明日の天気は、あなたが素敵だった理由は、小舟で揺れる兄弟の行く末は、きっと誰も知らない。それぞれの街で思索する2人が新作『観天望気』を完成。風景と一体化した音に耳を傾けると……
昨年に結成25年目を迎えた兄弟バンド、キセル。数年前より、兄の辻村豪文は長野の松本、弟の辻村友晴は東京で暮らしながら活動を続けてきた。そんな彼らが、8年ぶりのオリジナル・アルバム『観天望気』を完成。振り返ると、2020年にコロナ禍のなかで豪文がソロ・ライヴ配信をスタート。それが10インチ“寝言の時間”(2022年)として実を結ぶが、そうした活動を通じバンドは少しずつ変化してきた。その変化のひとつが、ヴォーカル/ギターの豪文が新作の全曲でドラムを叩いていることだ。
「これまでも自分のソロ作品では叩いたりしてたんですけど、がっつりやりはじめたのはコロナに入ってからです。もともと自分たちはリズムには興味があって打ち込みから曲を作ったりもしていました。松本に引っ越してからは家でドラムを叩いて、デモを作っていたんです。今回、僕がドラムを叩いたのは新しいことを始めるというより、自分たちがやりたかったことに近づいた、という感じですね」(辻村豪文)。
一方、友晴がパンデミック中に作りはじめたのが自家製の竹楽器。その素朴な音色は民族楽器のようだ。
「民族音楽は昔から好きで、楽器にも興味があったのですが、その楽器の持つバックグラウンドのことを考えたりするとなかなか手が出なかったので、じゃあそういう音が出る楽器を作ってみようと思い、今の竹楽器になりました」(辻村友晴)。
ドラムも竹楽器も自分たち流だが、だからこそ彼らにしか出せない味わいがある。共同プロデューサーには野村卓史を迎えていて、いまは野村と3人で制作するのが楽しいと豪文は言う。さらに角銅真実、加藤雄一郎が参加。マリンバやサックス、クラリネットの音色が演奏に色を添えるなか、印象的なのが日本的な旋律だ。
「都節とかを思わせる、和風の旋律は増えたと思います。松本に越してから民謡に伴奏をつけるInstant Obonというソロの企画をやっているんですけど、もともとそういう歌は好きで聴いていて。キセルを始めたときから、なぜかわからないけど懐かしさを感じさせるものを隙あらば曲に入れ込もうとしてましたね」(豪文)。
「〈アルバムに竹楽器の曲を入れよう〉と兄さんが言ってくれたんですけど、竹楽器や竹笛の音があることで、いつもより和っぽい要素が出ているのかもしれないですね」(友晴)。
都節というのは江戸時代頃に生まれた日本独特の音階で、琴や三味線の曲でよく使われたもの。その場で豪文が「ちょっとエチオピアの音楽みたいなんです」と言いながらギターで都節の旋律を弾いてくれたが、確かに似ている。思えばキセルの音楽も、フォーク、ブラジル音楽、童謡など、いろんな音楽と通じている。それは、彼らが〈懐かしさを感じさせるもの〉に惹かれてきた結果であり、キセル独自の歌を生み出した。また、本作では虫の声や鳥の鳴き声などを野外録音した自然音がアルバムのアクセントになっているが、それは豪文の家の近くで録ったものだ。
「今回のアルバムは環境音から始めたいと思っていたんです。1曲目“偶々”の出だしで、みんなで楽器をポロポロ鳴らしている雰囲気が秋っぽいな、と思って秋に普段手伝っている畑で録音したものを曲にあててみたら、虫の声やカエルの声も聴こえて季節ならではの入り混じった音が演奏にぴったりだった。“卯月の夜半”の野外録音をしたのは卓史くん。雨の日の朝、僕が住んでいる家の裏山で録音した音を、楽器みたいに使ってくれました」(豪文)。
自然音を使ったのは『観天望気』というタイトルからの発想もあるようだ。観天望気とは〈猫が顔を洗うと雨が降る〉など自然現象や生物の行動を通じて天気を予測すること。豪文が松本で畑仕事を手伝うようになってから、天気のことや環境のことを意識するようになったという。野外録音、竹楽器の音色、懐かしいメロディーなどが混ざり合った本作は風景みたいな音楽だ。美しい夕焼けを見上げたり、どこからか漂ってくる花の匂いを嗅いだときのように、音楽が静かに心に触れる。
「僕が住む町では、年に一回、お祭りがあって町内からお囃子が聴こえてくるんです。それを聴いているとすごくしっくりくる。音楽のあり方が自然で風景と一体化してるんですよ。それがすごくいいなと思って」と友晴は言うが、『観天望気』もそういう音楽のあり方に近い。25年のキャリアを経て、彼らは新境地を切り拓いた。
「25年間、よくやってこれたなと思っていて。最近のライヴもこのアルバムも新鮮に感じているので、ここからまた、いろいろ新しいものが出来るような気がしています」(豪文)。
「これまでやってきたことは身についていると思うので、芸を深めながら続けていきたいですね」(友晴)。
キセルの作品とメンバーの関連作。
左から、ベスト盤『KICELL'S BEST 2008-2019』、2022年の10インチ“寝言の時間”(共にKAKUBARHYTHM)。辻村豪文が参加したYommの2024年のEP『スクランブル - 東京』(RALLYE)、mmmの2022年のミニ・アルバム『ぐりんぐりん』(宇治香園)
『観天望気』に参加したアーティストの関連作。
左から、グッドラックヘイワの2017年作『Lm』(ギャラクティック)、角銅真実の2024年作『Contact』(ユニバーサル)、加藤雄一郎が参加した曽我部恵一の2023年作『ハザードオブラブ』(ROSE)