オセロが全部ひっくり返った
アルバムは「5人で録り直したかった」という“Emerald Music”で幕を開けるが、全体を聴いて感じるのは突き抜けた清々しさだ。とにかく一曲一曲が歯切れ良く、メロディーやビートが真っ直ぐ胸に飛び込んでくる。ノリが良い曲、スーダラな曲、イイ気持ちで〈SAKE(酒)〉が進む。ちょっと一人になって外で煙草を吸ってるようなメロウな曲も挿みつつ、そこに湿っぽさはない。引っ越し作業が済んでスッキリした部屋に、春の温かい陽射しが差し込んで、思い出や希望がほこりのように舞っているようなアルバムだ。なかでもハイライトと言えるのが、本作のために星野が最初に作った“SAYONARA”。前のめりの曲だけど、コーラスが入ってきた途端に無性に泣けてくる。背中でサヨナラを言っているようなこの曲は、星野がアルバムを作るにあたって最初に書いた曲であり、ここにはSAKEROCKの歴史が詰まっているのだ。
「この曲はギターとピアノから始まってバンド・サウンドになっていくんですけど、SAKEROCKは俺がバンドをやりたくて卓史君に声をかけたところから始まったんです。で、二人でメンバー探しをした。だからこの曲は僕と卓史君の音から始まって、最後は全員同時の音で終わらせたかった。この曲が出来たことで、アルバム全体のイメージがなんとなく掴めました。そして、“SAYONARA”っていうタイトルを思い付いて〈あ、もう大丈夫だ〉って。マーティン・デニーの曲から名前を取ったバンドが、マーティン・デニーの曲のタイトルで終わる。〈完成した!〉って思いました」。
曲は出来たものの感傷的になるのが嫌で、メンバーには〈S〉という仮タイトルを伝えてレコーディングした、なんてエピソードがまた星野らしい。ともあれ、バンドの歴史を集約させてキレイなオチまでつけた本作は、〈SAKEROCKであること〉を最後まで貫いた傑作だ。特に脱退したメンバーをラスト・アルバムにゲストとして呼ぶという趣向には驚かされたが、完成したアルバムを彼はこんなふうに振り返る。
「今回、バンドを辞めてたメンバーもバンドの物語を作り続けているんだなって思いました。2人が戻ってくるってドラマティックじゃないですか。それは2人の優しさがあってこそで、そうやって腹を据えて解散に向き合えるとドラマティックなコンセプトが実現できるんだなあって。オリジナル・メンバーのみでの録音作品がなかったことで、ずっとファースト・アルバムを作ってない気がしていたんです。ファーストってバンドの原点じゃないですか。それがないなと思っていたんですけど、今回ようやく〈ファースト・アルバム〉を作れた気がするんです」。
では、バンドを結成した時に星野がめざしていた音とはどんなものだったのか?
「シンプルな編成で変なことをして、かつポップで日本的な情緒があって……みたいなものをめざしていたんです。でも、当時は技術がなくて〈無理無理〉って方向を変えた(笑)。それが今回のアルバムは、その時に思い描いていた音に近いんですよ。だから遠回りしてやっと辿り着いた。最後の最後にオセロが全部ひっくり返ったみたいな感じですね」。
そして、「ほんと、自信作なんです」と星野は満面の笑みを浮かべた。落ち着いた口調で、時にはにこやかに笑い、時にはバナナを頬張りながら、解散のこと、新作のことを語ってくれた彼。そんななかで、「SAKEROCKは語られにくいバンドだったから」という言葉が印象に残った。フォロワーもムーヴメントも生み出さず、自分たちのパーティーを続けて、きれいに後始末をしてシーンから去っていくSAKEROCK。きっと彼らが語られ、語り継がれるのはこれからだ。サヨナラの向こうに新しい物語が待っている。