昨年11月に約6年半ぶりの来日公演を行ったベベウ・ジルベルト。新作『トゥード』は、ニューヨークにある彼女のスタジオをはじめ、ロサンゼルス、リオデジャネイロの三カ所で録音されている。プロデューサーは、デビュー作にも関わっていたLA在住のブラジル人マリオ・カルダードJr.だ。それだけに、欧米の音楽マーケットにすり寄ったアルバムではなく、ニューヨークで暮らしつつ、ほぼ等距離の感覚でNYとリオに接しているベベウらしい作品に仕上がっている。
「そう捉えてくれて、とても嬉しい。私は長いことニューヨーク暮らしているので、日常的には地元のラジオから流れてくる音楽を耳にしている。欧米の音楽の中にも、ノラ・ジョーンズやルーファス・ウェインライトなど好きなものはたくさんあるわ。その一方で、今はインターネットがあるから、ブラジルの音楽の動きもかなり把握できるし、ブラジルの友だちからもときどき最新情報を教えてもらっているの」
友だちといえば、新作にはベベウの長年の友人であるアドリアーナ・カルカニョットやセウ・ジョルジも参加している。
「アドリアーナとはずっと前から一緒に仕事をしようって約束していたんだけど、これまで機会がなかった。ところが、タイトル曲の歌詞で悩んでいたときに突然閃いたの。そうだ、彼女は現在のブラジル音楽界において群を抜く詩人だから、協力してもらおうって」
ベベウより一歳年下のマリーザ・モンチも友人の一人だという。しかし、10歳年下のマリア・ヒタとは、より気が置けない間柄とのこと。あえて記しておくと、ベベウはジョアン・ジルベルトとミウシャ、マリアはエリス・レジーナとセザール・カマルゴ・マリアーノの間に生まれた2世アーティストだ。
「だから私たちは、世間の人たちから色眼鏡で見られることが多く、何かと苦労してきた。でも今はお互いに独り立ちできているし、私は新作で、かつて父が録音したトム・ジョビンの曲を歌っている。次回は母が歌ったジョビンの曲も取り上げるつもりよ」
ベベウから直接話を聞きたかったのは、彼女のデビュー作を手掛けたスバ(Suba)のことだ。旧ユーゴスラビアからサンパウロに移住してきた彼は、ブラジル音楽の未来の鍵を握っていた音楽家兼プロデューサー。唯一のアルバム『São Paulo Confessions』は傑作である。が、99年に38歳の若さで夭逝した。
「スバと初めて会ったのはとあるパーティーで、実はそのときは父のジョアンもアドリアーナも同席していたの。スバは天才だったと思う。もちろん、彼から受けた恩は一生忘れないわ」