デビュー・アルバム『戒厳令』は菊地成孔によるプロデュース!
菊地凛子 × 菊地成孔
出会いはDCPRG@リキッドルーム
〈臨兵闘者皆陳列在前〉の九字を切る間もなくエレクトロ・ノイズの嵐とともに戒厳令は布告されるが、都市はつねに世界にひらかれているからウイルスの侵入をとどめることは簡単ではない。ユーラシアからのインフルエンザしかりアフリカ大陸の出血熱しかり。ただしこの場合ウイルスの名称は〈Ebola〉ではなく〈Rinbjö〉である(正式にはoにウムラウトあり)。読みは〈リンビョウ〉漢字をあてるなら〈淋病」だろうか。ところで、淋病の淋は〈さみしい〉の意味ではなく、〈雨の林の中で木々の葉からポタポタと雨がしたたり落ちるイメージ〉とWikipediaに書いてあるから日本人のだれもがご存じの一般教養である。美しく密やかな、三千世界さえそこに映し出しそうなイメージを性感染症の名前にするなんて、わが国の雅もここにきわまれりといったところだが、病をbjoと表記しOにウムラウトを付すと、90年代以降のポップ・カルチャーのアイコンたるレイキャヴィック出身のさる女性歌手を想起させる綴りになる、とここまで書くのに1分半。Rinbjöの『戒厳令』は元シミラボのQNをフィーチャーしたタイトル・トラックの半分もいっていない。トラックはポスト・ダブステップというよりダーク・アンビエントというよりその異形の折衷であるとともにIDMとインダストリアルのニュアンスも少々ある、と書く私はさきばしっている。話を進める前にRinbjöについて説明したい、とはいえ私の知るかぎり想像のおよぶかぎりではあるが。
Rinbjöは「バベル」や「ノルウェイの森」、「パシフィック・リム」や「47RONIN」などで知られる女優菊地凛子のアーティスト・ネームで、『戒厳令』はこのアルバムのプロデューサーをつとめる菊地成孔の〈TABOO〉からの彼女のはじめてのアルバムとなる。両菊地がはじめて会ったのは2013年11月14日だったはずで、なぜ私は日付を憶えているかといえば、その日はDCPRGのライヴが恵比寿リキッドルームであり、私は別の取材と重なって行けなかったが、菊地凛子は会場にいたのを知っているからだ。彼女はそのとき、音楽をやりたがっていて、しかし音楽をかたちにするには現実的なスキルが欠かせない。もしプロデューサーを立てるなら、やはり菊地さんだろうとたしかそのときはなった、あれから1年。