自身の綴る詞曲を愛されてきた彼女が、才人たちからの頂き物を束ねて歌うことに集中した新作。そんな歌い手冥利なお取り寄せの中身は……

 

歌い手として歌う歌

 安藤裕子のニュー・アルバム『頂き物』は、その名の通り他者から〈頂いた曲〉によって構成された作品である。これまで発表してきた作品のなかにも〈頂き物〉は混在していたが、シンガー・ソングライターである彼女のオリジナル・アルバムに、それを中心に編まれたものは前例がない。はて、その思い切ったコンセプトの背景は?

安藤裕子 頂き物 cutting edge(2016)

「いろいろな出来事が重なって、ある時期から〈生きる〉〈死ぬ〉みたいなところに目線が行くようになったんですね。そういったものと対峙して曲を書いて、心の底から歌うっていうことは気持ちいいことだし、達成感もあるんですけど、背負い込みすぎて身体を壊してしまって。去年出した『あなたが寝てる間に』は、デビューしたての頃のように楽しんでやろうってことを念頭に作ったアルバムなんですけど、そこで肩の荷が下りたというか、楽しいアルバムを作ったあとでこれ以上生きるとか死ぬとか書けない、かといって宙ぶらりんな恋の歌を歌ってもウソっぽく感じちゃうし……と思ってたときに、だったら他人から曲をもらって歌ったらいいんじゃない?ってディレクターが言ってくれたんです。歌うのかあ……って思いましたけど、私は、自分で自分の歌声を誉めてあげたことがなかったし、歌い手として歌っている自分の歌というものを聴いてみたいなって思ったので、うん、やってみようと」。

 アルバムの予告編となる昨年夏のシングル“360°サラウンド”を書き下ろしたスキマスイッチ、一昨年末の共演イヴェントの際に“Last Eye”を共作したTK凛として時雨)をはじめ、今作で楽曲を〈差し上げている〉アーティストは、それこそ〈全方位〉から。

「じゃあ次は誰に?っていうとき、デビューのきっかけになったオーディションで歌ったのがCharaさんの“Break These Chain”だったので、Charaさんにお願いしてみたいなって。その次に堀込泰行さん。キリンジの“エイリアンズ”っていう曲が好きで、ああいう感じの曲、いわゆる〈イイ曲〉と呼ばれる歌を歌いたくて。堀込さんに書いていただいた“夢告げで人”は、非常に素直に、気負いなく歌えました。魂を込めて歌う歌とはすごく距離のある、本当にミニマムな、個人の暮らしを象るような、すごく綺麗で良い曲」。

 その2人が書いたバラードに続いて、大塚愛が曲を寄せた“Touch me when the world ends.”は、一連のヒット曲から浮かび上がる彼女のイメージにはあまり当てはまらなさそうなアンニュイなニュアンスで。

「曲が集まりだした矢先に〈安藤裕子っていう人に歌ってほしい曲ができた〉っていうのがLINEで来て。彼女はすごく職業作家のようなところがあって、自分をプロデュースしながらやり続けてきたと思うんですね。だから、すごくイイ曲だけど〈大塚愛の世界〉でやるには合わないものっていうのがあったと思うんです。彼女も私も母親で、不穏な世界のなかで自分の子どもだけは守りたいみたいなところって必ずあるから、私の詞もそういうところに寄せていきました」。

 

前の自分には歌えなかったような

 また、銀杏BOYZ峯田和伸が書き下ろした“骨”。この朗らかで睦まじいラヴソングと、はっちゃけたラップ・ソング“霜降り紅白歌合戦”を共作したDJみそしるとMCごはんは、もっとも興味をそそる顔合わせだろう。

「“骨”は、今回いちばんいい化学変化を起こした曲だなあって思っていて。すごくポップというか、峯田くんと並んでこういう朗らかな曲を歌えて、すごく楽しかった。私、ずっと前から峯田くんで〈金田一耕助〉を撮りたいなって思ってたので、今回“骨”のミュージックビデオでその念願も叶えられて嬉しかった。おみそちゃんは、ちょっと明るい曲やりたいなあと思ってお願いしたんです。ちょっととぼけた感じがすごく好きで、私が高校生ぐらいのときの渋谷感っていうか、彼女と“今夜はブギーバック”みたいなことをやったら楽しいんじゃないかって」。

 さらに……。

sebuhirokoさんは、結構前に車中のラジオでふと耳にしていて、すごい天才がいるなって〈セブなんとか〉という名前で記憶してたんです(笑)。それで、去年の夏にイヴェントでお会いして〈世武裕子です〉ってご挨拶されたときに、〈セブ?……あっ、あなたのことを私は知ってる、あなたが私の知っているセブさんだったら、私はあなたのことが大好きです〉みたいな話をして、いただいたアルバムを帰って聴いてみたら、私が記憶してたセブさんだったんです。小谷(美紗子)さんとは、〈ザンジバルナイト〉っていうイヴェントの楽屋でお会いして、レキシの参加メンバーなので名前は知ってるんですけど、お互いの曲をよく知らないまま、おしゃべりで仲良くなったんですね(笑)。で、そこで初めて歌声を聴いて、すごく涙腺にくるというか、すごい人がいるなって。最初は小谷さんの曲を歌える自信がなかったんですけど、せっかく仲良くなったのでお願いしてみようってことになって」。

 友人、憧れ、運命、挑戦――さまざまなきっかけが働き、オムニバス作品ではまずあり得ない顔ぶれが安藤裕子という懐の深いアーティストを介して一枚に収まった『頂き物』。歌い手・安藤裕子のチャームを作家それぞれの個性を際立たせながら押し広げたこのアルバムの最後は、彼女自身のペンによる新曲“アメリカンリバー”で締めくくられる。

「この曲は最後の最後、1月17日に録ったんですけど、みなさんから頂いた曲を歌ったことが良かったのかなあって。相変わらず明るい曲ではないけれど、大きな声で雄々しいサウンドのなかで叫ぶような感じの曲をすごく増していった、以前の安藤裕子には歌えなかったような曲だと思う」。

 私は生きている、私は大丈夫――そう歌われる“アメリカンリバー”。安藤裕子の新たな一面を聴かせるこのアルバムは、その未来をも変えてくれそうだ。