ⒸDeutsche Grammophon Harald Hoffmann

困難への挑戦が多くの人の喜びをひらく――辻井伸行のロシア音楽紀行

 まさしく奇跡そのもの――ヴァン・クライバーン御大がそう称えたという、クライバーン・コンクールでの優勝から15周年を迎えた時節、辻井伸行がドイツ・グラモフォンからのデビュー作で聴かせたのはベートーヴェンの“ハンマークラヴィーア・ソナタ”への改めての挑戦だった。2025年録音の第2作では、ロシア音楽への意欲的な取り組みを実らせた。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番という屈指の難曲に向き合いながら、そこにはピアニストの生き生きとした喜びが溢れている。

 「難しいとは思いますけど、だからこそ挑戦しがいがある。自分はチャレンジする好奇心があるタイプで、そういう曲がけっこう好きなので。体に落とし込むまでにはたいへんなこともありますが、挑戦しているうちに〈この曲が大好きだな〉と思ってきますし。曲に気持ちを楽しく乗せて弾こうといつも心がけています」と辻井伸行は明るく言う。「ラフマニノフはピアニストだったこともあって複雑な曲が多く、コンチェルト3番なんて、これでもかというくらい膨大な音を書いて、本人は軽々と弾いてしまう。コンチェルトの2番でコンクールを受けて、僕もある意味人生が変わったということもあって、ラフマニノフの曲にはすごく思い入れがあります。3番は10年前ぐらいから弾いてきましたが、以前録音した2番に続いて、この曲もアルバムにできてほんとうに良かったです」。

辻井伸行, DOMINGO HINDOYAN, ROYAL LIVERPOOL PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/チャイコフスキー:《くるみ割り人形》 他』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2026)

 ドミンゴ・インドヤン指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団とは、2024年5月の日本ツアーでもラフマニノフの第2番と第3番を聴かせた。本作はその直前にリヴァプールで行われたライヴの熱気を鮮やかに伝えている。「前年にBBCプロムスで3番を共演したときもそうですが、いい勢いをもって楽しく演奏できました。インドヤンさんはエネルギッシュですし、お互いにライヴでしかできないことをやって、同じことが二度と起こらないのがほんとうに楽しいです」。

 協奏曲の後はピアノ・ソロで、ラフマニノフの歌曲などの編曲をはさみ、プレトニョフ編の“くるみ割り人形”組曲を据えた、多彩なトランスクプリションによる構成。「僕の大好きな作品ばかりで、“くるみ割り人形”は超絶技巧も華やかな編曲ですし、ラフマニノフの歌曲もほんとうに歌心があって美しい。それぞれ原曲を活かしつつ、ピアノならではの良さを出した魅力的な編曲です。アルバム全体として、ロシアの大自然を感じるような壮大なイメージで聴いていただけたらなと思っています」。

 


LIVE INFORMATION
究極の協奏曲コンサート2026

2026年3月17日(火)〜3月29日(日)

デロイト トーマツ presents 辻井伸行 音楽と絵画コンサート《印象派》
2026年5月14日(木)〜5月31日(日)

https://avex.jp/tsujii/live/