コンシャスな表現をソウルフルに追求して唯一無二の高みへ到達したアリシア・キーズ。さらに視野を広くしたニュー・アルバムが届ける時代へのメッセージとは?

 キャリア20年を超え、〈グラミー15冠〉と紹介される冒しがたい崇高な存在となったアリシア・キーズ。2016年の『Here』発表以降は、音楽業界における女性の地位向上を謳った機関〈She Is The Music〉を発足するなどフェミニズムの急先鋒に立つ姿が目立つが、以前からの慈善活動も含めて実績と信頼を積み上げてきた彼女は、2019年と2020年、2年連続でグラミー授賞式の司会を務め、エンターテイナーとしてのトップに立った。

 前作から約4年ぶりとなる7枚目のオリジナル・アルバム『ALICIA』は、そんな活動の集大成と言ってもいい。当初は自伝本の発売に近いタイミングで出すはずだった予定が、新型コロナウイルスの蔓延もあって延期となり、ジョージ・フロイド殺害で再燃したブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動を受け、より問題意識の高い、時代に即したものへと調整された。例えばエド・シーランらと共作した“Underdog”は、クロニクスら客演のレゲエ風リミックスも誕生したようにカリブ色の滲むアコースティックなポップソングで、コロナ禍以前に発表していたが、「困難に打ち勝てる力を持った祈りのような曲」とアリシアが言うように、結果としてコロナの最前線で闘う医療関係者を鼓舞するアンセムになった。同様にザ・ドリームがペンを交えたピアノ・バラード“Good Job”も、シングルマザーだった母親を讃えた曲ながら、最前線で対応にあたる無名のヒーローたちに捧げられている。また、思慮深くかつエモーショナルに歌い上げるピアノ・バラード“Perfect Way To Die”は、警察官の暴力で我が子を失った母親の視点で「理想的な死に方を選んだかも」と皮肉を込めて歌う、BLMに基づいた曲。美しいメロディーとは裏腹に重いテーマだが、先の2曲を含めこれらは、人権や貧困、女性問題に斬り込んだ2014年のシングル“We Are Here”からの繋がりも感じさせる。ピアノを弾きながら歌い、毅然と世に立ち向かう力強い姿がニーナ・シモンに喩えられるのも納得だ。

 新作は、上記のような社会~政治的なメッセージも含めて〈多様性〉がキーワードと言えるだろうか。なにしろ、新進気鋭を中心としたゲスト、売れっ子プロデューサー/ソングライターたちの顔ぶれがとにかく多彩なのだ。コラボが増えたのは、子どもを育てるなかでオープンマインドになったことも関係しているようで、以前から交流のあるミゲルを迎えたオーガニックなバラード“Show Me Love”、奇才ルドウィグ・ゴランソンの制作によるダウナーなトラック上でカリードと交わる“So Done”といった先行曲のほか、タンザニアのボンゴ・フレイヴァ界から現れたダイアモンド・プラトナムズを招いたダビーな“Wasted Energy”に代表される異色のコラボも行い、新しいスターをフックアップしているのも印象的だ。

 なかでもサンファとの甘やかな交歓に酔わされるドリーミーなスロウ“3 Hour Drive”は本作屈指の出来。この曲に関しては、アリシアとサンファ、“Gramercy Park”も手掛けたジミー・ネイプスの3人によるロンドンでの楽曲制作の様子がNetflixのドキュメンタリー「Song Exploder-音楽を紡ぐ者」にて公開され、サンファは「霧の中に消えていく記憶をイメージした」と語っている。また、トリッキー・スチュワートらが制作した“Me×7”にはティエラ・ワックが客演。昨年8月にNYブルックリン会場での〈Afropunk Fest.〉にて自身のステージにアリシアを迎えたティアラは、ニューウェイヴ系ディスコとでも言うべき“Time Machine”のMVにもカメオ出演するなど、すっかり意気投合しているようだ。スノー・アレグラを招いた“You Save Me”は初期のアリシアを思わせるピアノ・バラードだが、そこに溶け込むアレグラの才能も計り知れない。

 コロナ禍においては夫のスウィズ・ビーツがティンバランドと立ち上げた配信バトル・シリーズ〈Verzuz〉が注目を集め、アリシアもジョン・レジェンドと競演。そのエリカ・バドゥvs.ジル・スコットの回に刺激を受け、ジル本人を招いた、その名も“Jill Scott”なる曲が生まれたのも2020年ならではだろう。囁き系の声で歌い、ジルが詠唱するスウィートなラヴソングで、硬派なメッセージ曲とバランスを取るようにアルバムに柔らかな空気を運び込む。また、同じラヴソングでも、ライアン・テダーらと制作した“Love Looks Better”では、曲調を含めて“No One”に通じる力強さで前を向く。『ALICIA』と大文字で名前を刻んだタイトル通りの自信が全編に漲る、いまのアリシアにしかできない唯一無二のアルバムになっているのだ。

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