タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さんによる連載〈聴いたことのない旧譜は新譜〉。そのタイトル通り、本連載では旧譜と称されてしまった作品を現在の耳で新譜として紹介していきます。
第11回では、プリファブ・スプラウトを大特集。2026年2月にメンバーのマーティン・マクアルーンの来日公演も控えるなか、バンドがこれまでに発表した9枚のオリジナルアルバムを北爪さんが全力でレビューしました。 *Mikiki編集部
知らない人は知らない、知っている人は好きなポップバンド
プリファブ・スプラウトは、1980年代以降の英国シーンにおいて最も優れたソングライターの1人であるパディ・マクアルーンと、弟のマーティン・マクアルーン、紅一点のウェンディ・スミスを中心に結成されたポップバンドである。パディの作る楽曲はひねりの効いた歌詞もさることながら、細部にまで巧緻を極めたメロディの豊潤さにおいて比肩するものがない、眩いほどの強い個性を放っている。
そのためなのかトレンドとはあまり縁のない彼らは、有り体にいえば〈知っている人は好きだけど、知らない人は全然知らない〉という存在でもある。
そんなプリファブの楽曲をライブで体験できる貴重な機会がまもなく訪れる。来る2026年2月、病によって音楽活動の中断を余儀なくされているパディに代わり、弟のマーティンがソロ名義での来日公演を行うのだ。それは名盤『Steve McQueen』の40周年を記念した全曲再現ツアーの一環であり、同作以外からのナンバーも多数披露されるとのことである。
今回はその公演に先がけてプリファブ・スプラウトのオリジナルアルバム全9作品を、私見も交えつつレビューしてみたい。
『Swoon』(1984年)
デビュー作にして、後年のどのアルバムとも異なる質感を持った1枚。それはパンク以降の混沌とした時代の空気感がまだここには濃厚に漂っているからに他ならない。
たとえば、シャウトも交えた性急なボーカルの“Don’t Sing”。硬質なギターカッティングがコールドファンクのようでもある“Here On The Eerie”。ギターにファズがかかった“Technique”。ようするに、いまの耳で聴くと〈プリファブらしからぬ〉要素が随所に垣間見れるのだ。
ところがそれとは裏腹に、パディの書くメロディはすでに驚くほど強靭なのである。やりすぎなほどトリッキーな展開をみせる曲が多いため、即座に口ずさめるような形で提示されていないのがもどかしいが、卓抜なメロディが未整理のまま楽曲を形成していることこそが本作の面白味なのだ。とはいえ、エルヴィス・コステロがカバーした“Cruel”や“Elegance”のように比較的ストレートに楽しめる曲もあるので、臆せず聴いてほしい。
『Steve McQueen』(1985年)
前作にあったポストパンク的な尖った感触は薄まり、各楽器が明確な輪郭を保ちながらも柔らかく溶け合ったサウンドへと変化した2作目にして、初期の代表作。
その最大の要因はプロデュースにトーマス・ドルビーを迎えたことで、シンセを多用しつつも有機的な人肌感覚を残した彼の音作りが本作にタイムレスな魅力を与えたことは間違いない。加えて、パディの作曲がより整理されてわかり易くなったことも大きいだろう。とくに2曲目の“Bonny”から連続する4曲の繊細で瑞々しいポップネスは格別で、ファン人気も高い。
しかし私的なハイライトはその次に控えた“Hallelujah”である。ジョージ・ガーシュウィンの名を織り込むことで自身のルーツを明示した歌詞と、どこかに着地しそうでしない(でも美しい)メロディにプリファブの一筋縄ではいかない個性が凝縮されているように思えるからだ。
余談ながら“Goodbye Lucille #1”は、タイトルといい曲中のシャウトといいリトル・リチャードへのオマージュではないのか?と勘ぐっているのは僕だけだろうか。
『From Langley Park To Memphis』(1988年)
爽やかなジャケットどおりの開放感溢れるサードアルバムで、プロデュースは再登板のトーマスとパディを加えた4人が担当している。
エルヴィス・プレスリーの故郷であるメンフィスをタイトルに掲げながらも、その出発点は彼らの地元にほど近いラングレー・パーク(ほぼ無名の地)であるところに、アメリカに対する奇妙な距離感を感じずにはいられない。
アルバムはそのエルヴィスの異名を冠しつつも落ちぶれたロックスターの悲哀を歌う“The King Of Rock ‘N’ Roll”と、ブルース・スプリングスティーンの詞世界に対するアンチテーゼとおぼしき“Cars And Girls”で幕を開けるが、どちらの曲もとことん明快なポップチューンに仕上げているのがかえって皮肉めいている。そのくせ“Hey Manhattan!”なんて素直なNY賛歌のうえに作風は明らかに70sソウルを意識しているし、何より“Nightingales”にはスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加している。
かように米国音楽への複雑な憧憬を背景にしながらも、個々の楽曲の完成度はすこぶる高い。キャリア最高となる全英チャート5位を記録したのも頷ける、これまた文句なしの名作。
『Protest Songs』(1989年)
今回改めて聴き直したことで、僕はどうやらこの4作目のアルバムに対する評価を改めなければならないようだ。本作はいわく付きで、当初は『Steve McQueen』のリリース直後に同作の豪奢な音作りとは対を成すシンプルな作品として制作されたが、メーカーの意向により4年近くもお蔵入りしていたのだ。そのためどうにもネガティブな印象が拭えなかったのだが、それはとんだ誤解だった。
過度なプロダクションをあえて排した素朴なサウンドの本作は、それゆえ80sだ90sだとかいう時代の呪縛から最も解放されているように感じられるのだ。プリファブの音楽は総じて同時代性は薄いとはいえ、それでもここに収められた楽曲たちのエバーグリーンな佇まいは図抜けている。
また、簡素なアレンジによって歌とメロディが前景化したことで、パディの優れたソングライティングをよりダイレクトに体感できるのも本作ならではだろう。“Life Of Surprises”や“Diana”も捨て難いが、彼が1人でギターを弾き語る“Dublin”の生々しい響きが何よりも心に刺さる。
『Jordan: The Comeback』(1990年)
アルバム単位でいえば間違いなくプリファブの最高傑作だと思っているのだが、その理由を問われるとやや答えに窮する自分もまたいるのである。
全19曲64分というボリュームもさることながら、大きく4つのパートに分かれた構成。しかも音楽性もいつにも増して幅広く、サンバにソウル、ロックンロール、ゴスペルから、ボレロやマーチのリズムまで果敢に取り入れている。ようするにどう考えても1枚のアルバムにまとまりそうもない楽曲たちが、奇跡のようなバランスで違和感なく収められているのだ。みたびプロデュースを務めたトーマスの助力も大きいのはたしかだが、それだけでは説明の付かないサムシングがこの名盤にはあるように思える。
また楽曲のクオリティも押しなべて高いのだが、じつはさほど突出したナンバーがあるわけではない。高いアベレージを保ちながらどの曲もあくまでアルバム全体の1つのパーツとして機能している、そんな感じなのだ。
うーん、やはり本作の類まれな独自性を上手く説明できたとは到底思わないのだが、だからこそ僕はその答えを求めてこれから先もずっとこのアルバムを聴き続けるに違いない。
『Andromeda Heights』(1997年)
前作から7年という長い空白を経てのリリースとなった6作目にして、ため息が出るほどのロマンティシズム溢れるアルバム――なんて書くと笑われるかもしれないが、実際にそうなのだから仕方がない。
1992年にドラマーのニール・コンティが脱退したため3人体制で臨んでいることに加え、パディの良き理解者であったトーマス・ドルビーの手を離れてのセルフプロデュースという環境的な変化はあるが、サウンドはしっかりと『Jordan: The Comeback』の香気を引き継いでいる。
シングルカットされた“A Prisoner Of The Past”をはじめ、それぞれの楽曲がより輪郭を際立たせているにも拘わらず、音色はかつてないほどまろやかで柔らかい。それをバンドの成熟と捉えるならば、本作はプリファブが初めて到達した〈大人のポップアルバム〉だといえるだろう。
それにしてもここに収められた楽曲たちはどれもがまるで星くずのように美しく、そして儚い。よってレコメンドトラックなど選びようがないのである。
『The Gunman And Other Stories』(2001年)
これほど異例ずくめのアルバムは他にない。古巣レーベルのキッチンウェアを離れたこと。プロデューサーにパディの憧れであるデヴィッド・ボウイやT・レックスなどを手掛けた大御所、トニー・ヴィスコンティを迎えていること。ジョーダン・ルーデス(ドリーム・シアター!)ほか多数の米国人ミュージシャンが参加していること。収録曲の半数が他者に提供した曲のセルフカバーであること。そして何よりもプリファブの可憐なパートを担っていたウェンディ・スミスが脱退してしまったこと。
しかし、それでもパディのソングライティングは不変なのだ。西部開拓時代のアメリカを彷彿とさせるキーワードが散見され、カントリー音楽の要素も取り入れられているが、全体を貫くのは紛れもないプリファブのあの煌めくようなサウンドである。ノスタルジックな多幸感に溢れた“Cowboy Dreams”と、美メロ極まりない“Blue Roses”はとくに出色。また、弦楽アレンジの名手であるヴィスコンティが敷き詰めたストリングスの優美さも筆舌に尽くしがたい。
『Let’s Change The World With Music』(2009年)
もともとは1993年にリリースが予定されたまま頓挫していた幻のアルバムを、当時残された音源をもとに約17年の時を経て完成させた稀有な作品。歌と作曲に加え、演奏、録音、プロデュースまでパディが担当した完全なるソロプロジェクトなのだが、バンド名義で発表したことにパディの強い矜持を感じる。
冒頭の“Let There Be Music”はまさかのラップでスタートし、2曲目の“Ride”では4つ打ちのビートが強調されて意表を突かれる。だが、本作の真価は中盤以降にこそあるのだ。
力強いメロディと熱気を帯びたボーカルに圧倒される“Music Is A Princess”。私的にはプリファブで最も好きな曲だと言ってしまいたい“Earth, The Story So Far”。まさしく極上のロマンスに満ちた“Last Of The Great Romantics”。あまりにもエモーショナルなこの3連打以降も、ラストに至るまで美しい曲が続いていく。
ワンマンによるプロダクションの弱さは否めないものの、それを補って余りあるほど秀逸なメロディの楽曲が並ぶ本作は、やはり〈プリファブ・スプラウトのアルバム〉なのである。
『Crimson/Red』(2013年)
自主レーベルからの第1弾リリースにして、現時点での最新作。プリファブには制作に着手しながらも未完のまま打ち捨てられたアルバムやその断片が数多くあるのだが、本作もそんな未発表のマテリアルをもとに再構築された1枚だ。
実質的にはパディのソロユニットであることも前作と同様である。もちろん往年のサウンドとは比ぶべくもないものの、健康状態も芳しくないなか自身のスタジオで1人地道に作り上げた音楽であるという事実もまた、にわかには信じ難い。
全体のトーンはいつにも増して明るい印象だが、打ち込みが目立つ前半よりも生音の比重が増す後半により優れた曲が多い。爽快な“Billy”や、これぞプリファブ節な“The Songs Of Danny Galway”などは、パディがつねに瑞々しい感性と想像力を保っていることを証明する珠玉のポップチューン。その一方で、老いたマジシャンと自身を重ねたような“The Old Magician”のように、歳と経験が静かに堆積したからこそ書けたような曲があるのも興味深い。
本作のサウンドはたしかに万全とはいえないし、ウェンディの清冽なコーラスもない。それでもここには何物にも代えがたい素晴らしいメロディがあるのだ。
PROFILE: 北爪啓之
1972年生まれ。1999年にタワーレコード入社、2020年に退社するまで洋楽バイヤーとして、主にリイシューやはじっこの方のロックを担当。2016年、渋谷店内にオープンしたショップインショップ〈パイドパイパーハウス〉の立ち上げ時から運営スタッフとして従事。またbounce誌ではレビュー執筆のほか、〈ロック!年の差なんて〉〈ろっくおん!〉などの長期連載に携わった。現在は地元の群馬と東京を行ったり来たりしつつ、音楽ライターとして活動している。NHKラジオ第一「ふんわり」木曜日の構成スタッフ。








