なんと想像力に訴える音作りなのだろうか。もう2026年の傑作に出会ってしまった。
日本ジャズの新たなプラットフォーム〈Days of Delight〉からの最新作は、山田あずさ・堀京太郎・上運天淳市の3名による『ICI』。オーナープロデューサーの平野暁臣が説明する通り、〈マリンバ+トランペット+バスクラリネット〉という組み合わせは、限りなく前代未聞。しかもこのアルバムには、そこにラップトップによるデジタル音源、堀や上運天の喉歌なども入り込んできて、〈類例のなさ〉〈美しさ〉〈面白さ〉が一体となった音楽世界に聴く者を誘い込む。
山田あずさとは? 堀京太郎とは? 上運天淳市とは? 『ICI』とは、いったいなんなのだ? 新鮮な響きに触れた喜びで前のめりになりながら、私は話をうかがった。


ドラム × ピアノ=マリンバ? 山田あずさのルーツ
――皆さんと音楽との出会いについて教えていただけますか。
山田あずさ「3歳からピアノ、13~14歳でドラムを始めて、その後マリンバに絞りました。マリンバを演奏するようになってから、落語家・立川志の輔さんに〈つまりドラムとピアノを掛け合わせたら、マリンバなんじゃない?〉と言われたことがあって、〈そうか、私はそういうのが好きなんだ〉と自覚したんです」
――マリンバをフィーチャーした楽曲に感銘を受けて、この楽器を始めたわけではなく……。
山田「正直、マリンバの曲で特別これが好きというのはないんですが、もちろんマリンバのサウンドは大好きです。弾く人とか空気とか、文化的な背景が違うだけでも、まったく違う楽器に聞こえる瞬間があるんですよね。あのボディだからこそ出せる特別な瞬間です。新しいマリンバの姿をもっと見てみたい。そういう思いもあって、自分で曲を書いています。
私はマリンバ奏者の安倍圭子さんの門下なので、現代音楽だけに取り組んでいた時期が5~6年ほどありましたが、ある時、先生の70~80年代のかなり前衛的な録音(ビル・ブルーフォード&安倍圭子『The New Percussion Group Of Amsterdam』)を聴いてしまったんです。〈日本人は日本人らしくマリンバを演奏していればいいんだ、現代音楽はそういうものだ〉という既成概念を飛び越えた素晴らしい音楽で、聴いているうちに〈このままではダメだ!〉と思って。
セオリーやフォーマットを守らなきゃというのが、それまでの私の潜在意識にあったんですね。でも、そうではなくて、音楽を自分のものとして形作っていく冒険をやらないといけないし、新しい音を常に更新し続けることが、この楽器を通して私にできる唯一のことなんだ、と考えが変わりました」
――ビブラフォンに関しては、不破大輔さんとお知り合いになって、渋さ知らズオーケストラで演奏することになったのが大きかったそうですね。
山田「学生の時に不破さんに出会って、共演の話をいただいたときに、マリンバで行くのはちょっと嫌だなと思って、その時からビブラフォンもやるようになりました」
――ジャズの世界に引き込まれたきっかけは?
山田「林栄一さんのアルトサックスを聴いて衝撃を受けたんです。振動、熱量、作曲も含めて、すべてがかっこいいというか。当時の私は学生で、現代音楽だけにフォーカスしていましたから、いわゆる譜面で書かれたものをいかに再現するかみたいなことにしか関心がなかったんですが、林さんのフリーキーな音楽に一瞬で記憶を塗り替えられるような衝撃を受けて、自分も(ジャズを)やりたいと思ったんです。〈こんなにいい音楽なのに、譜面に書き起こしたりしないんですね〉〈だってインプロビゼーションだからね(笑)〉みたいな話をしました。自分にはなかった経験ができて、音楽観が一気に変わりました」

〈ジャズに向いていない〉トランぺッター堀京太郎
――堀さんの最初の音楽体験について教えてください。
堀京太郎「ぼくは小学校の頃、リコーダー大好き少年でした。音楽の先生にもらった譜面を吹いて、それを聴いてもらうというのが最初の音楽体験です。中学に入ってトランペットを始めて、部活がたまたまビッグバンドをやっていたので、そこからずっとジャズをやっていくうちに、〈たぶんオレ、ジャズに向いてないな〉という気持ちになってきて(笑)。
そこからアルヴェ・ヘンリクセンに出会って、ジョン・ハッセルも聴いて、〈こんな音をトランペットで出せる人がいるんだ〉というのが衝撃で。それがちょうどジャズから少し離れようかなと思っていた時期でした」
――トランペットを始めた動機は何でしたか?
堀「もともとサックスを吹きたかったんですけど、部活内の競争に負けたんです(笑)。でも、実際にトランペットを吹くようになってからは、これは楽しいと。慶應義塾大学のライト・ミュージック・ソサエティでは、マリア・シュナイダーのようなコンテンポラリービッグバンドをやっていました」
――そこにとどまらず、何か違うところに向かって現在に至るという感じでしょうか。
堀「そうですね。今はあまりビッグバンドをやりたい気分ではないかな。もう少し味を発酵させたようなものをやりたいんですよね」
――ラップトップに関しては?
堀「始めたのはコロナ禍からです。ライブができなくなったときに、〈何かひとりでできることはないか〉と探しているうちに出会った遊び、みたいな感じです。そのうちに電子音もそれ自体が面白いと思うようになって」
――電子音を取り入れることによって、ご自身のトランペットのアプローチは変わっていきましたか?
堀「変わりました。トランペットは生の楽器ですから、ミスしやすいしアラが出やすいんですが、デジタルの音と触れあっていくうちに、逆にそうした生っぽさが魅力なんじゃないか、と思えるようになりました。緊張感が生まれやすい、みたいな。もしかしたら、管楽器はそういう装置としての役割を担っている部分があるのかもしれません」
〈人が苦手〉なサクソフォニスト上運天淳市
――上運天さんが最初に好きになった音楽は何ですか?
上運天淳市「小学校の時は、鼓笛隊のトランペットがかっこいいなと思っていましたね。音楽は常に好きで、中学ではブラスバンドに入りました。〈サックスをやりたい〉と言ったら、〈黒いサックスがある〉と言われて与えられたのがクラリネットで(笑)」
――アンブシュアの観点からはとても良かったのではないでしょうか。
上運天「そうですね。当時はもちろんだまされたと思ってましたけど(笑)。ぼくが入学した時期のブラスバンドには、クラリネットはほかに男子がいなくて、先輩は10名ほどいたけど全員女子で、怖い(笑)。
音楽学校でサックスを学ぼうと思ったのは、高校を卒業して、毎日ぷらっと海を見に行っているうちに、〈あっ、サックス吹きたい、受験しないと。学費が安くて、オレでも入れそうなところはどこだろう〉という感じで。それでたまたま合格して、今に至っています」
――ジャズ的なものというか、ポピュラー音楽でサックスを演奏するようになったのは?
上運天「大学を出てからです。そこでコード(和音)を学びました。それまでは全然知らなかったので」
――上運天さんは沖縄ご出身です。個人的には、那覇のジャズシーンには盛んな印象を受けるんですが……。
上運天「ぼくは沖縄で音楽活動をしていないんです。知り合いのミュージシャンとは、東京で出会いました。上京してからもセッションのようなものには行ってないですしね。ミュージシャンとのつながりは、人と人どうしのものです」
堀「たぶん3人ともそういうタイプじゃないですよね。(山田に)セッション行きました?」
山田「行っても楽器がないから……(笑)」
上運天「ぼくは基本、人が苦手なので、〈なんで初めて会う人といきなり一緒に音を出さないといけないのか〉という……(笑)」
――そうした面でも皆さんは共通しているんですね。
上運天「堀くんもマニアックなトランぺッターが好きじゃないですか。そこらへんはぼくも好きなので、美的感覚が共通する部分もあるんだと思います」
――上運天さんのお好きなサックス奏者は?
上運天「全然いないんですよね(笑)。しいて言うなら、70年代のヤン・ガルバレクかな。あくまでも70年代限定ですけど」
――山田さんも、いわゆる歴代のジャズビブラフォン奏者にはまった感じではないですか?
山田「もちろんひとしきり聴きましたが、もう歴史が塗り替えられてきている時期なので……」

〈面白そうだからやる〉を原動力に集まった3人
――アルバム『ICI』には、ミニマル的な要素も感じられました。スティーヴ・ライヒはマリンバ用の楽曲も書いていますが……。
山田「もちろん通過しています。ライヒの作品とか、あの当時出てきた、マリンバをミニマル音楽で取り入れる楽曲は、ほとんど聴いたり、自分でも演奏したりしたことがありますが、それはもうすでにあるものですし、それだけを追求するグループもヨーロッパやアメリカにもたくさんありますので、自分の課題ではないな、と感じていました」
上運天「ぼくはクラシックを演奏していた時にライヒ、アルノルト・シェーンベルク、アルバン・ベルク等には取り組んでいたので、その要素がちょっとはあると思います。ループする音楽は大好きです」
堀「ぼくはあんまりないですね、クラシックをまともに演奏してこなかったので。ライヒほどの速いミニマルはすごいと思いますけど、自分ではできない。〈繰り返す〉という意味で言えば、〈何も起きない〉ことは、それはそれでとても価値があることだと考えています。個人的には、音楽において〈速い〉とか〈強い〉ではない方面を大事にしたいです」
――ここで改めて、このプロジェクトについてうかがえますでしょうか?
山田「〈Days of Delight Atelier Concert〉の映像収録をこの3人で行ったのがきっかけです。平野さんに〈一緒に演奏したい、相性が良さそうなミュージシャンをあとふたり選んで〉と言われて、上運天さんと堀さんにお声がけしたんです。
そのプロジェクト自体はあくまでセッションだったんですが、収録が終わるとすぐに平野さんが〈これで終わりにしたらもったいない。このユニットで作品を作らない?〉とオファーをくださって。その後、1年半ほどギグを重ねてレコーディングに臨みました」
――ベースやドラムもない、相当に希少な楽器編成だと思いますが……。
上運天「面白そうだからやりましょうという感じですね。ぼくらは日ごろインプロビゼーションをやっているので、編成上の恐怖はないんですよ。
楽器についていえば、僕自身は最初はテナーサックス1本でいいだろうと思っていたんだけど、音を出したところ〈バスクラもあった方が良さそうだ〉と思うようになって、結局バスクラ主体になりました」
堀「ぼくはこのレコーディングに関しては、トランペットにエフェクト処理はしていなくて、生音をそのまま録っています。ラップトップを通したエレクトロ要因と、トランペットの生音を完全に分ける形で臨みました」
――山田さんは、マリンバ、ビブラフォン、パーカッションを演奏なさっています。
山田「楽曲のイメージによって選んだり、自分の曲に関しては、意図的に〈このサウンドがはまる〉という感じで振り分けてもいます。マリンバとビブラフォンでは音から受けるニュアンスやキャラクターがまったく違うので、そのあたりも楽しんでいただけたら、と思っています」
テーマを繰り返す裏でテクスチャーやムードを変化させていく
――今回のアルバムには3人のオリジナル曲がそれぞれ集まっていますが、これはあて書きですか?
山田「そうですね」
上運天「ぼくもそうです」
堀「“ICI”だけは前に書いた曲なんですが、映像収録で3人でやった時にうまくはまったので、今回も持ってきました。それ以外はすべてあて書きです」
――アルバムに入っている“ICI”は、YouTubeで公開されている〈Days of Delight Atelier Concert vol. 120〉のテイクとは、また全然趣の違う展開に感じられました。
堀「実はコレ、ぼくが前にやっていたバンドのために書いた曲なんです。その時からコンセプトは変わってなくて、テーマメロディをずっと繰り返す裏で、テクスチャーやムードを変化させていくというコンセプトを持つ曲です。マイルス・デイヴィスの“Nefertiti”みたいなイメージで、ジャズ的なイディオムも排除して、という」
――〈ICI〉という名称には、どんな意味があるのでしょうか?
堀「〈ici〉はフランス語で、〈ここ〉とか〈here〉みたいな意味です。もちろんそのまま〈アイシーアイ〉と発音してくれてもいいし、よく分からない3文字の頭文字だろうと思ってもらってもいい。あまり意味を考えないでくれ、という感じです(笑)」

音楽の型や既存の枠組みを超えた先で
――レコーディング中の写真が山田さんのブログに掲載されていますが、そこに〈運搬重量も200キロ超えてました〉と書いてあったのにも驚きました。
山田「マリンバが120kgで、ビブラフォンが65kgぐらい、加えて梱包材などがありますから、200kgを超えるんです。私の使っているマリンバはコンサート用に開発されたもので、5オクターブ+F、高音域にファの音まである特注のもの。マリンバもグランドピアノと一緒で、小ぶりのグランドピアノとコンサートグランドでは全然振動音の響きが違いますよね。私は一番よい響きがとれるマリンバを使っています」
――堀さんのトランペットは、風がそよぐような感じで……。いかに音量を抑えた中でダイナミクスをつけていくかを、相当に追求なさったのではと想像しているのですが。
堀「トランペットは音量を抑えるのが一番難しい楽器です。そのことに5年くらいは意識的に取り組んでいて、それ以外のところは、レイヤーをすごく意識しています。自分の音と周りの音でレイヤーが生まれると思うんですけど、意識しているのは〈余白を使って、メロディ、リズム、ハーモニー以外のものを生み出すために、どうするべきか〉ということです。
よく〈音楽の3要素〉として言われるメロディ、リズム、ハーモニーですと、メロディが一番上に来ますけど、リズムとハーモニーを排除した状態でメロディを生かすときに、何ができるのかなというのが自分の中で面白くて。そこでテクスチャーとかにももう少し注目してみようかなと思うようになりました」
――上運天さんは、バスクラリネットは普段からいろんなバンドで吹いているのでしょうか。
上運天「たとえばドラムの芳垣(安洋)さんのバンドでは絶対にバスクラが必要なんです。もっとも、ぼくがバスクラを本格的にやり出したのは5年ほど前のこと。楽器はメルカリで買いました(笑)。とはいえバスクラの音は昔から好きでしたし、堀くんの音ともマッチするので、今回はバスクラが多めになりました」
――山田さんのアプローチも、こちらの持っているジャズの〈マレット楽器観〉にゆさぶりをかけてくれました。
山田「ビブラフォンはジャズですとコードを担っているところがあったり、マリンバは結構低音が出るので、〈ひたすらベースラインを演奏せよ〉みたいな演奏のフォーマットもあったりしますが、いまさらそういった定型フォーマットをやらなくてもいいだろうと。私は、そういった音楽的プレッシャーをかける役割をマリンバやビブラフォンで表現したくないんです。質感、情景、イメージが見えるものでありたいし、新鮮なアンサンブルを追求したいんです」
〈ホーメイもどき〉の魅惑的な響き
――加えて印象的なのが、“Dance”で聴かれる上運天さんと堀さんの喉歌です。3人のうち2人がこれをやるというのもすごいと思います。
上運天「8年前ぐらいに堀くんと知りあって、一緒に旅(ツアー)に出ている時に、車の中で〈ホーメイもどきならぼくもできる〉という話になって」
堀「WUJA BIN BINというバンドで(山田も含めて)3人が一緒になることがあるんですけれど、リーダーのケイタイモさんがぼくに声をかけてくれたきっかけが、〈ホーメイができるから〉という……(笑)。ケイタさんは〈そう、ホーメイできるんだ。じゃあ、トランペットもやりなよ〉という感じで(笑)」
――ということは、ホーメイを一緒に始めたわけではなく……。
上運天「そうです。もっとも、ぼくたちがやっているのは、倍音奏法ではあっても本物のホーメイじゃない。あくまで〈真似事〉であり〈もどき〉のレベルです。ぼくはそれを〈口笛を覚える〉みたいな感じで覚えました。
昔、後楽園の駅で電車を待っていたら、遠くから人間じゃないような声が聞こえてきたんです。なんだ?と思って近づくと、ヘンなお兄さんがヘンな音を出していて、〈それ、なんですか?〉と尋ねたら〈ホーメイだ〉と。面白いなと思って、お風呂場とかでコソコソ練習して。師匠はYouTubeですね」
――堀さんもYouTubeが師匠ですか?
堀「ほぼほぼ同じです」
上運天「私も坂田明さんがモンゴルでホーメイをやっている動画を見たことがあります。ホーメイには7つのやり方があるという……」
堀「それ、僕も見た(笑)」
山田「ふたりとも、同じもの見てたんだ(笑)!」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2026年1月29日(木)
品番:DOD-059
定価:2,750円(税込)
TRACKLIST
1. Fanfaria
2. Quiet Room
3. ICI
4. Shangri-la Suite
5. 薄月
6. 朝鈴
7. Old Cork
8. Dance
9. ICI_II
10. Cure
11. 山笑う
(2025年10月14日 東京録音)
■演奏者
山田あずさ marimba, vibraphone, percussion
堀京太郎 trumpet, laptop, percussion, throat singing
上運天淳市 bass clarinet, tenor sax, throat singing, whistle
■公式サイト
https://www.dod-jp.com/