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直接的な表現の意味

 その成功から13年、彼らは5作目となるアルバム『Inferno』を完成させた。前作以上のインターバルを要した本作に触れると、壮大な世界観が目の前に現れる。特に目を引くのは、曲名で宇宙に関する要素が使われていることだ。例えば“Prophecy At 1420 MHz”の〈1420 MHz〉は、77年に米オハイオ州立大学のビッグイヤー電波望遠鏡が検知した電波シグナルと同じ周波数だ。このシグナルは地球外生命体からの交信という説があり、いまも天文学者たちの間で重要な研究材料のひとつとなっている。また、“I Saw Through Platonia”の〈プラトニア〉は、〈宇宙に時間は存在しない〉という主張で有名なイギリスの物理学者ジュリアン・バーバーが唱えた概念の名をまんま引用したと思われる。曲名を日本語に訳すと、〈私はプラトニアの本質を見抜いた〉という意味合いになる。他にも、“Hydrogen Helium Lithium Leviathan”では、ビッグバンの初期に生成された3つの元素名をタイトルに用いている。

BOARDS OF CANADA 『Inferno』 Warp/BEAT(2026)

 壮大さはサウンドでも見られる。これまでのたおやかで夢見心地なメロディーを保ちつつ、開放的かつスペイシーな音像が耳に残る。とりわけ“Prophecy At 1420 MHz”は、コクトー・ツインズを想起させるゴシック風味のドリーミーな音が響きわたり、過去に彼らが残してきた作品と本作は明確に異なることを示す。さらに、“Age Of Capricorn”のリヴァーブを深くかけた音像も、まるで宇宙遊泳をしているかのような大仰さが目立つ。従来作ではあまり見られない未来的質感がひとつひとつの音に染みわたっている。

 宇宙要素が散りばめられた曲群のなか、異彩を放つのが“Naraka”だ。曲名はインド神話において神々と対立する存在として描かれる〈ナラカ〉と同じ綴りであると同時に、サンスクリット語では〈地獄〉や〈地下世界〉を意味する言葉だ。インドの古典音楽カルナータカを連想させるヴォイス・サンプルが飛び出すなど、サウンドも東洋の雰囲気が色濃い。催眠的なビートと民族音楽の要素が感じられるトラックは、シャックルトンが脳裏に浮かぶような音を鳴らしている。

 このように本作には、従来のボーズ・オブ・カナダ作品ではあまり見られなかった側面が多数ある。郷愁的な音像のなかでSFチックなムードが映え、曖昧な表現が多かった曲名は直接的な言葉が顕著だ。不穏さと同じくらい悲嘆的なムードが顔を覗かせ、そのムードが混乱を極める現実世界と共鳴する。“Arena Americanada”は現在のアメリカが見せる横暴を暗喩しているようにも聞こえ、〈理性は消え去る〉という意味の曲名である“All Reason Departs”は、至るところで良識が蔑ろにされる現代を端的に表しているかのようだ。本作で描かれる情動や雰囲気は、2作目以上に私たちが生きる日常と見事に重なる。そういう意味で本作は、今という名の映画に捧げたサウンドトラックと言えるだろう。

 このような作品を〈地獄〉と名づけた彼らのシニシズムはあまりにも辛辣だ。しかし、聴き手の解釈に委ねる余白を大事にしてきた彼らが、ここまで明瞭な表現に踏み込んできた意味を私たちは真剣に考えたほうがいいのではないか。そう思わせるほど、本作のサウンドには切迫感が滲んでいる。 *近藤真弥

ボーズ・オブ・カナダの作品。
左から、95年のEP『Twoism』(Music70/Warp)、98年作『Music Has The Right To Children』(Skam/Warp)、2002年作『Geogaddi』(Music 70/Warp)