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わざわざ言うまでもない〈個人的なこと〉を守るために

寺尾紗穂と君島大空は、2020年8月に吉祥寺・スターパインズカフェで開催されたイベント〈静夏路情〉で初共演を果たしている。その後、距離が離れた期間もあったようだが、2025年には寺尾のアルバム『しゅー・しゃいん』全国ツアーの長野・上田映劇での公演にも出演した。そもそも君島は、「10年ほど前、人生で一番暗かった時期に音楽が全く聴けなくなってしまったんですけど。それでも聴くことができた数少ない作品の一つが寺尾さんの音楽でした」と、ライブ本編で語っていたように、音楽家として活動を始める以前から、寺尾の作品の熱心なリスナーだった。

今回のコンサートでは、クラシックギターの弾き語りで、6月17日にリリースされたばかりのアルバム『花落知多少』からの楽曲を中心に披露した。10年前、自分で歌を歌い始めた時期に作った曲でありながら、ずっと温めていたという“琥珀の遠景”の演奏は、このセットの白眉だったといえるだろう。寺尾もアルバムを聴き、「〈鏡に映らない季節を生きたふたり〉という歌詞の深い余韻に惹きつけられた」と、君島に伝えたという。

君島のつまびくギターからこぼれ落ちる、心の粒立ちそのもののような音と、時に(表現として)掠れ、震えながらも闇を切り裂く一陣の風のように響くファルセットの歌は、音楽を通して何かを伝えるという行為につきものの〈聴く人の孤独や痛みに触れる〉という営みを、実に慎重かつ丁寧に突き詰めていく。アルバム『楕円の夢』収録の寺尾の楽曲“迷う”のカバーにも、そんな君島の真摯さが現れていた。

君島は作品の中で、自分自身と他者との距離を常に測っているように思う。それは心地のよい、干渉しない防御策を探しているのではなく、互いを無理に損ねないように関わり合っていくための〈手立て〉を探しているという感覚に近い。自分は自分でしかなく、他者は他者でしかない。しかしながら、行き場のない痛ましい感情は確かに世界の何処かで一人ぼっちでいて、その孤独に手を当てようとするとき、人は不可知の領域に、否が応でも分け入っていかなければならない。〈優しさ〉や〈ケア〉というような言葉だけでは簡単に片付けることのできない、他者と関わることの困難さと重要性を君島は知っている。

「口に出して言う必要があまりない、わざわざ言うまでもない個人的なことをどうやって守っていくか、みたいなことに僕はずっと執着して生きていくんだろうな、と思います」

そんな一言と共に第二部を締め括ったのは、アルバム『花落知多少』のラストの楽曲“Anechoic”だった。〈消えた場所に声は届くのか/僕は確かめようとしている/強く抱きしめる体の拙さを/信じるために〉――煩悶しながらも、今を生きる一人の人として、できる限りのことを精一杯に。丹念に織り編まれた君島大空の豊かな音楽の底には、寺尾の作品とも呼応する、根源的で純粋な想いがあり、その感情そのものがそっとわたしたちの方へ優しく手を伸ばしてくるかのような演奏だった。

 

声なき声に耳を澄まし、祈る――有楽町で鳴らされた“しゅー・しゃいん”

昭和20年の敗戦後、空襲で焼け野原となった有楽町には、GHQの本部が置かれるとともに、巨大な闇市が出現した。ガード下にはバラックや露店がひしめき、路上には街娼や物乞い、復員兵、そして大切なものを奪われた多くの市井の人々たちの姿があった。戦後の混乱の只中に寄るべもなく放り出された者たちは、明日も知れぬ日々を死に物狂いで生きていた。寺尾が昨年発表したアルバム『しゅー・しゃいん』の表題曲“しゅー・しゃいん”は、そうした時代に主に米兵を相手に靴磨きで生計を立てていた戦災孤児の作文から着想を得て書かれた楽曲だ。

昭和15年に発表され、特攻隊員が好んで歌ったという灰田勝彦“森の小径”のカバーで幕を開けた第三部。寺尾の静謐な歌声とピアノの演奏で、鎮魂と祈りの色合いがいっそう濃く立ち上がっていった。神風特別攻撃隊の機体名〈彗星〉と、2018年に刊行した自身のエッセイ集「彗星の孤独」との思いがけない連関に触れつつ、己の運命を見つめながら死んでいった若者たちへと思いを馳せた“君の旅”、さらに戦時下の中国でとある兵士が出会ったヒョウの子の悲劇を歌う“ハチと僕”へと、第一部とは打って変わって、柔らかで慰撫するようではありながら、同時にある種の張り詰めたムードが会場を包む。

〈今はもう遠い思い出/しゅーしゃいん/みじめな日々さ それでも/黒ずんだあの手は/僕の始まり しゅーしゃいん〉(“しゅー・しゃいん”)

戦後80年余りを経て、有楽町の街からは、嘆きと混乱と叫びの痕跡も、狂気に満ちた輝きもいつしか失われ、令和の今はがらんどうのような空虚さが漂っている。しかし、人々が戦火の記憶を忘れたとしても、この街に吹く風や赤煉瓦は、きっと“あの日”を覚えているはずだ。本当の暗闇を知らずに育ったわたしたちにも、それをそっと静かに語りかけてくる。

この夜に演奏された“しゅー・しゃいん”は、炎に焼かれ、敵や味方に殺され、若さを、美しさを、自由を奪われた人々の声なき声を慰霊し、今を生きるわたしたちがその惨禍の上に立って生きていることを改めて思い起こさせ、力強く生きるよう鼓舞するように、深く響き渡った。