Page 2 / 4 1ページ目から読む

〈ジャズに向いていない〉トランぺッター堀京太郎

――堀さんの最初の音楽体験について教えてください。

堀京太郎「ぼくは小学校の頃、リコーダー大好き少年でした。音楽の先生にもらった譜面を吹いて、それを聴いてもらうというのが最初の音楽体験です。中学に入ってトランペットを始めて、部活がたまたまビッグバンドをやっていたので、そこからずっとジャズをやっていくうちに、〈たぶんオレ、ジャズに向いてないな〉という気持ちになってきて(笑)。

そこからアルヴェ・ヘンリクセンに出会って、ジョン・ハッセルも聴いて、〈こんな音をトランペットで出せる人がいるんだ〉というのが衝撃で。それがちょうどジャズから少し離れようかなと思っていた時期でした」

――トランペットを始めた動機は何でしたか?

「もともとサックスを吹きたかったんですけど、部活内の競争に負けたんです(笑)。でも、実際にトランペットを吹くようになってからは、これは楽しいと。慶應義塾大学のライト・ミュージック・ソサエティでは、マリア・シュナイダーのようなコンテンポラリービッグバンドをやっていました」

――そこにとどまらず、何か違うところに向かって現在に至るという感じでしょうか。

「そうですね。今はあまりビッグバンドをやりたい気分ではないかな。もう少し味を発酵させたようなものをやりたいんですよね」

――ラップトップに関しては?

「始めたのはコロナ禍からです。ライブができなくなったときに、〈何かひとりでできることはないか〉と探しているうちに出会った遊び、みたいな感じです。そのうちに電子音もそれ自体が面白いと思うようになって」

――電子音を取り入れることによって、ご自身のトランペットのアプローチは変わっていきましたか?

「変わりました。トランペットは生の楽器ですから、ミスしやすいしアラが出やすいんですが、デジタルの音と触れあっていくうちに、逆にそうした生っぽさが魅力なんじゃないか、と思えるようになりました。緊張感が生まれやすい、みたいな。もしかしたら、管楽器はそういう装置としての役割を担っている部分があるのかもしれません」

 

〈人が苦手〉なサクソフォニスト上運天淳市

――上運天さんが最初に好きになった音楽は何ですか?

上運天淳市「小学校の時は、鼓笛隊のトランペットがかっこいいなと思っていましたね。音楽は常に好きで、中学ではブラスバンドに入りました。〈サックスをやりたい〉と言ったら、〈黒いサックスがある〉と言われて与えられたのがクラリネットで(笑)」

――アンブシュアの観点からはとても良かったのではないでしょうか。

上運天「そうですね。当時はもちろんだまされたと思ってましたけど(笑)。ぼくが入学した時期のブラスバンドには、クラリネットはほかに男子がいなくて、先輩は10名ほどいたけど全員女子で、怖い(笑)。

音楽学校でサックスを学ぼうと思ったのは、高校を卒業して、毎日ぷらっと海を見に行っているうちに、〈あっ、サックス吹きたい、受験しないと。学費が安くて、オレでも入れそうなところはどこだろう〉という感じで。それでたまたま合格して、今に至っています」

――ジャズ的なものというか、ポピュラー音楽でサックスを演奏するようになったのは?

上運天「大学を出てからです。そこでコード(和音)を学びました。それまでは全然知らなかったので」

――上運天さんは沖縄ご出身です。個人的には、那覇のジャズシーンには盛んな印象を受けるんですが……。

上運天「ぼくは沖縄で音楽活動をしていないんです。知り合いのミュージシャンとは、東京で出会いました。上京してからもセッションのようなものには行ってないですしね。ミュージシャンとのつながりは、人と人どうしのものです」

「たぶん3人ともそういうタイプじゃないですよね。(山田に)セッション行きました?」

山田「行っても楽器がないから……(笑)」

上運天「ぼくは基本、人が苦手なので、〈なんで初めて会う人といきなり一緒に音を出さないといけないのか〉という……(笑)」

――そうした面でも皆さんは共通しているんですね。

上運天「堀くんもマニアックなトランぺッターが好きじゃないですか。そこらへんはぼくも好きなので、美的感覚が共通する部分もあるんだと思います」

――上運天さんのお好きなサックス奏者は?

上運天「全然いないんですよね(笑)。しいて言うなら、70年代のヤン・ガルバレクかな。あくまでも70年代限定ですけど」

――山田さんも、いわゆる歴代のジャズビブラフォン奏者にはまった感じではないですか?

山田「もちろんひとしきり聴きましたが、もう歴史が塗り替えられてきている時期なので……」