音楽史の生き証人にして現役ブルース・ギタリストの最高峰、悠然と伝説を更新し続ける89歳は、いま何を歌う? 終わりなきブルースの旅はまだまだ続いていく……
一時代を築いたアーティストたちが〈最後のツアー〉を宣言して引退への花道を歩むような動きもそう珍しくはない昨今。それぞれの時間が当然のように有限であることを思えば、現役最古参のブルース・レジェンドとなったバディ・ガイもその理から逃れられるはずはない。ただ、大規模ツアーからの撤退を宣言して昨年〈Damn Right Farewell Tour〉を開催した彼は、その好評ぶりに応えて今年6〜8月には〈Damn Right Encore Tour〉を開催。その間も自身の経営するクラブでのパフォーマンスは続けているそうで、90歳を目前にした長老はいまなお絶好調のようだ。
1936年生まれで、今年で89歳。ルイジアナ出身の彼はギターを抱えてシカゴに向かい、58年に最初のレコード契約を結んでからの歩みはとても駆け足で語れるものではなく、多くのリスナーにとってはマディ・ウォーターズやBB・キング、ジュニア・ウェルズらと並んで最初から歴史上の人物のような存在だったかもしれない。90年代にブルース・リヴァイヴァルの立役者として前線復帰作『Damn Right, I’ve Got The Blues』(91年)を発表してからはシルヴァートーンを拠点に安定的な活動を継続している。00年代に入ってからはキース・リチャーズやカルロス・サンタナ、ジェフ・ベック、エリック・クラプトンら後輩たちとコラボする機会も増加。近年も『Skin Deep』(2008年)で初めて組んだトム・ハンブリッジのプロデュース体制でアルバムを重ねてきた。
そして届いた3年ぶりの新作が『Ain’t Done With The Blues』だ。ここ数年の『The Blues Is Alive And Well』(2018年)や『The Blues Don’t Lie』(2022年)といった表題からもジャンルの象徴としての立場は明らかで、ライアン・クーグラー監督による話題の映画「罪人たち」(2025年)に出演してサントラに楽曲提供もしていた。今回もそうした流れを受け継いでトム・ハンブリッジが制作にあたり、燻し銀のギターと渋い歌声を魅力的な現役アーティストのそれとして輝かせている。
ジョン・リー・フッカー曲を歌い込んだ“Hooker Thing”を導入に、ギター・スリムの“I Got Sumpin’ For You”やアール・キング“Trick Bag”といったブルース名曲、ソウルフルなリトル・リチャードの“Send Me Some Loving”といったカヴァーも交えつつ、大半はオリジナルの楽曲。綿花を摘んでいた頃からホワイトハウスで演奏するまでの半生を堂々と歌う“Been There Done That”は自伝的なナンバーで、経験してきた人種差別を歌った“I Don’t Forget”も彼ならではの一曲だ。〈ブルースが憂鬱を吹き飛ばす〉と歌う“Blues Chase The Blues Away”などブルースそのものの魅力や効能を伝導する活き活きとした側面も目立つ。
今回の参加ゲストは、“Where U At”でギターを弾く若きクリストーン“キングフィッシュ”イングラムをはじめ、ジョー・ウォルシュやジョー・ボナマッサ、ピーター・フランプトン、チャック・リヴェールといった顔ぶれ。ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマが参加したゴスペル仕立ての“Jesus Loves The Sinner”も聴きどころだろう。いずれにせよアルバム全編に漲る歌とギターのエネルギッシュな迫力は、古典ではなく現代の音楽としてのバディ・ガイを輝かせる。〈キング〉の多いブルース界における〈友達の奴〉を自認する通り、その音楽が神棚の上でなく日常の傍で鳴り響くのが相応しいのは言うまでもないだろう。
バディ・ガイの近作を紹介。
左から、2018年作『The Blues Is Alive And Well』、2022年作『The Blues Don’t Lie』(共にSilvertone/RCA)、参加した2025年のサントラ『Sinners』(Mutant)
左から、ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマの2023年作『Echoes Of The South』(Single Lock)、ピーター・フランプトンの2021年作『Frampton Forgets the Words』(UMe)、9月26日にリリースされるクリストーン“キングフィッシュ”イングラムのニュー・アルバム『Hard Road』(Red Zero/BSMF)