ロックを象徴する偉才ブルース・スプリングスティーンが名盤『Born In The U.S.A.』を生み出す前夜、孤独な歌と創作に向かった姿を描く映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」。スプリングスティーンの内面や葛藤に迫った物語、主演ジェレミー・アレン・ホワイトによる入魂の演技などが見どころの音楽ドラマだ。そんな本作を2025年11⽉14⽇(⾦)の公開に先駆けてクロスレビュー。萩原健太、湯山玲子、高橋芳朗という3名の書き手がそれぞれの視点から綴った。 *Mikiki編集部

熱い咆哮と深い苦悩――スプリングスティーンの魅惑的な二面性
by 萩原健太
すぐれた音楽はいつだって解決しようのないアンビバレンスを否応なくはらんでいる。
たとえば、サム・クックの敬虔なゴスペルバラードの背後に、安酒と女に彩られたブルースが潜んでいるように。エルヴィス・プレスリーの爆発的なロックンロールの背後に、心の平静への渇望が聞き取れるように。レナード・コーエンが紡ぐ素朴で美しい旋律の背後に、破滅への衝動が波打っているように。
そして、ブルース・スプリングスティーンだ。彼が疾走するロックンロールビートに乗せて繰り出す熱い咆哮の背後にも、深い苦悩と、想像を絶するほどダークな逡巡と、あまりにも切ない脆さ、儚さが潜んでいた。映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」は、そんな事実を今、改めて思い知らせてくれた。
スプリングスティーンの表現力は群を抜いている。自らソングライターとして紡ぎ上げた極上の物語を、誰よりも効果的に、有機的に表現するパフォーマーとしての力量。それが凄まじい。凄まじすぎるせいで、むしろ暑苦しいとか、過剰だとか、強圧的だとか、なんだかやけに曖昧かつ短絡的な理由から毛嫌いする音楽ファンも少なくなかったりする。
でも、逆に。
いったんこの表現力にやられたら、もうたまらない。抜け出せない沼。圧倒される。溺れる。それは彼の熱いパフォーマンスの背後に、この映画が浮き彫りにしてみせた孤独と闇が合わせ鏡のように存在しているからこそだ。だからこそスプリングスティーンのロックンロールは、他の凡百のロックンローラーたちが時代の荒波からワイプアウトするかのごとく次々姿を消していくのを尻目に、時を超え、世紀を超え、ぼくたちの心を震わせ続ける。スコット・クーパー監督と、若きスプリングスティーンに扮したジェレミー・アレン・ホワイトがその秘密を見事に解き明かしてみせてくれた。
この映画の中心に据えられている1982年の『Nebraska』というアルバムには、当初誰もが驚かされた。1980年に特大ヒットを記録した前作『The River』の過剰なまでに痛快な手触りから一転、ティアック製4トラックマルチカセットで宅録されたローファイな弾き語り基調の1枚。当時としては異例の問題作だった。1950年代、10人を次々射殺し逃避行を続けた19歳の殺人犯の視点で歌われた表題曲を筆頭に、冷徹/簡潔にディテールのみを綴る作風が全編を貫いていた。米国の暗部に潜む孤独な魂の物語を、まるで古い南部ゴシック小説やクライム小説、あるいはフィルムノワールのように綴る歌詞には、反宗教的な表現も含む宗教観、罪、救済という概念などスプリングスティーンにとって重要なテーマが過去のどの作品より色濃く織り込まれていた。
それだけにぼくも思いきり戸惑ったものだが。何度も繰り返し聞き続けるうち、シンプルであるがゆえに深いアルバムの世界観に少しずつ引き込まれていった。映画を見ながら、40数年前に覚えたあのじわじわとした感触を思い出した。本映画で、ぼく個人にとってもっとも印象深かったシーンは、まだ制作途上だった“Nebraska”の歌詞に書かれた一人称〈彼〉を消して〈俺〉に書き換える瞬間だ。このときスプリングスティーンの中で何かが動き、それがこの『Nebraska』という傑作を生み出したわけか。
が、『Nebraska』をめぐるドラマはまだ完結していなかったようだ。本映画と、その公開に合わせるようにして編まれた拡張版ボックスセット『Nebraska ‘82』とによって、伝説のアルバム『Nebraska』は40年以上の歳月を経て初めてひとつのゴールを迎えたのかもしれない。
ロックンロールをめぐる、忌々しくもとびきり魅惑的なパラドックス。ぼくたちの心はいつだってその虜だ。

内面から湧き出る〈うた〉とアメリカの宿命を映す新時代の音楽映画
by 湯山玲子
スターの伝記物の映画は、ファンの裾野を目論んだヒットは狙えても、映画として見応えのある傑作にはなりにくいのは、展開がハナからわかりきってしまっているから。つまり、幼少期は家庭崩壊、もしくは音楽に無理解な両親のもとでの苦労、悪徳マネージャーや儲け主義のレコード会社、セックスとドラッグ、真の友や恋人との離反、孤独、挫折、どん底からの立ち直り、不死鳥のような蘇り、とこれだけで落語の人情噺ができてしまうような紋切り型のオンパレード。人気とカネにまつわる世俗的成功が抑圧する人間性、というものは、誰でも同じ道をたどる、というわけです。
ということは、その〈人情噺〉のどこを切り取り、スターの人間性やそれが表現される音楽性をいかに伝えることができるかというところが重要になってくるのだが、本作はそのあたり、メインに据えるエピソードの抽出や主人公の苦悩と葛藤の語り口において思い切った演出を施し成功している。スプリングスティーンについて、全く知識のない観客も、音楽というものに魅了され、自分の内面から湧き出てくる〈うた〉でもって、人と共感し合いたいと願うリアルな音楽家像を感じることができ、単に才能とオーラと運と時代とに恵まれたタレントとは全く違う存在であることが、厳選されたセリフと構成でもって周到かつ核心的に描かれているのだ。
レコード会社が求めてくる〈売れ筋〉とアーティストのやりたいこととの差は、音楽スター映画においてはハイライトの一つ。彼は本質的に〈ギター一本歌心〉つまりどうアレンジされようと俺様の曲だぜ派だと思いきや、最新万能なスタジオ録音を拒否し、自宅のベッドルームで仲間とふたりで電気屋で普通に買えるようなTEACの録音マシーンを使ったローファイ録音にこだわる人物だということが明かされる。
21世紀に入って大衆の耳は、クラブカルチャーの影響もあって、以前はマニアの範疇だった音響、音質をも音楽の一部として聴いてしまうということを、彼は極めて私的なセンスでもって時代に先駆けつかんでいたのだった。また、スタジオのプロたちも最善最新の音を拒否され面目丸つぶれと思いきや、ネットワークを駆使して、音楽家がほしい音響を実現させるところが凄い。得てしてスター映画ではメジャーは悪として描かれるが、売れそうにもないアルバム(実は売れちゃうんですけどね)に最終決断を下すトップも含め、業界の良心をさらりと描くところが粋。このあたりのシーンを丁寧に描いたところに、監督自身の音楽に対してのセンスや哲学を感じることができる。
大ヒット曲“Born In The U.S.A.”はサビだけ聴くと、アメリカ万歳のバカ曲に思えるのが、詩の内容はベトナム戦争を想起させる反戦歌かつ労働歌であり、彼がウディ・ガスリーからのアメリカンフォーク、ブルースの伝統を担うアーティストだということが分かる。つまり、彼のうたは常に社会というものが背景にあるのだが、この映画自体もトランプ政権下のアメリカという現代社会の局面に対して歌われたメッセージソングなのではないか?というメタな構造も面白い。
スプリングスティーンを苦しめ、また、彼の作品の根本的な動機にもなっている父と息子の関係は、まさにアメリカの宿痾の象徴。彼の父は知識層からときに〈白いゴミ〉とまで蔑まれる労働者階級の白人であり、バンス副大統領の回顧録「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」に描かれた過酷な現実に生きる男性の苦悩を体現しているような人物だ。
〈男らしくあれ〉と息子を虐待し、酒に溺れて妻に暴力をふるうが、それは〈男らしくいられない〉自分に対しての絶望であり、キリスト教的な家父長制と武力によって国をつくり上げたアメリカでは、桁違いにその自信喪失感が強いのだろうな、ということが浮き彫りになっていく。そう“Born In The U.S.A.”は、アメリカという国が存在し続ける以上、常に歌われ続ける宿命なのだ。
ちなみに、告白してしまうと、これまでブルース・スブリングスティーンについてはキチンと聴いてこなかった私だが、ソッコーでアルバム『Nebraska』をゲット。歌詞の内容ありきなアーティストにとっては、字幕付きで曲がきっちりと紹介されるこういった自伝的映画は良い意味で最大のプロモーション。音楽スター映画は、新しい時代に突入してきている。

誠実な男の生き様、その象徴的な作品の背景を正攻法で描く
by 高橋芳朗
ブルース・スプリングスティーンの誠実さに強く惹かれる。イギリスで暮らすパキスタン移民の少年がスプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく姿を描いた青春映画「カセットテープ・ダイアリーズ」に「スプリングスティーンは現実離れした歌は歌わない。みんながよく知ってる事柄を歌うライフサイズの男なんだ」という台詞があるが、これは彼の本質を完璧に言い当てている。
『The River』で大成功を収めたのち一旦立ち止まって自らの葛藤に向き合い、ひとり自室にこもって録音したデモテープをそのまま作品化した『Nebraska』は、そんなスプリングスティーンの誠実さの象徴だ。『Born To Run』でも『Born In The U.S.A.』でもなく、『Nebraska』の背景に焦点を絞った「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」はひょっとしたら地味に映るかもしれないが、ここにこそ50年以上に及ぶ彼のキャリアの肝がある。
思い出してみてほしい。現在までにスプリングスティーンのトリビュートアルバムは数タイトル出ているが、その先陣を切ったのはジョニー・キャッシュやエイミー・マンらが参加した2000年の『Badlands: A Tribute To Bruce Springsteen’s Nebraska』だった。現地における『Nebraska』の位置付けは、この事実からも容易にうかがえると思う。スプリングスティーンの生き様を描くにあたって『Nebraska』に着目した「孤独のハイウェイ」のアプローチは奇計でもなんでもなく、むしろ正攻法と言っていい。
「孤独のハイウェイ」の素晴らしさは、当時のスプリングスティーンの内省を見事に表現したジェレミー・アレン・ホワイトの熱演に負うところが大きい。見どころは数限りなくあるが、史実をしっかり押さえているという点も含め、『Nebraska』に絶大な影響を与えたスーサイド“Frankie Teardrop”を爆音で浴びるように聴いているシーンが印象的だった。この『Nebraska』から32年後、2014年のアルバム『High Hopes』でスーサイドの“Dream Baby Dream”をカバーすることになるスプリングスティーンは、やはりどこまでも誠実な男だ。
マネージャーとしてスプリングスティーンの苦悩に真摯に向き合い、やがて彼の内なる炎を受け取って自分の心にも灯し始める、ジョン・ランダウ役のジェレミー・ストロングの抑制の効いた演技にも胸を打たれる。なぜ我々はスプリングスティーンに惹かれるのか、その答えはランダウの献身に示唆されているのではないだろうか。
MOVIE INFORMATION
スプリングスティーン 孤独のハイウェイ

ロックの英雄ブルース・スプリングスティーン。『Born In The U.S.A.』の前夜、成功の重圧の中、若きスプリングスティーンはたった⼀⼈歌い始める――。創造の原点を刻み込んだ〈本当の声〉が、観る者を彼の魂の旅路へと誘う感動の音楽ドラマ誕生!
監督・脚本:スコット・クーパー(原作:ウォーレン・ゼインズ著「Deliver Me From Nowhere」)
主演:ジェレミー・アレン・ホワイト(ブルース・スプリングスティーン)
共演:ジェレミー・ストロング(ジョン・ランダウ)/ポール・ウォルター・ハウザー(マイク・バトラン)/スティーヴン・グレアム(父ダグ)/オデッサ・ヤング(フェイ)/ギャビー・ホフマン(母アデル)/マーク・マロン(チャック・プロトキン)/デヴィッド・クラムホルツ(アル・テラー)
プロデューサー:スコット・クーパー/エレン・ゴールドスミス=ヴァイン/エリック・ロビンソン/スコット・ステューバー
製作総指揮:トレイシー・ランドン/ジョン・ヴァイン/ウォーレン・ゼインズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 20th Century Studios
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen
#スプリングスティーン孤独のハイウェイ
2025年11⽉14⽇(⾦)全国ロードショー
ブルース・スプリングスティーン/ソニーミュージック オフィシャルサイト:https://www.sonymusic.co.jp/artist/BruceSpringsteen