ビガー・ザン・ライフだったバンドを大団円に導いた技巧派ギタリストの次なる教えは? 力が乱用される時代、新作『WROC』は善き人たることこそがロックだと世に説く!!
Mr. BIGが〈The BIG Finish〉と題された最終ツアーの一環としての日本公演を実施したのは2023年7月のこと。その際の感動は彼らの音楽を愛するすべての人たちの記憶に鮮明に刻み込まれているに違いない。しかも2025年2月には、どこか他の場所ではなくここ日本で〈奇跡の追加公演〉まで実現。それをもって、長きにわたり日本と相思相愛の関係であり続けてきた同バンドの歴史に一応の終止符が打たれることになった。
ただ、メンバー個々の歩みはその後も当然ながら続いている。ポール・ギルバートの場合も例外ではない。彼は90年代からバンド活動の合間を縫いながら個人名義での創作活動を続け、しかも技巧派ギタリストによるソロ作品の典型に収まりきらない多様な作品を発表してきた。たとえば2023年発表の前作『The Dio Album』では、2010年に他界したロニー・ジェイムズ・ディオ関連の楽曲ばかりを集め、彼の歌唱をギターで表現するという大胆な作風が取られていた。それに対して今回の新作『WROC』は、インスト作品ではなく、ポール自身の歌唱によるいわゆる歌モノ。こうした作風のアルバムは彼にとって約10年ぶりということになる。

実際、従来のさまざまな作品を通じて作曲家、マルチ演奏家としての多才さを見せつけてきたポールだけに、彼がみずから歌っているというだけではいまさら驚くには値しない。しかし今回の『WROC』において、彼はとても斬新な試みに挑んでいる。この表題は〈Washington Rules Of Civility〉の略。なんと本作はアメリカの初代大統領、ジョージ・ワシントンの名と共に知られる礼儀作法についてのルール集に触発されたものになっているのだ。このテキストはもともと1500年代後半にイエズス会の学者らによって編まれ、それを若き日のワシントンが筆記体の練習に書き写していたとの逸話により広く知られることになったのだとか。読書家でもあるポールは今回、そんな同書の内容を題材にしながら歌詞を綴り、みずから歌ったのだ。それゆえに収録曲タイトルには〈~するべからず〉〈~すべし〉といった教訓めいた言い回しが目立っている。
とはいえ本作は、古めかしい常識を押し付けるような説教じみたものではない。Mr. BIGの最終章において貢献を果たしたドラマーのニック・ディヴァージリオを含む仲間たちと共にごく短期間のうちに録音された楽曲群は、いずれもストレートでポジティヴなロック・ソングばかり。アルバムの幕開けを飾る“Keep Your Feet Firm And Even”は冒頭部分こそいかにも超絶ギタリスト然とした雰囲気だがキャッチーに転じていき、続く“Show Not Yourself Glad (At The Misfortune Of Another)”はガンズ・アンド・ローゼズの初期楽曲を思わせるパンキッシュなリフからミステリアスな方向へと展開していく。さらにはブルージーな味わいの曲やパワー・ポップ的なナンバーもあり、ジミ・ヘンドリックスからチープ・トリックに至るまでを敬愛する彼ならではのセンスが端々から感じられる。しかも、そこに載る歌詞が、ありがちなロックとは一線を画しているのだ。
筆者がポールの存在を知ったのは、彼がレーサーXの一員として世に出た86年当時のこと。そのときの印象はあくまで〈若き超絶ギタリスト〉だったが、Mr. BIGでの経験を通じて彼はソングライターとしての才能を開花させ、技術力の高さとキャッチーさを同時に輝かせるバランス感覚を養い、ソロ活動での多様な試行を経ながら自身の可能性を高めてきた。そして今作では、こうした斬新な作詞方法を見出したというわけだ。しかも歴史に根付いたその歌詞には普遍性があり、誰かを攻撃したり傷付けたりすることもない。現在のアメリカ大統領がある種の分断ばかりを推し進めていることを考えると、なんだか複雑な思いがしてくるのも事実だ。
エルトン・ジョンにはバーニー・トーピン、ブライアン・アダムスにもジム・ヴァランスといった言葉を紡ぐ相棒がいた。そしてポールは、かつて読んだ書物のなかにパートナーを見つけた。さらにおもしろいことに『WROC』というタイトルを音読すると、〈ロック〉にしか聴こえない。これは間違いなく、忘れかけていた何かを思い出させてくれる、示唆に富んだ画期的ロック作品なのである。
ポール・ギルバートの作品を一部紹介。
左から、2000年作の25周年記念盤『Alligator Farm (25th Anniversary Edition)』(Shrapnel/Evoxs)、2023年作『The Dio Album』(Music Theories)、2021年のホリデイ盤『'Twas』、2021年作『Werewolves Of Portland』(共にThe Players Club/Mascot)、2019年作『Behold Electric Guitar』(Mascot)、2016年作『I Can Destroy』(Ear Music)
左から、Mr. BIGの2024年のライヴ盤『The BIG Finish Live』(Evoxs)、ニック・ディヴァージリオが在籍するビッグ・ビッグ・トレインのニュー・アルバム『Woodcut』(Inside Out/ソニー)