生きやすくなるために、良い加減の大切さを信じたい
里山に暮らす音楽家、高木正勝は独自のスタンスで音楽と向き合ってきた。近年は自宅を取り巻く自然の音を取り入れて宅録をする『マージナリア』シリーズに取り組む一方で、エンターテイメント色が強い映画やドラマのサントラを制作。そんな相反する仕事がユニークな形で混じり合ったのが新作『うたの時間』だ。本作は高木が細田守監督の劇場用アニメーション作品「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」に提供したサントラの曲に、5人のミュージシャンが歌を乗せて新たなアレンジでレコーディングしたもの。面白いのはサントラの曲が実は歌として作られていたということだ。その経緯を高木はこんな風に振り返る。
「最初に手掛けた細田さんの作品は『おおかみこどもの雨と雪』で、本格的に劇場映画のサントラをやるのは初めてでした。映像はできていなくて脚本と絵コンテを頼りに作曲したんです。アニメーションの世界はそれが普通なんですけど、当時はその状態でどうやって曲を作ったらいいのかわからなくて、とりあえず曲のスケッチ(断片)を細田さんに送って、それを細田さんがシーンに当てはめ、そこからアレンジして曲に仕上げていました。そのスケッチの段階で歌ってたんですよね。アレンジすることでサントラになる。それからずっと細田さんのサントラは歌のアルバムのつもりで作ってきたんです」
インストの曲を作る時に歌が生まれる。自分の作品ではそういうことがないそうだが、なぜ細田監督のサントラから歌が生まれたのだろう。
「〈おおかみこども〉はセリフが少ないんですよ。5分くらい誰も喋っていないこともあるし、そこで年月が経っていくこともあるので、映画の筋とは別にシーンに並走するストーリーがないと音楽が作れないと思ったんです。例えば“たねみみ”という主人公が畑で作物を育てるシーンで流れる曲を作った時は、なぜか頭の中に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のイメージが浮かびました。そして、走っている汽車と母子の姿を思い浮かべながら曲を作って、思いついた言葉を当てはめて歌っていたんです」
歌として生まれた曲がサントラとして形を変えていくなかで、いつか歌として完成させたいという想いが『うたの時間』として結実した。アルバムに参加したのは、クレモンティーヌ、アン・サリー、寺尾紗穂、角銅真実、Hana Hopeという面々。男性ミュージシャンにも声をかけたが結果的に女性のみになった。
「人選をしていく過程で、このアルバムはお母さんのアルバムになるんだろうなって思いました。実際に母親かどうかではなく、お母さんに対する想いがある人に歌ってほしいなって」
歌い手は2〜3曲ずつ担当。高木は自分が曲を書いた時のイメージを歌伝えて歌詞は歌い手に任せた。
「これまで何度か歌だけをやられている方とコンサートをご一緒させてもらいましたが、曲に入り込めるかどうかで大きな違いがあることを知ったんです。そこは楽器の演奏と違うところで。だから、歌い手さんに歌詞を書いてもらうというのは最初に決めていました。例えばHanaさんは〈おおかみこども〉の物語に関連して自分の家族のことや自然に対する思いを書かれていました。Hanaさんの普段の歌声と違うように感じるのは、素が出たからじゃないかなって思います」
複数のミュージシャンに依頼したのは、トリビュート・アルバムみたいな作品にしたかったからだとか。個性的な5人の歌声が混ざり合うことで表情豊かなアルバムになっている。なかでも、角銅の演奏に溶け込んでいくような歌声。作り手の自意識を感じさせない開かれた音楽性は高木と通じるものを感じさせた。
「僕もそう思います。角銅さんの作品を聴くと〈あれ? 僕の作品かな〉と思うことがあるんです(笑)。今回のレコーディングでは、毎回、演奏に合わせて角銅さんの歌が変化するんですよね。それと対照的なのが寺尾さん。自分の歌がしっかりあって、歌った瞬間に寺尾ワールドになるんです。そういえば今回、最初は歌だけお願いしてたんですけど、いつもの感じと違ったんですよ。それでピアノも一緒に弾いてもらったら寺尾さんの歌になりました。1曲、僕がピアノを弾いたんですけど、その曲はいつもとは違う寺尾さんの歌が聴けると思います」
レコーディングはスタジオで一発録り。歌を乗せるだけではなく、録音に対するこだわりも高木の曲が持つ歌の魅力を引き出している。
「『マージナリア』をやっている影響もあって録った音を編集したくないんですよね。声がかすれてもいいし、演奏が間違ってもいい。その時にしか録れない音を録る。そして、録れた音をみんなで一度聴いてみて、それぞれが自分ができることを考えて、もう一度演奏する。そうやると歌も演奏も変わるんです」
『マージナリア』シリーズは高木が自宅の窓を開け放ち、鳥や虫の声、風や雨の音など、自然が奏でる環境音とピアノでセッションをする試みだ。そこにはスタジオでは再現できないほど豊かな音が満ち溢れている。『うたの時間』と同時にシリーズ最新作『マージナリアVII』がリリースされるが、前作で初めて登場した幼い息子の声とピアノの掛け合いをはじめ、自然の音に加えて家族との関係も音楽の一部になっている。

「確かにそうですね。いつも通り演奏してても子供がそこに入ってくる。〈録音してるよ〉と言っても大声を出す(笑)。だから子供も自然の音の一部というか。あと、この時期、妻が2人目の子供を妊娠していて、外に出られない彼女のリクエストで昔の曲をアレンジし直して演奏したりもしていて、これまでの作品よりも家族の存在が大きいと思います。僕にとって『マージナリア』はすごく贅沢なプロジェクトなんですよね。思い浮かんだメロディをその時の環境で録音する。過去の曲を弾きたくなった時に〈今弾くとどんな感じになるのかな?〉と思いながらすぐ弾いてみる。『マージナリア』では何も計画せず、そこで何が生まれるのか試してみるんです」
そして、そんな『マージナリア』と『うたの時間』には通じるものがあると高木は言う。
「僕は創作活動を初めてから〈生まれる〉ということにずっと興味を持ってきました。『うたの時間』では〈人が集まった時にどうやったら歌が生まれるんだろう?〉ということを考えていたんです。みんなレコーディングに向けて用意や練習をしてきてはいますが、それだけでは歌にならないんですよ。どうやったら今生まれたばかりのような歌になるのか。それをみんなで考えながら演奏しました」
音楽が生まれた瞬間を捉える。それは音楽とは何か、という問いかけでもある。生まれたばかりの音楽の赤ちゃんを取り上げる高木もまた、『うたの時間』に参加した歌い手同様にお母さんのような感性を持っているのかもしれない。作り込まれた商品としての音楽が溢れるなかで、高木は無垢な音楽を探し続ける。
「今の音楽って細かくエディットして作り込むじゃないですか。それはそれで面白いものもあるかもしれないけれど、僕は息苦しさを感じてしまう。もっと良い加減さを信じたいんですよね。『マージナリア』を出す時は、いつも直したいと思う箇所が色々あって〈このまま出していいのかな?〉と悩むんですけど、出してしまったら、そこから先の人生が少し楽になる。これからはそういう作品を作っていきたいと思っていています」
高木正勝(Masakatsu Takagi)
作曲家、ピアニスト、映像作家。1979年10月3日、京都生まれ。2001年、音楽と映像のアルバム『pia』でデビュー。ピアノ演奏を中心とした音楽活動と並行して国内外の美術館などで映像展示を行なった。『World is so beautiful』『タイ・レイ・タイ・リオ』『おむすひ』『山咲み』などを発表。近年は山村にある自宅の窓を開け自然豊かな環境をそのまま切り取ったピアノ曲集『マージナリア』を継続して発表している。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」、映画「おおかみこどもの雨と雪」「静かな雨」「光る川」などの音楽を手がける。著書に『こといづ」、自作曲の楽譜出版に取り組んでいる。
寄稿者プロフィール
村尾泰郎(Yasuo Murao)
音楽と映画に関する評論を執筆。最近の仕事は映画「エミリア・ペレス」「ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた」の劇場パンフレットへの寄稿。ジュリー・クルーズ『フォール・フロート・ラヴ(1989-1993)』のライナーノーツなど。
LIVE INFORMATION
スタジオ地図 Music Journey at Billboard Live 高木正勝 “うたの時間”
2025年5月17日(土)ビルボードライブ大阪
1stステージ
開場/開演:15:00/16:00
2ndステージ
開場/開演:18:00/19:00
2025年5月31日(土)ビルボードライブ横浜
1stステージ
開場/開演:15:00/16:00
2ndステージ
開場/開演:18:00/19:00
■出演
高木正勝、アン・サリー、Hana Hope、寺尾紗穂(横浜のみ) ほか
