「GLOCAL BEATS」(共著)、「大韓ロック探訪記」(編集)、「ニッポン大音頭時代」(著)などの音楽書に携わり、文化放送のラジオ番組「MAU LISTEN TO THE EARTH」(現在は放送終了)でパーソナリティーとしてアジア情報を発信するなど、世界の音楽とカルチャーをディープに掘り下げてきたライター/編集者/DJの大石始が、パワフルでオリジナルな活況を呈するアジア各地のローカル・シーンの現在進行形に迫るほぼ月イチ連載〈REAL Asian Music Report〉。早くも第5回となる今回は初心に返って(?)、大石氏が太鼓判を押すアジアのアーバン・ポップスをご紹介。日本の音楽ファンの間でも親しまれているイックバルを筆頭とした、各国の実力派アーティストによる楽曲たちはどれも完成度の高い絶品揃いなので、親切な解説を読みつつぜひチェックしてみて! *Mikiki編集部
東南アジア諸国および東アジアはいま、優れたアーバン・ポップスの一大産地になりつつある――そう書くと驚かれる方もいるかもしれません。東南アジア諸国は急激な経済成長を続けていますが、そうしたなかで洗練された都市型のポップ・カルチャーも少しずつ広がりを持ちはじめており、従来の〈アジアン・ポップス〉のイメージを塗り替えるような音楽が日々生み出されているのです。それらの音楽は必ずしも民族的なアイデンティティーを(伝統楽器の使用などで)わかりやすく表現しているわけでもなければ、それぞれの土地の地域性をはっきりと打ち出しているわけでもありません。つまり、一言でいえば〈アジアっぽくない〉のですが、その背景にはそれぞれの文脈と歴史があり、必ずしも〈アジアが同じようなポップスで平均化されてしまった〉ということでもないのです。
小難しい話はそれぐらいにして、ここからは東南アジアおよび東アジアの〈アーバン・ポップス〉をいくつかご紹介していきましょう。
★イックバル(インドネシア)
まずは、すでに来日も果たしており、日本でも高い人気を誇るインドネシアのイックバルを挙げないわけにはいきません。彼らはジャワ島西部の都市、バンドンで結成された4人組。山下達郎やキリンジ、シュガー・ベイブ、吉田美奈子、松任谷由実らの楽曲をカヴァーしていたことからもわかるように、音楽的には日本のポップスから強い影響を受けています。また、Maltine Recordsからの作品リリースやEspeciaに楽曲を提供していたこともあったりと、日本と非常に縁の深いバンドでもあります。
この“Seaside”は2015年にリリースされたEP『Brighter』の収録曲で、ミュージック・ビデオの撮影地は東京。まとっているムードは確かに80年代の日本産シティー・ポップスのそれかもしれないけれど、楽曲のクォリティーは超一級!
インドネシアやマレーシアなどの東南アジア諸国は、80年代より日本のトレンディー・ドラマやアニメが人気だった地。そのため、80~90年代生まれの世代は日本のポップ・カルチャーで育ったという人も少なくありません(余談ではありますが、マレーシアのクアラルンプールやペナン島では3、4万人規模の盆踊り大会が行われており、浴衣姿で踊っているマレーシア人の多くがその世代の若者たちです)。イックバルのように日本のポップスから影響を受けたバンド/アーティストは東南アジアでは決して珍しい存在ではないのです。
ただし、忘れてはいけないのは、インドネシアにしてもマレーシアにしても、日本のポップ・カルチャーが流入する以前から分厚い大衆音楽の伝統があったということ。イックバルも楽曲こそ日本のシティー・ポップス的ではありますが、根っこにはインドネシア大衆音楽の長い歴史が息づいているようにも思えます。