藤本タツキ、話題の新作読み切り「ルックバック」

今朝、まだ日が昇っていない未明。リビングの床の上で眠っていた私は、前日の日中から残っている暑気のせいで目を覚まして、スマホで時間を確認した。3時過ぎ。

画面の明るさに思わず目をつむってしまったが、Face IDでスマホのロックが自動的に解除され、Twitterのタイムラインが目に飛び込む。〈藤本タツキ〉〈ルックバック〉〈読み切り〉……。ぼんやりとした頭でわかってきたのは、日付が変わるのと同時に公開された、ある漫画作品がなにやら話題になっている、ということだった。

〈藤本タツキ〉は知っている。先日、アニメ化が決定した「チェンソーマン」の作者だ。〈ながやま こはる〉というちょっとやばいTwitterアカウントをやっていることも知っている。彼の画風までなんとなく知っているのにもかかわらず、私は、友だちみんなが話題にしている「チェンソーマン」を読んだことがなかった(「POP LIFE: The Podcast」でも取り上げられているのに!)。

とはいえ、この仕事をしていくうえで、話題作を素通りしてよかったことなど一度もない。それに、タイムラインでは、オアシスの“Don’t Look Back In Anger”(95年)が作品に織り込まれていることが音楽ファンのあいだで話題になっていて、それも気になった。しかも、友人である漫画家の川勝徳重がアシスタントを担当しているという。〈とりあえず読んでおかないと〉というちょっと後ろ向きな義務感から、「少年ジャンプ+」のリンクを開いた。

 

フラッシュバックする映画のシーンの数々

藤本タツキの新作長編読み切り「ルックバック」は、ほんとうに見事な作品だった。読み切りなのに143ページという長さに最初はひるんだが、巧みなストーリーテリング、コマ割りの妙、せりふの有無や余白による緩急のつけられた展開と構成で、その読み味は長大さをいっさい感じさせない。それに、すべてがとにかく繊細に作りこまれている。舌を巻いたし、絵のうまさを含めた技巧にまずうなった。

特に強く感じたのが、日本の漫画/漫画家には珍しい、グラフィック・ノベルやバンド・デシネに近い表現技法だった。そして、それ以上に、その物語には、複数の映画のシーンが呼び起こされる瞬間があった。

というわけで、ここでは、すでに多くの映画ファンが話題にし、さまざまな指摘がなされている「ルックバック」について、その背景(バック)に映し出される数々の映画作品との共通点を挙げたいと思う。当然、ネタバレ全開なので、未読の方(そして、言及される映画を未見の方)は注意してほしい。