そんなことをやってるんですか!

「そうなんです。声のモーフィング。それも、FKAツイッグスっぽい気持ち悪さにちょっと通じるかも」

――確かに、人間の身体や顔のパーツが変容していくグロテスクさというか。先ほど〈アーバン〉というキーワードが出ましたが、この“feel uneasy”をはじめ、アルバム全体にサイケっぽい要素も感じました。

「そのへんもステレオラブの影響なのかなと思います。僕の根底に常にあるのは、〈ステレオラブとポーティスヘッドを足した感じ〉なんです。ポーティスヘッドの音楽って、常にゴーストがいる感じがするじゃないですか。あの不穏な気配と、ステレオラブのひたすら何も起こらない感じ」

――それにしても、結成から15年、常にマイペースで活動を続けながら、新作やライヴを心待ちにするファンをいまも増やし続けているのはすごいことですよね。

「まあ、ずっと続けていると、もう辞めなくてもいいかなという感じになってくるんですよ(笑)。40歳を超えてそのゾーンに達しましたね」

――ハハハ(笑)。そのゾーンに達するまでが大変なんじゃないかなと思うんですけど。

「それはあれじゃないですか、〈(バンドで)何かしてやろう〉と思っていないから。あくまでもバンド活動は趣味というか、5年会わなくても平気でいられる関係というか。〈音楽、キツイなあ〉と思わないようにしてきたからだと思うんですよね。あとは、そういう環境を(作品をリリースしている)felicityが許してくれてるのも、ありがたいことだなと思っています」