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生きやすくなるために、良い加減の大切さを信じたい

 里山に暮らす音楽家、高木正勝は独自のスタンスで音楽と向き合ってきた。近年は自宅を取り巻く自然の音を取り入れて宅録をする『マージナリア』シリーズに取り組む一方で、エンターテイメント色が強い映画やドラマのサントラを制作。そんな相反する仕事がユニークな形で混じり合ったのが新作『うたの時間』だ。本作は高木が細田守監督の劇場用アニメーション作品「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」に提供したサントラの曲に、5人のミュージシャンが歌を乗せて新たなアレンジでレコーディングしたもの。面白いのはサントラの曲が実は歌として作られていたということだ。その経緯を高木はこんな風に振り返る。

 「最初に手掛けた細田さんの作品は『おおかみこどもの雨と雪』で、本格的に劇場映画のサントラをやるのは初めてでした。映像はできていなくて脚本と絵コンテを頼りに作曲したんです。アニメーションの世界はそれが普通なんですけど、当時はその状態でどうやって曲を作ったらいいのかわからなくて、とりあえず曲のスケッチ(断片)を細田さんに送って、それを細田さんがシーンに当てはめ、そこからアレンジして曲に仕上げていました。そのスケッチの段階で歌ってたんですよね。アレンジすることでサントラになる。それからずっと細田さんのサントラは歌のアルバムのつもりで作ってきたんです」

高木正勝 『スタジオ地図 Music Journey Vol. 2 - 高木正勝 うたの時間』 ソニー(2025)

 インストの曲を作る時に歌が生まれる。自分の作品ではそういうことがないそうだが、なぜ細田監督のサントラから歌が生まれたのだろう。

 「〈おおかみこども〉はセリフが少ないんですよ。5分くらい誰も喋っていないこともあるし、そこで年月が経っていくこともあるので、映画の筋とは別にシーンに並走するストーリーがないと音楽が作れないと思ったんです。例えば“たねみみ”という主人公が畑で作物を育てるシーンで流れる曲を作った時は、なぜか頭の中に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のイメージが浮かびました。そして、走っている汽車と母子の姿を思い浮かべながら曲を作って、思いついた言葉を当てはめて歌っていたんです」

 歌として生まれた曲がサントラとして形を変えていくなかで、いつか歌として完成させたいという想いが『うたの時間』として結実した。アルバムに参加したのは、クレモンティーヌ、アン・サリー、寺尾紗穂、角銅真実、Hana Hopeという面々。男性ミュージシャンにも声をかけたが結果的に女性のみになった。

 「人選をしていく過程で、このアルバムはお母さんのアルバムになるんだろうなって思いました。実際に母親かどうかではなく、お母さんに対する想いがある人に歌ってほしいなって」

 歌い手は2〜3曲ずつ担当。高木は自分が曲を書いた時のイメージを歌伝えて歌詞は歌い手に任せた。

 「これまで何度か歌だけをやられている方とコンサートをご一緒させてもらいましたが、曲に入り込めるかどうかで大きな違いがあることを知ったんです。そこは楽器の演奏と違うところで。だから、歌い手さんに歌詞を書いてもらうというのは最初に決めていました。例えばHanaさんは〈おおかみこども〉の物語に関連して自分の家族のことや自然に対する思いを書かれていました。Hanaさんの普段の歌声と違うように感じるのは、素が出たからじゃないかなって思います」

 複数のミュージシャンに依頼したのは、トリビュート・アルバムみたいな作品にしたかったからだとか。個性的な5人の歌声が混ざり合うことで表情豊かなアルバムになっている。なかでも、角銅の演奏に溶け込んでいくような歌声。作り手の自意識を感じさせない開かれた音楽性は高木と通じるものを感じさせた。

 「僕もそう思います。角銅さんの作品を聴くと〈あれ? 僕の作品かな〉と思うことがあるんです(笑)。今回のレコーディングでは、毎回、演奏に合わせて角銅さんの歌が変化するんですよね。それと対照的なのが寺尾さん。自分の歌がしっかりあって、歌った瞬間に寺尾ワールドになるんです。そういえば今回、最初は歌だけお願いしてたんですけど、いつもの感じと違ったんですよ。それでピアノも一緒に弾いてもらったら寺尾さんの歌になりました。1曲、僕がピアノを弾いたんですけど、その曲はいつもとは違う寺尾さんの歌が聴けると思います」