フランス期待の俊才ヴィオラ奏者による充実のイギリス作品集
ヴィオラ界に新星がまた一人! 1989年フランス生まれのアドリアン・ラ・マルカだ。弱冠16歳でフランス国立コンクールを制した彼は、その3年後に小澤征爾の音楽塾(スイス)に参加。また、ロバート・マン、今井信子、タベア・ツィンマーマンら、錚々たる巨匠に学び、すでに国際的な名声を確立している。そして彼は、今年2月末には2度目の来日。ヴァイオリン的な伸びやかさとチェロ的な豊かさを備えた新境地を聴かせてくれた。そんなラ・マルカのソロ・デビュー&来日記念盤が、2015年4月にセッション録音した『イングランドの愉悦』だ。
「大好きなイギリス音楽に絞った選曲で、ダウランドからブリテン、レベッカ・クラークに至る約400年間音楽史を絵画展のように流れよくお届けします。また、僕の最高の室内楽パートナーであるトーマス・ポッペ(p)を共演者に迎え、録音会場が音響抜群のリエージュ・フィルハーモニー・ホールだったこともあり、ライヴのような情熱をもって本番に臨めました」
中でも白眉は、冒頭を飾るブリッジのソナタ。ヘミングウェイの文体を彷彿とさせる彼のしなやかな筋肉質の演奏を聴いて、筆者は本作の全体図が初めてわかったような気がする。
「深みと軽やかさが調和したこの1919年作曲の作品は、少年時代に初めて存在を知った時から演奏したくてウズウズしたのをよく覚えています。彼女は優れたヴィオラ奏者だったこともあり、この楽器の音色と技巧の可能性を最大限に引き出していると思います」
この秀演に続くのが、ダウランドの歌曲2曲の編曲と、ブリテン《ラクリメ》だ。
「僕はライヴでもこの曲順で演奏することが多いんです。なぜなら《ラクリメ》には、《ダウランドの歌曲の投影》の副題が付いているから。ダウランドの後に、ブリテンから見た彼の世界観を奏でることで、深みや感動が何倍にも増幅します。そしてこの後には、ブリテンの師フランク・ブリッジの2曲を。冒頭からここまでの5曲は、僕にとって自明かつ不可欠な流れでした」
他にも、パーセル、ヴォーン・ウィリアムズ、ハーヴェイの傑作を会心の演奏で楽しめる当盤。指揮者だった父の影響で、少年時代から多くの名盤を聴いて育ったラ・マルカは、指揮者のジュリーニや、ピアニストのルービンシュタインを深く敬愛しているという。今回のインタヴューで真近に接した彼の聡明で健やかな音楽性と人柄は、今後のさらなる高みへの飛翔を力強い手ごたえで確信させてくれた。