レコチョクが2014年1月に立ち上げた研究機関〈RecoChoku Labo(レコチョク・ラボ)〉が、去る3月6日、六本木のビルボードライブ東京にて〈NO MUSIC, NO LIFE. Academy〉と題した一夜かぎりのアカデミーを開校した。人と音楽の新しい関係やその可能性を検証してきたレコチョク・ラボは、青山学院大学社学連携研究センター(SACRE)と共同で、参加を希望する学生に向けたワークショップを定期的に開催しており、タワーレコード協力のもと行った今回のイヴェントはその特別編。まず初めに伝えておきたいのは、企画の主役はあくまでこの日ビルボードに詰めかけた約110名の学生であるということだ。そして、その狙いはレコチョク・ラボの所長であり、ワークショップで学生たちと向き合ってきた庄司明弘の言葉に集約されている。

「講義のなかで、音楽をスピーカーから聴いたことがないという学生がいて非常に驚いたんです。彼らにとって音楽はヘッドフォンで楽しむのが主流なのかもしれない。であれば〈生の音楽〉を体感したことのない学生たちに、ぜひ聴かせてあげたかった」

左から、斎藤有太、山本拓夫、石川鉄男、有賀啓雄、小笠原拓海、佐橋佳幸、石成正人、飯尾芳史

 

イヴェントは2部構成。第1部では、事前に学生から取ったアンケートをもとに、国内の一流ミュージシャンたちが即興で約30秒ほどの楽曲を制作するという、両者のキャッチボールで〈生の音楽〉を創造していくセッションが試みられた。ステージに並んだのは、バンマス的な役割を努めた佐橋佳幸(ギター)を始め、石成正人(ギター)、有賀啓雄(ベース)、小笠原拓海(ドラム)、斎藤有太(ピアノ)、山本拓夫(サックス)という錚々たるプロの演奏家ばかり。飯尾芳史(エンジニア)と石川鉄男(プロデューサー)を含む8名体制でライヴ・レコーディングに臨んでいく。

 

まず手始めに楽器の音決めから……という説明だったが、張りのあるドラムのビートにいつしかベースが重なり、何気なく続いたピアノ、2本のギター、サックスのアンサンブルの先に突然現れたのは、レコチョクで昨年最もダウンロードされたという“レット・イット・ゴー~ありのままで~”のテーマ。「サビの部分に来るまで気付かなかった!」と語る学生たちの驚いた表情を見るかぎり、掴みのサプライズは成功した模様だ。そして、いよいよここから課題である楽曲作りへ。

 

事前のアンケートで集められたのは〈自分たちを商品に例えたら?〉というテーマ。〈インスピレーションを大切にしたかった〉という演奏陣は、ステージ上で初めてその回答に目を通していく。最初に選ばれたテーマは〈カレー〉で、舞台に持ち込まれたホワイトボードを前に、コード進行や小節数、テンポ、各人の使用楽器(ギターであればアコーステックかエレキかなど)やトーンなど、細かなポイントまで手際よく打ち合わせが進み、ものの数分で1回目のレコーディングが行われることに。さらに、録音後にすかさず〈スパイス感を足そう〉とテイクが重ねられるなど、〈これぞ一流ミュージシャン〉と感嘆したくなるテクニックと共に、臨機応変にアイディアを出し合いながら順調にセッションは進んでいった。

 

その後も、ジャズ好きの学生が提案したであろう〈ギル・エヴァンス・オーケストラ風〉というテーマや、ジミ・ヘンドリックスばりのギター・リフが飛び出した〈炎上〉、意外にもすんなりとサウンドが決まった爽快感抜群の〈鼻セレブ〉、王道のギター・ロックで〈ティーンズ感〉を演出した〈スニーカー〉、そして〈青山〉という難題を次々と解決していく。特に青山のテーマでは、街の真ん中を走る国道246号に目を付け、数字を音符で表すというルールをもとに2(レ)、4(ファ)、6(ラ)をメロディーに組み込むという驚きのテクニックも披露された。魔法のような手さばきで次々と〈生の音楽〉が生み出されていく過程を、終始真剣な眼差しで見つめていた学生たちの姿が印象的だった。

 

第2部は、学生からの人気も高いシンガーのJUJUをスペシャル・ゲストに招き、庄司が聴き手となってロング・インタヴューを敢行。当初は、思い出のアルバムにまつわるエピソードが語られる予定だったが、急遽JUJU本人の話にスポットが当てられることになり、赤裸々な逸話が飛び出すディープな内容となった。

 

まずは〈JUJUといえばニューヨーク〉ということで、NYに関する話題からスタート。高校までは家庭内で息苦しい想いをしていたと語るJUJUは、「誰も私のことを知らない場所で、さらに自分の好きなものもある場所で、自分の人生をゼロからやり直したかった」との理由で渡米を決断。家族の反対を自らの交渉で説得し、無事NYに着いたときには武者震いするほどの喜びを感じたという。現地では、オープンマイク(公開参加型のセッション)の司会のおばさんから道端で歌っている人まで〈本当に歌が上手い人だらけ〉で、挫折しそうになった経験も少なくなかった。それでも、〈あまりにも好きすぎる〉歌への想いから、最後まで〈私にしか歌えない歌があるかもしれない〉との信念を失うことはなかったそうだ。間には〈恋が歌に与える影響〉の秘密を語る場面や、〈自分らしさが欲しい〉という悩みへ「ブームに迎合しない」「ルールは破るためにある」とアーティストらしいアドヴァイスを贈る一幕もありつつ、次はJUJUが会場の学生と直接対話する質問コーナーへ。

 

ここでは〈初対面の異性のどこを見る?〉〈学生にオススメのお酒は?〉という気軽なものから、〈歌のうまさとは何か?〉といった本質的な問いまで、さまざまなクエスチョンが飛び出した。なかでも、〈大学生のうちにしておいたほうがいいこと〉に対する「恋愛でも一人旅でも、いい意味での無茶。まずは遊びましょう!」との回答は、音楽関係の仕事に就きたいという質問者へ大きな示唆を与えた様子だった。また、〈理想のラジオ〉を問われた際、伝説の番組「スネークマンショー」の名前を挙げ「ああいうものをいつかやりたい」と吐露するなど、JUJUの意外なこだわりも垣間見える展開に。最後に再び庄司から問いかけられたのは、就活も含めた転機のシーズンにいる学生たちに向けた〈JUJU自身の転機と、それにまつわる曲は?〉という質問だ。

「NYでのいろんな紆余曲折を経て、やっとソニー・ミュージックと契約することが出来た。でも最初のシングル2枚を出したものの誰にも届かなくて。そこからまたNYで1年半、毎週4曲ずつ作るというハードな制作期間に入ったんです。そこで〈この曲でもしダメだったら契約終了にしましょう〉と言われたのが、後に3枚目のシングルになる“奇跡を望むなら...”。そしたらこの曲をきっかけにJUJUを知ってくれる方が徐々に増えてきて……だから私にとっては冗談みたいなタイトルだったけど、これ以降〈歌うことの意義〉が〈聴いてくれる方のために歌いたい〉って方向に180度変わったんです」

 

長丁場となったイヴェントを締めくくったのは、その転機の一曲“奇跡を望むなら...”の生パフォーマンス。JUJUのバックを固めるのは、もちろん先ほどの第1部に出演した凄腕ミュージシャンたちだ。楽曲の終盤では舞台後方のカーテンがゆっくりと開き、熱い演奏は六本木の夜景を背景にフィナーレへ向けてエモーショナルに上昇していった。

 【参考動画】JUJUの2006年のシングル“奇跡を望むなら...”

 

レコチョク・ラボによる今回のトライアルは、音楽を軸に学生たちとのインタラクティヴなコミュニケーションを強く意識したものだ。後日、この日のイヴェントに関する学生たちからのフィードバックも集計され、そこには〈生の音楽〉に触れた驚きや喜びと共に、学生側からも積極的に企画に関わっていけるような仕組みを提案する声も多かったようだ。こうした〈生の声〉が次回以降のアカデミー開催に活かされていけば、音楽の普遍的な素晴らしさは、そのサイクルのなかでどんどんと新しい世代へ伝わっていくだろう。