ジャズピアニストでありながらも熱心なメタルファンとして知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。第51回は、書籍「ビッグ・イン・ジャパンの時代(BURRN!叢書 29)」を取り上げます。「BURRN!」編集長の広瀬和生さんが、CDがもっとも売れた時代=90年代のメタルバブルについて綴った同書を、西山さんはどう読んだのでしょうか? 当時の記憶や体験と照らし合わせながら、〈ビッグ・イン・ジャパンの時代〉を振り返ってくれました。 *Mikiki編集部
〈ビッグ・イン・ジャパン〉。
それは、自国やワールドワイドでは有名ではないけれど、日本で高い人気を誇った洋楽アーティストを指していう言葉。
時には揶揄のような使い方で発せられるその言葉を見ると、90年代メタラーの私は、〈なんと言われようと、私は好きだったしそれで育ってきたのよ!〉と、心の中で少し反論しながら、穏便にやりすごしています。
そもそもビッグ・イン・ジャパンという呼び方をするのは、私より上の世代の洋楽ファンだったと思います。私がメタルを聴きまくっていた90年代は、一番CDが売れていた時期。もっと以前からビッグ・イン・ジャパン現象はあったでしょうが、90年代はCDバブルの中、それが一番多かった時期で間違いないです。そりゃ日本が大きなマーケットでしたから、日本向けの企画も沢山リリースされたでしょう。
そしてそのビッグ・イン・ジャパンを一番享受して育ってきたのが、私たち90年代メタラー。当時メタルを聴きはじめた私の周囲は皆、渦中も渦中すぎて、おそらくそんな言葉は知らなかったのではないかと思います。少なくとも私は後年になるまで知らなかった。
BURRN!叢書として刊行されるこの本には、当時よく聴いていたなあと感慨深いバンド名が並びます。
ハーレム・スキャーレム、ロイヤル・ハント、フェア・ウォーニング、ドッケン……。
2015年にヘヴィメタルをジャズピアノトリオでカバーするプロジェクトNHORHMを始める際に、私が90年代に聴いていたものは一通りおさらいして聴いていたのですが、上記のバンドは当時よく聴いていたにも関わらず、カバーの候補としては挙がりませんでした。優先すべきレジェンドのバンドが沢山ありすぎるから、〈これをカバーする前に、こっちが先よね〉と絞っていくと、上記のバンドに加えよく聴いていたブラインド・ガーディアン、レイジなどは、カバー候補に残らなかったんです。
と挙げてみると、まさにビッグ・イン・ジャパンの時代ど真ん中で、その恩恵を享受していたのですね、私は。
こちらの本で取り上げられる最初のビッグ・イン・ジャパンは、イングヴェイ。もちろん世界的なスターですが、日本での特殊な人気を考えるとビッグ・イン・ジャパンです。はい、ご存知のとおり、大好きです。
本を読みながら思い返せば、当時の雑誌のインタビューではメンバーとの確執やゴシップ的なことが沢山書かれており、そればかり印象に残っています。音楽の話題もちゃんとあったんだろうけど。日本ではそれが受けていたからそんなインタビューだったのでしょうが、他国の媒体ではどんな感じだったのでしょうね。
我々世代では、やはりミスター・ビッグが強力に人気がありました。「君もなれる ポール・ギルバート」って教則本がありましたよね。これは持っている友達が多かったし、一度はドリルでギターを弾いてみたいと、皆が思っていたような気がする。同じ高校内に何人か“To Be With You”をギターを弾きながら歌っている男子がいましたよ。
私自身はそこまでハマらなかったのですが、当時の高校のバンド小僧の間ではミスター・ビッグの人気は本当にすごかった。少しマニアな人が、エクストリームも聴いているという感じだったかな。
そして、私も当然そうなのですが、同年代は多かれ少なかれボン・ジョヴィの洗礼を受けており、『These Days』(95年)と『Cross Road』(94年)は皆が聴いていた。こちらも世界的スターですが、この本でのビッグ・イン・ジャパン視点からのボン・ジョヴィの話も面白かったです。
そして、本をきっかけにハーレム・スキャーレムの93年作『Mood Swings』を聴き直したのですが、これ、今更ですが、名盤すぎませんか。曲が良いし、仕掛けも多く、洒落ていてセンスが良い。曲のタイプも色々あり演奏技術も高く、端的にクォリティーが高いです。20数年経った今聴いて、改めて強度を感じる音楽で、ちょっと今更ですが感激しました。
前述のとおり、90年代の私はビッグ・イン・ジャパンなんて言葉は全く意識せずに、その中にどっぷり浸かっていました。先輩リスナーは少しネガティブにその単語を言いますが、体感としては非常にポジティブな体験で、バンドは日本に必ずツアーやプロモーションで来てくれるし、リスナーにとっては日本で受け入れられるであろう良い音楽と情報を次から次へと沢山供給されるしでで、楽しかったですよ。
〈90年代はメタルが低迷していた〉、〈90年代でバンドは迷走〉といわれても、これが格好良いと思ってヘヴィメタルを聴き始めて入ってきたのだから仕方ない。私にとっては低迷とか迷走なんてなかったんです。その盤がフィットしなくても、他のバンドがどんどん紹介されていましたし、すぐ似たようなバンドの情報や選択肢があった。
CDバブルで景気が良かったことが全てでしょうね。
西欧至上主義で、西欧で評価されているものこそがホンモノだという価値観ではなく、日本で発見し〈日本の洋楽〉を育てていく。それができたのは、非常に豊かな時代だったのだと思います。
そういえば、私が始めてスウェーデンに録音に行った時、日本からレコード会社のプロデューサーが来ていると聞きつけたミュージシャンが数人、デモテープを渡しに来ていました。メタルではなくジャズで2006年ぐらいの話ですが、日本にツアーに行けるというのはとても名誉なことなんだと、共演した現地ミュージシャンが言っていましたね。
LIVE INFORMATION
2022年4月29日(金・祝)YouTubeチャンネルにてライブ配信予定
開演:15:00
出演:西山瞳(ピアノ)
https://www.youtube.com/user/hnofficialm
2022年5月1日(日)神奈川・横浜 上町63
1st 開演:15:00
2nd 開演:16:30
出演:西山瞳(ピアノ)/馬場孝喜(ギター)
料金:3,300円
高槻ジャズストリート
2022年5月4日(水・祝)大阪・高槻 桃園小学校 FMCOCOLOステージ
開演:11:00
出演:西山瞳トリオ 西山瞳(ピアノ)/萬恭隆(ベース)/倉田大輔(ドラムス)
2022年5月4日(水・祝)大阪 高槻現代劇場 レセプションルーム
開演:14:00
出演:西山瞳トリオ 西山瞳(ピアノ)/萬恭隆(ベース)/倉田大輔(ドラムス)
2022年5月13日(金)東京・池袋 Apple Jump
開場/開演:19:00/19:30
出演:西山瞳(ピアノ)/橋爪亮督(テナーサックス)
料金:2,800円
RELEASE INFORMATION
西山瞳トリオ、7年ぶりのスタジオアルバム『Calling』発売中!
リリース日 :2021年9月15日
品番:MT-10
価格:2,970円(税込)
紙ジャケット仕様
TRACKLIST
1. Indication インディケーション(作曲:西山瞳)
2. Calling コーリング(作曲:西山瞳)
3. Reminiscence レミニセンス(作曲:西山瞳)
4. Lingering in the Flow リンガリング・イン・ザ・フロウ(作曲:西山瞳)
5. Etude エチュード(作曲:西山瞳)
6. Loudvik ルードヴィック(作曲:西山瞳)
7. Drowsy Spring ドロウジー・スプリング(作曲:西山瞳)
8. Folds of Paints フォールズ・オブ・ペインツ(作曲:西山瞳)
All Composition & Produce Hitomi Nishiyama
録音日:2021年3月30、31日 Studio Dede
録音/ミックス/マスタリング:吉川昭仁
■メンバー
西山瞳(ピアノ)
佐藤“ハチ”恭彦(ベース)
池長一美(ドラムス)
PROFILE: 西山瞳
79年11月17日生まれ。6歳よりクラシックピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I’m Missing You』を発表。ヨーロッパジャズファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、〈横濱JAZZ PROMENADE ジャズ・コンペティション〉において、自身のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めて〈ストックホルム・ジャズ・フェスティバル〉に招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『Parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、〈インターナショナル・ソングライティング・コンペティション〉(アメリカ)で、全世界約15,000のエントリーのなかから自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコードのジャズ総合チャートで1位、HMVの総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自身のレギュラートリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『Shift』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカバーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、ヤング・ギター誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズの両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。自身のプロジェクトの他に、東かおる(ボーカル)とのボーカルプロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグバンドへの作品提供など、幅広く活動。〈横濱JAZZ PROMENADE〉をはじめ、全国のジャズフェスティバルやイベント、ライブハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさが共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。