ミュージシャンの沖メイが〈音楽と生き物〉をテーマに執筆するこの連載。彼女を中心とするバンド・ZA FEEDOは、10月に開催したワンマン・ライヴ〈last camp fire〉をもって活動休止しました。そのライヴの様子をとらえた4つの映像も、バンドのYouTubeチャンネルで公開に。

今回はZA FEEDOというバンドの歩みを、その前史までさかのぼり、振り返ってくれました。約10年にわたる歴史のなかで出会った人々、経験したこと、感じたこと。活動休止後の心境も含めて、率直に明かされています。 *Mikiki編集部

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こんにちは。
だいぶ時間が空いてしまいました!
すっかり寒くなってまいりました。

10月末に、私が歌ったり曲を書いたりしていたバンド、ZA FEEDOの活動休止ライヴがありました。
この場を借りて改めてお礼をお伝えさせてください。
ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました!

本当はライヴ前にバンドについて書きたかったのだけれど、なかなか思いがまとまらず、時間がすぎてしまいました。
一ヶ月経ちましたので、書いてみようと思います。

Photo by Kana Tarumi

 

ZA FEEDO活動休止前のワンマン・ライヴ〈last camp fire〉

先日のライヴは月見ル君想フの店長コウキさんのご協力により、フロアでバンドが円になり、その周りをお客さまたちに囲んでもらう形で演奏するという形式で行いました。
初めて月見ルに出演した時がフロアでの演奏だったので、どうしてもそれを再現したくて。

みなさんに囲まれて演奏した時間は、ここ最近の演奏で一番楽しかったのでした。
今までの日々の想いが駆け巡って、わたしはいつでも泣いてしまいそうで。
寂しさと、出会いへの嬉しさと、これからへの恐怖と期待が、溢れて止まらなかったのです。

自分で書いたはずの歌いなれていた歌詞は、今だからもっと理解できる内容になっていて、改めて歌い直すような不思議な感覚で。

そして、当日はご来場いただいた皆さんにスマートフォンでの動画撮影とSNSへの投稿をお願いしました。
そちらを織り交ぜた当日の様子の動画が4本完成したので、ぜひご覧ください!!

セカンドEP『Passengers』(2016年)のリード・トラック。
ライヴ当日、イントロの練習をしてから演奏した曲!
ZA FEEDOに書いた曲は別れや出会いに手向けた応援歌が多く、こちらも現状への違和感や価値観が塗り替わる経験への応援歌として書いた曲です

 

〈メイトリオ〉と〈メイとトリオ〉――ZA FEEDO前史

改めて、ZA FEEDOの活動を振り返ってみます。
良かったらお付き合いください。
まず、活動休止を決めたのは今年、2019年の6月末ごろ。

私にとって、その6月は自分の誕生日やドイツ帰国からのウブちゃんの死、そしてバンドの今後についての決断をしたという意味で、とても大きな変化の波が押し寄せた月でした。

そこから今日までの日々は、今まで生きてきた中で一番、人との縁や温かさを感じて、つながりに感謝した日々でした。


Photo by Kana Tarumi
沖メイ(ヴォーカル、シンセサイザー、エフェクト)

ZA FEEDOには前身バンドがありまして、メイトリオ→メイとトリオ→ZA FEEDOという遍歴があります。

はじまりは大学時代。
当時仲の良かった先輩であるドラマーの松下マサナオ(現Yasei Collective)がLA留学に行く時に、〈帰国したらなんか一緒にやろう〉と言い残して行ったことがきっかけでした。

そして2年後に帰国したマサナオと、同じく帰国してきたギタリスト・山口豊くんと3人で、洋楽をひたすらアレンジして私が歌うという3人組で始めたのが〈メイトリオ〉(2010年頃だと思う)。
当時は誰かの家で深夜に集まって音を出して、小さなバーやジャズ・クラブで演奏していました。

その後、ベースの中西道彦が参入して〈メイとトリオ〉になり、アース・ウィンド&ファイアーの“September”をアレンジしたり、スティングの“Seven Days”、キャロル・キングやシンディー・ローパーのアンセム、そしてユーミン、ビートルズなどの曲をアレンジしたりして、演奏していました。


Photo by Kana Tarumi
中西道彦(ベース)

そうした活動の中で次第にオリジナルをやりたくなり、私は初めてのデモ音源を作ってみんなに渡したのです(2011年か2012年の初め頃だったと思う)。
みんなで家に集まって作った“WGO”や“Ubu's Chirp”などはこの頃の曲で、“Ubu's Chirp”は愛鳥ウブちゃんに関する曲第1作目。
当時はMyspaceに登録して音源をアップしていたのもいい思い出ですね(この頃自主制作で作ったCDはまだ手元に少しあるよ)。

道くんこと中西道彦がZA FEEDOで最初に作った曲。
ソバカスのように蓄積する心と想い、過去からどんどん離れて大人になることについて歌詞を書きました

私たちが初めて野外で演奏したのは、長野県下伊那郡は根羽村にある観光交流施設のネバーランド。
建築家であるマサナオのお父様によって設計された施設でもあり、山に囲まれた大きなステージは最高のロケーションでした。

Photo by Kana Tarumi
松下マサナオ(ドラムス)

 

〈暇な時間〉は〈意味ある時間〉

大学のジャズ研究会で出会ったギタリストの斎藤拓郎(大学の同級生/現Yasei Collective)とマサナオとは、学生の時からそれぞれ一緒に演奏したり遊んでいて、マサナオがアメリカにいる間も私と拓郎は同じバンドで一緒に演奏していました(大学の先輩であるGentle Forest Jazz Bandのベーシスト・藤野俊雄が主催していたバンドで)。

マサナオをアメリカに送り出すとき、拓郎と私は彼を泣かせようと思って「紅の豚」の“時には昔の話を”を2人で演奏しました。
その後、アメリカにいる本人から<俺がアレンジした変拍子の曲の譜面送るわ!〉と連絡があったので、2人でFAXか郵送を待っていたけど、いつまでたっても来なかったなぁ。

私も拓郎もその頃から曲を書いてはいたけど、実際にその曲をライヴで披露してはおらず、それぞれYasei CollectiveとZA FEEDOでそれを実現したのでした。

Photo by Kana Tarumi
沖メイと斎藤拓郎(ギター)

マサナオはアメリカで一緒に過ごしていたベーシストの道くんこと中西道彦(現Yasei Collective)を紹介してくれました。
初めて会った道くんは、とても大きかった!

大きな道くんは、みんなをよくドライブに連れて行ってくれました。
私たちは近所に住んでいたので、深夜になると道くんの運転する車でみんなが突然迎えにきてくれて、神奈川の山奥で野生のシカを見に行ったり、真っ暗な山道で車を停めてみたり、車の窓を全開にして笛ラムネを吹いたり……。
今思えばすごく贅沢な、ただそれだけの時間を過ごしました。

深夜の無目的ドライブの後は、いつも空が白んできた頃に帰宅して、正社員で働いていた私は、そのまま仕事に行ったこともありました。

そんなある日、〈みんなで遠出をしたいね!〉ということになり、初めて計画した遠征は演奏ツアーではなく、長野への山菜狩りの旅。
タラの芽があまりにも美味しかったから、以降は毎年恒例で採りに行っていました(〈タラの芽〉にかけた“Tell no may”っていう曲を道くんが書いたことも)。

マサナオはその辺を飛んでいる蝶々や、道端の植物の名前を全部言えて、古墳と丘の見極めや、石器探しもうまかった。
道くんと2人で「ジャッカス」を観ながらワイルドターキーのボトルを一晩で空にしたり、〈買ったばかりの新しいカオシレーターを自慢するから遊びに来い〉って拓郎が言うので遊びに行ったら、ウィスキーを肴にして本当にすごい自慢をされたりしたことも面白かった。

みんなでグルメシティというスーパーに買い物に行って、飲み会や鍋会などは何回やったかわかりません。

私のソロでブレッド&バター”ピンク・シャドウ”をカヴァーしたときのアレンジを、そのまま歌詞を変えてZA FEEDOのオリジナル曲にした思い入れのある曲です。
インコと猫を思って書いた歌詞で、〈ずっとそこにいたのに、今君が本当に大切なんだって確信したよ!〉という曲です

当時の道くんはバンドをいくつかやっていて、マサナオはいろんなジャズ箱で演奏していたのを辞めてバンドに集中しはじめ、拓郎はYasei Collectiveのために曲をたくさん書いていました。

私はメイとトリオをやりながらも、そんな彼らを見ていて本格的にそういう世界へ――音楽をやるということに本格的に没入したくなってしまい、大学卒業後に勤めた会社を辞める決意をしました。
当時の私は23歳か24歳くらい。
みんなで楽しく過ごす時間は、私の気持ちを音楽を作ることへと駆り立てるには十分過ぎたのです。
会社をやめると決断したときは、〈これが人生の岐路なんだ〉という気持ちと、どうなっていくかわからない恐怖と希望が満ち溢れていましたが、〈やるぞ!〉と決めてから今日まで生きてこれているのですから、この道を選んで良かった。日々感謝です。

とある1日に飲んだ酒の空き瓶

〈俺ら、暇だなぁ〉なんて笑いながら、深夜ドライブや山菜狩りに行っていた時期も過ぎ、それぞれの活動が本格化するにつれてそういう時間は次第に少なくなり(それでも年1で山菜は行くのはやめなかった!)、憧れや探究心、金策に苦労しながらも、そんな状況が明日の自分を作ってくれましたし、それができたあの頃の〈暇な時間〉は、意味ある時間でした。

Photo by Kana Tarumi
2016年、シンガポールにて

 

ZA FEEDO誕生

私が会社を辞めた後にメイとトリオから山口豊が抜けて田中“TAK”拓也が加入し、そのタイミングでバンド名を〈ZA FEEDO〉に改めました(2012年の秋頃)※。

※〈メイとみんな〉という看板ではなく、<私たちバンドです>というものを掲げたくて、バンド名から〈メイ〉を外して考えました。
その時に、私が鳥好きなのもあって、〈Parakeet(インコ)〉とか〈Parrot(オウム)〉の案が出たんですけど、最終的に〈餌を与えてやろうぜ〉みたいな意味にしようということになり、〈the feed(餌)〉という案が出ました。
でもそれだと他と被りそうなので、〈ZA FEEDO〉という当て字にしたのでした

TAKさんと会ったのも、彼がアメリカから帰国してすぐのタイミングでした。
ZA FEEDOにとても力を注いでくれて、“ライクライカ”“嫁泥棒”などは彼の作曲ですし、今でもお父ちゃんのような存在です。

拓郎もその頃からサポートに参加してくれていて、先日のワンマン・ライヴまでZA FEEDOの〈メンバー〉ではなかったけれど、メンバーのようにコミットしてくれた彼はバンドにとってなくてはならない存在であり、私は心底頼りにしていました。
彼とは大学時代から喧嘩してみたり、くだらないことで笑ったりしながら、気づけば10年も何かを一緒にやってきた大切な存在です。

ドイツにて

2012年はYasei Collectiveの〈フジロック〉出演が決まるなど、何かが始まっていく雰囲気に溢れた楽しい一年でした。

2012年、高円寺JIROKICHIにて。ZA FEEDO旗揚げライヴの様子。
在日ファンクの仰木亮彦君(彼も大学の先輩)と別所和洋のデュオが、私たちの船出を祝ってくました

今年の6月、私はYasei Collectiveが出演するドイツのフェスを最終目的地にしてドイツに行きました。
そこでマサナオ、拓郎、道くんと過ごしたドイツの夜は、私にとって2016年のシンガポール・ツアー以来、久しぶりにみんなと過ごす異国の地でした。

演奏を終えた3人と一緒に深夜のフェス会場で一つのテーブルを囲み、たくさん呑んで、あの日の深夜ドライブのように、他愛もない瞬間をリラックスして過ごすことができました。

Yasei Collective始動から今まで、私は彼らのチラシやTシャツやウェブサイトを作らせてもらっています。
昨年はミュージック・ビデオも作らせてもらいました。〈ヤセイ splash〉で検索してみてくださいね

 

常識を超えて付き合った大切な仲間たち

私という人間がどれだけマイペースで、不器用で、雨女か、メンバーのみんなは嫌ってほど知っていてくれていると思う。私が女であるとか、〈今日は生理だよ!〉と報告することも普通だとか。
ツアー中に大雪に見舞われてツアーを中断したり、『Passengers』のレコーディングの日も大雪が降ったり、自主企画は大抵雨か台風だったり……。

リハーサルで少し喧嘩しても、最終的には笑っていたいということを忘れないみんな。
演奏もアイデアも音楽に向かうスタンスも実直なみんなが、私と一緒に演奏したいと思ってくれたこと。
人前に立てば足を震わせて恥ずかしさでベソをかいていた私が、自ら曲を書き、歌えたこと。
彼らの演奏の中でどれだけ安心して過ごせたことか。

ZA FEEDOのメンバーと出会えたことは、最高な出来事でした。
多くの日々を共に過ごしてきたからだけではなく、彼らのおかげでたくさんの人に会い、たくさんのところへ行き、たくさんの想いを持ち、生き物について深く考えるきっかけをもらったからです。
20代の輝かしい日々から、30代の輝かしい今日まで。

Photo by Kana Tarumi

素晴らしいことって、当たり前じゃないのだと感じます。
もちろん、嫌なことも当たり前ではありません。

どちらも永遠に存在するのだけれど、今日まで私が感じてきた感覚として、素晴らしいことは一瞬の爆発力が大きく、中毒のように継続したくなってしまう反面、嫌なことはその大小にかかわらず、「ヘンゼルとグレーテル」のパンくずみたいに、どんな時でも行く道にたくさん落ちている。
どちらもどのように出会うかは未知数だけれど、もしかしたら私はそのために音楽をやるのかな、と思うのです。
素晴らしいことを、出来るだけ長引かせられるように。

Photo by Kana Tarumi
2016年、シンガポールのフェス〈GETAI SOUL〉にて
この時はTAKさんが来られなくて、別所に来てもらいました。
バンドとしてみんなで海外遠征に行くのは初めてでした!

 

私が私を確認するため、〈ここにいるよ!〉と表現するために

先日のワンマン・ライヴに至るまでの日々はとても濃厚でした。
当然のようにバンドのために曲を書かなければと思っていた日々や、リハーサルを組むことがなくなるのは寂しかったです。
でも、何かを変えたいと挑戦した時、過去にこだわらず現在・現状からの刺激や経験から何かを得るのか、蓄積したものが自分を作ったと捉えて新しい考えを生み出すのか、と迷いがちな自分でも、それは時間の過ごし方でどうにでも良くなっていくのだと感じました。
例え、物事に順序があるのだとしても。

2018年、京都ツアーにて

多くの生き物には縄張りがあったり、種別ごとに特徴的な鳴き声があったり、匂いがあったりします。
それは自分の居場所や存在を周囲に知らしめて生きていく術のようなものですが、私にとって音楽を作ることやバンド活動はまさにそれであり、この約10年間は私が私を確認するため、〈ここにいるよ!〉ということを表現するための、とても日常的で、自然で、特別な手段でした。

私の場合は音楽でしたが、どんな仕事をしていても、どんな日々を過ごしていても、自分を知りながら生活していくということは、この世界の多くの生物が継続していることなんだと感じます。

Photo by Kana Tarumi
小金丸慧(ギター)

バンド活動って、みんなで一つの車に乗って走りながらも、その途中で道端の花を見つけるようなものだと私は思います。
走っている日々の中で、小さな発見や出来事を意図せずに感じたときは、とても大きな体験になる。
ZA FEEDOというバンドは今、すごくいい景色が広がる場所を見つけたから、そこに少しのあいだ車を停めて、それぞれがその景色の中に何があるのかを探検しに行っているような感じです。

Photo by Kana Tarumi

曲を作るたび、私の小さな世界が懐から飛び出し、CDを制作するたび、演奏をするたびに、それがいろんなひとの音楽になっていくような、曲が生き物として生きていくような、大切な経験ができました。

活動を見守ってくださった方、最近ZA FEEDOを見つけてくださった方、ライヴに足を運んでくださった方、一緒に演奏してくれた仲間、関わってくださった皆さん、そしてメンバーへ。
たくさんの方々に心から感謝します。
本当にありがとうございました。

Photo by Kana Tarumi

たくさんの出会い中で、ZA FEEDOの演奏を支えてくれた小西遼くん、西田修大くん、小金丸慧くんには感謝してもしきれません。

終わりではなくお休みなので、このバンドでまた新しく、そんな経験をする日を楽しみにしていたいです。

今後も私は私のやり方で、メンバーみんなはYasei Collectiveを含めてそれぞれのやり方で、色々な活動を続けていくので、ZA FEEDOを気にしてくださっていた皆さんに少しでも気にかけてもらえると嬉しいな。

TAKさんの曲に私が歌詞をつけた曲。
この曲の歌詞については、第2回で書きました

Photo by Kana Tarumi

 


PROFILE: 沖メイ
東京生まれ。
日本のバンド・ZA FEEDOのヴォーカル、作詞、作曲、アートワークを担当。
小学校がつまらなかったので、幼少期は東京シューレで過ごした後、自由の森学園に通い、大学時代はテナー・サックスを吹きながらジャズやモータウンなどをたくさん聴いて過ごす。
ソロ活動では、エレクトロニカ、民族音楽、クラシック、ジャズ、ロック、猫、インコなどから影響を受けて制作をしている。
2017年、初めての単身ツアーとしてヨーロッパへ。ベルギー、フランスを廻る。
動物の絵を描くのが好き。山野楽器 ロックイン新宿にてドラムヘッドに動物ペイントする企画を開催&受注中。

 


LIVE INFORMATION
Mei Oki Live in Taipei “Sobakasu Night”
2020年1月9日(木)台湾・台北 Revolver
開場/開演:20:30/21:00
出演:問題總部 It's Your Fault/沖メイ
当日:350元(ドリンク代別)
https://www.revolver.tw/

Yasei Collective 10th Anniv. Kick-Off Party feat. Special Guests!!!
2020年1月19日(日)東京・六本木 Billboard Live TOKYO
★詳細はこちら

DIRTY FOUR EYES Live Tour 2020「Hello Dirty!」
2020年2月21日(金)大阪・西天満 GANZ toi,toi,toi
2020年2月22日(土)愛知・名古屋 今池 得三
2020年2月23日(日)静岡・浜松 Esquerita68
2020年2月29日(土)東京・渋谷 7th FLOOR
https://dirtyfoureyes.jimdofree.com/live/