〈ヤセイの洋楽ハンティング〉をご覧の皆様、第二回の担当はわたくし、キーボード担当の別所がお届けします。
何事も、始めが肝心なので、どのような音楽を紹介すべきか、少し悩みました。悩んだ結果、やっぱりこの人しかいない、ということで、先日ちょうど来日していたBrad Mehldauを紹介します。
Brad Mehldauが現代最高のピアニストとして評される一番の理由、それは飽くなきコンセプトの探求といえます。彼は2000年代前半に、ジャズというフォーマットで既に十分な名声を手にし、日本においても、ホール・コンサート・クラスのジャズ・ピアニストでした。極端にいえば、彼はそのまま死ぬまでピアノ・トリオとソロ・ピアノだけを演奏し、それらで交互に全世界を周るという選択をできたし、そのままKeith Jarrett御大の崩御を待ち、そのポジションに収まることがジャズ・ファンからは望まれていたはずです。
彼がそうしなかった理由について考えると共に、彼のキャリアを振り返り、それに沿った音源、動画の紹介をしていきたいと思います。
キャリアの初期、ニュースクール(ニューヨークの音楽学校)で学んでいたBradは、Winton KellyやMcCoy Tynerのコピーを熱心に行っていたらしいですが、〈Winton Kellyは二人いらない〉と言われたとかなんとか(ソースはありません。噂です)。そういう経緯から、独自の方向性を見出してBradのスタイルが形成されたと考えられます。
録音物のデビューは91年、Christopher Hollidayというサックス奏者のサイドマンとしてです。1曲、YouTubeにあがっていたので貼っておきます。
演奏は、よくいるいい感じのモダン・ピアニストの域をまだ出ていません(もちろん、素晴らしいのは前提ですが)。
彼の名を世界的に有名にしたのはなんといってもJoshua Redmanのバンドです。探した結果、以下が一番古そう。恐らく90年か91年だと思います。この頃すでに、独自の奏法、聴けば誰が弾いているかわかる粋に達しています。
この日の演奏がすごくキレキレで、好きです。グルーヴの前進感と音楽をぶっ壊してやろうというような若いエネルギーに満ちた演奏。右手でシークエンスを弾きながら左手でメロディーを弾くようなメルドー節も聴けます。
その後、Larry Grenadier(ベース)、Jorge Rossy(ドラムス)と、Art of the Trioと銘打って長く演奏していくことになります。このシリーズは大体ライヴ版なんですが、非常にいいです。個人的に彼の活動の中で一番聴き応えのあるプロジェクト。ドラマーがスペイン人のJorge Rossyなんですが、極めてアーティスティック。楽曲の理解やBradのアプローチへの寄せ方など、素晴らしいインタープレイを聴かせてくれます。文末にこのトリオの7枚組豪華アルバムのリンクを貼っておきますので、ぜひ!
そのなかで、OasisやRadioheadなど、ロックの楽曲を取り上げることも多いのですが、容易に自分のものとして弾きこなすBradの音楽的な幅の広さが窺えます。
時系列的にだいぶ後になりますが、以下も加えてご覧ください。Massive Attackの“Teardrop”を取り上げています。これはソロ。
2002年の『Largo』の発売で、Bradは完全に独自路線を示しました。ソロこそジャズ・アプローチでの演奏ですが、フォーマットはロックからエレクトロニカ的要素まで含んでおり、曇った感じのピアノの音作りや打ち込みのドラムなど、オールド・ファッションなジャズ・ファンは困惑したはずです。以下、代表曲の“When It Rains”。ドラムはMatt Chamberlainです。
2000年代後半からは、ピアノ・トリオのスタイルでの演奏はLarry Grenadier(ベース)、Jeff Ballard(ドラムス)のメンバーに固定し、活動しています。これは2008年。
その後、2014年発売のMehliana名義によるMark Guilianaとのデュオでは、ピアノに限らずアナログ・シンセ、ローズ、エフェクターを使いわけ、さらに新しいスタイルを確立しています。
四半世紀に及ぶ音楽キャリアのなかで、様々な変化を遂げてきたBradですが、一方で系譜に沿った王道も外していない。それは並大抵のことではありません。ジャズ・ピアノ界のトップランナーでありつつ、今回のMehlianaのように、新しい試みをやる根底には、ジャズが歩んできた創造と破壊の歴史を理解し、常に進化する姿勢を彼が持っているからです。
歴史を無視するわけではなく受け止め、それに対する新たな答えを常にアップデートして出している唯一無二の存在なのです。
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