レトロ・ポップなサウンドと共に妄想を膨らませてきた彼女が、素の表情を見せるとき――〈少女時代〉に別れを告げる図鑑に記されたものとは?
少年も少女もいつかは大人になっていく。いつ? どんなふうに? それは誰にもわからないけれど、そのことに気付いた時の戸惑いは、誰もが経験したことがあるはず。シンガー・ソングライター、吉澤嘉代子のファースト・アルバム『箒星図鑑』は、“未成年の主張”や“美少女”などこれまでに発表した代表曲と新曲を織り交ぜながら、〈少女時代〉をコンセプトにしたもの。そこには少女だった頃の思い出や、少女と大人の間で揺れ動く気持ちがさまざまなストーリーで歌われている。
「いつも曲を書いている時に、自分の少女時代に宛てて書いているようなところがあるんです。私、子供の頃は生きづらくて。あの頃のすべては、いまこうして曲を書くためだったんだって思うことで、子供の頃の自分をなんとかして肯定したいと思っているんです。それでまだ自分のなかに少女の部分が残っているうちに、〈少女時代〉をコンセプトにしたアルバムを作りたかったんですよね」。
これまで彼女は短編小説のように物語性の強い歌を歌ってきた。しかし、本作には「いままでの曲とは違って、個人的な感情が入った曲もある」という。その代表的なナンバーが「アルバムの1曲目に決めていた」という “ストッキング”だ。
「二十歳くらいの頃に書いた曲なんですけど、この頃、初めてストッキングを履いて。その時に〈なんて窮屈なんだろう〉と思ったんです。OLさんは、これを毎日履かなきゃいけないの?って。そういう、大人になりきれていないのに大人にならなくちゃいけない時期に考えていたことを、そのまま歌っているんです」。
さらに、これまで以上にパーソナルな体験をもとにしている曲が“雪”だ。温かなメロディーに乗って中学以来の親友への思いが綴られていく。「彼女が心の病気で入退院を繰り返していた時、彼女のために歌える歌はなんだろう?と思って」作ったこの曲は、「自分の力のなさを感じて、これまででいちばん書くのが辛かった」とか。
そんな彼女の内面に触れるシリアスな曲もあれば、彼女の魅力のひとつであるオールディーズを下敷きにした〈ラヴリー・ポップ〉に乗せて少女のときめきを歌ったものもある。たとえば“ブルーベリーシガレット”では氣志團の綾小路翔がゲスト参加。サーフ・ロック風のサウンドに乗せて、不良に恋する乙女心が歌われる。
「〈ブルーベリーシガレット〉っていうのは煙草の形をしたラムネなんですけど、それを見ているうちにイメージが膨らんで歌にしたんです。コーラスはぜひ綾小路さんにお願いしたくて、手紙を書いたら実現したんですよ! セリフをいろんなニュアンスで喋ってくださったりして、すごく楽しい現場でした」。
出だしのクセのある歌い方はライヴで観た向井秀徳にインスパイアされたそうで、「レコーディングで突然やったらみんな大爆笑だったんですけどノリノリで歌いました」という衝撃の歌唱法だ。また、“なかよしグルーヴ”では初めてラップにも挑戦したりと、サウンド面はますますヴァラエティー豊か。そして、アルバムはギター一本だけを伴奏にしたアコースティックなナンバー、“23歳”で幕を閉じるが、〈ここからはもう 大人の世界〉という歌詞が印象的だ。このアルバムは少女時代に別れを告げるものなのか? 新作に込められた思いを訊ねると、こんな答えが返ってきた。
「いまは少女時代を真空パックしている状態なんです。この歌を聴いた女の子たちが歌に込められた思いを受け取ってくれたら、私の少女時代も成仏できるかもしれない(笑)。でも、思い描いた通りのアルバムが出来たので、これを区切りにして新しい作品を手掛けていきたいと思ってます」。
少女だった頃、魔法使いに憧れて魔女修行をしていたという吉澤。聴けば誰もが少女になれる(かも)――『箒星図鑑』はそんな魔法がかけられたアルバムだ。