ブラック・ミュージック全体が大きな盛り上がりを見せるなか、旬のミュージシャン/バンドの来日公演が続々とアナウンスされており、これから夏にかけて注目のステージが目白押しだ。そんななか、ブランドン・コールマンとキングを中心に注目公演を紹介した特集が好評だったことを受けて、Mikikiではその続編を企画。6月に初来日を果たす、最新作も話題のテラス・マーティンとBJザ・シカゴ・キッド、そして7月に〈フジロック〉への出演とBillboard Liveでの単独公演を予定しているロバート・グラスパー・エクスペリメントの3組を紹介しよう。前回に引き続き、コンピレーション・シリーズ〈Free Soul〉やディスクガイド本「Suburbia Suite」などを通じてアーバン・ミュージックを長年紹介してきた編集者/選曲家/DJ/プロデューサーの橋本徹(SUBURBIA)氏と、〈Jazz The New Chapter〉シリーズで監修を務める音楽評論家の柳樂光隆氏を迎えて、この3組によるステージの観どころや、最近のお気に入りについて語ってもらった。
テラス・マーティン
日時/会場
6月1日(水) Billboard Live OSAKA(詳細はこちら)
6月2日(木) Billboard Live TOKYO(詳細はこちら)
2015年の『To Pimp A Butterfly』をはじめとするケンドリック・ラマーの諸作で重要な役割を果たし、ドクター・ドレーやスヌープ・ドッグといった重鎮にも重用される当代随一のプロデューサー。過去にはLAのジャズ・コミュニティーでカマシ・ワシントンらと腕を磨いただけあり、一流のサックス奏者/マルチ・プレイヤーとしても活躍している。ソロ活動にも精力的で、2016年の最新作『Velvet Portraits』にはグラスパーやカマシ、サンダーキャット、レイラ・ハサウェイやキーヨン・ハロルド、ロナルド・ブルーナーJrなど豪華メンバーが集結。さらに最近では自身がプロデュースしたハービー・ハンコックの新作リリースも控えているというなか、同作を引っ提げて初めて来日公演を行う。
★ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』のコラム記事はこちら
柳樂光隆「『To Pimp A Butterfly』では、ジャズ・ミュージシャンが多数参加していたのが大きなトピックだったわけですが、その仕掛け人がテラス・マーティンだったと。ちなみに、テラスとグラスパーは高校時代にジャズ・キャンプで知り合って以来の仲らしいです」
橋本徹「僕とテラス・マーティンの出会いを振り返ると、『3ChordFold』というアルバムが2013年8月にリリースされているんだけど、ちょうどその時期に、『Suburbia Suite』※のスピンオフで、僕のコンピ『Free Soul~2010s Urban-Mellow』のタワーレコードでのCD購入特典として『Suburbia Suite presents Free Soul Perspective 2013』というディスクガイドを製作していたんだよね」
※橋本が編集を手掛け、渋谷系など90年代以降の音楽シーンに多大な影響を及ぼしたディスクガイド
柳樂「ああ、話題になりましたよね!」
橋本「で、原稿を頼んだ国分純平くんとどの作品を書いてもらうか打ち合わせをしているときに、〈テラス・マーティンいいよね〉って意見が一致したのをよく覚えてる。『3ChordFold』は西海岸らしいレイドバックした感じが際立っていて、アーバンなんだけど、そこがNYとはまた違って好きだった。それから2014年の初頭に作った『Free Soul~2010s Urban-Groove』でケンドリック・ラマーをフィーチャーした“Triangle Ship”を、同年の秋にリリースした『Free Soul~2010s Urban-Sweet』で、キングのくだりでも話したように、クインシー・ジョーンズと一緒にカヴァーした“I Can't Help It”をそれぞれ収録させてもらったと」
柳樂「『3ChordFold』は、いま思えば『To Pimp A Butterfly』の伏線にも感じられる作品ですよね。グラスパーを語るうえでハービー・ハンコックとJ・ディラの存在が欠かせないのと同じように、テラス・マーティンの中心にあるのはクインシーとスヌープ・ドッグかなと。東海岸と西海岸の違いというか」
橋本「『3ChordFold』はグラスパーの『Black Radio』とケンドリックの『To Pimp A Butterfly』を結ぶ存在というだけで重要だけど、テラスはかなり西海岸っぽいよね」
柳樂「そう、ウェッサイだしGファンク色が強い。彼はもともと、カマシやサンダーキャット、ロバート・スパット・シーライト(スナーキー・パピー)などと一緒にスヌープのバンドに参加していた経歴の持ち主ですし」
橋本「僕の音楽地図の中では、東のグラスパーに対して西のテラスという構図はすごく感じるな。ジャズに精通しているけどヒップホップ育ちというのも共通項だし」
柳樂「グラスパーがNYの街角でラジオから流れてくる音楽だとしたら、テラスはLAの道路を車で突っ走りながら聴くものというか。2人は出自も似ていて、テラスは父親がジャズ・ドラマーで(『Velvet Portraits』にも参加)、母親がゴスペル・シンガーなんですけど、グラスパーの母親もプロのゴスペル歌手なんですよ。だから音楽的なルーツもほとんど一緒」
橋本「昨今のブラック・ミュージックにおける理想的な生い立ちだよね。あとは両者共に〈慕われてる感〉がすごくあるんだよな。プロデューサーとしては音楽的な貢献が見えづらいところもあるんだけど、クインシーと同じように、テラスやグラスパーの周りからいくつも名盤が生まれているもんね」
柳樂「テラスと一般的なヒップホップ・プロデューサーとの違いは、やっぱり音楽的な素養じゃないですか。今年の4月末に、オバマ大統領がホストを務めた〈International Jazz Day〉のオールスター・グローバル・コンサートがホワイトハウスで開催されたんですけど、テラスはそのときグラスパーのバンドに参加していたんですよ。そのコンサートには渡辺貞夫さんも出演していたんですけど、〈俺は貞夫さんのことを尊敬している〉ということを伝えるために、渡辺さんのもとへテラスが駆け寄っていったそうです。彼はジャズの教育を積んだミュージシャンだから、チャーリー・パーカーがいて、ジャッキー・マクリーンがいて、渡辺さんがいて、ケニー・ギャレットがいて……みたいなサックス奏者の系譜もしっかり把握している。だからこそ、(『To Pimp A Butterfly』収録曲の)“For Free”でグラスパーに〈ケニー・カークランドみたいに演奏してほしい〉という指示を出すことができた」
橋本「ケニー・カークランドは、スティングの『Dream Of The Blue Turtles』(85年)にも参加していたよね。ジャズ以外の作品に、ジャズのオールスター・ミュージシャンが関わったという意味では、あれは『To Pimp A Butterfly』にも通じるところがある」
柳樂「あとはなんと言っても、ウィントン・マルサリスとの共演でしょう。彼がジャズを通じて表明してきた〈Black Lives Matter〉の元祖とも言えるメッセージ性を、テラスは『To Pimp A Butterfly』にも宿したかったわけですよね」
橋本「話を戻すと、『3ChordFold』は〈『Black Radio』に対する西海岸からの回答〉という印象を当時受けたんだよね。さっき話した“Triangle Ship”で、ボビー・コールドウェルの“What You Won't Do For Love”をサンプリングしているところにも顕著だけど」
柳樂「LA産のアーバン・ミュージックという感じがしますよね。『Velvet Portraits』はどうでした?」
橋本「『3ChordFold』よりも幅の広い作品だよね。特に好きだったのは、カマシが参加した“Think Of You”。あとは2曲目の“Valdez Off Crenshaw”で、“Valdez In The Country”を使っていたのにも好感を持ったな。ダニー・ハサウェイによるコールド・ブラッドでも人気のフリー・ソウル・クラシックを、肩の力を抜いてリメイクしたような感じで。そして、ポイントになるのは最後の“Mortal Man”。『To Pimp A Butterfly』でも最後に収録されていたナンバーで、この2枚はほぼ同時期に制作されていたそうだけど、テラスはこういうふうにアンサーやオマージュを用意することで、音楽を発想していく人なんだろうな」
柳樂「ア・トライブ・コールド・クエストに捧げた“Tribe Called West”なんて曲も入ってますしね。僕が思ったのは、『Velvet Portraits』と『Black Radio 2』を並べてみると良さそうだなと。『Black Radio 2』はグラスパーがゴスペルの出自を全面的に出した作品でしたけど、『Velvet Portraits』にもゴスペル・シンガーを起用した曲がいくつも収録されているし、それはダニー・ハサウェイの引用とも繋がってくる」
橋本「今回の来日公演には、アナ・ワイズも参加するんだよね。彼女はソニームーン(Sonnymoon)の一員で、最初のアルバム『Golden Age』(2009年)はすごく好きだったな。ドレイク“Houstatlantavegas”のカヴァーもかなり素晴らしかったし、ケンドリック・ラマーの『Good Kid, M.A.A.D City』(2012年)や『To Pimp A Butterfly』でも重要な役割を果たしているし、そう考えると全部繋がっている」
柳樂「マーロン・ウィリアムズ(ギター)とブランドン・オーウェンズ(ベース)も『To Pimp A Butterfly』の参加メンバーだし、新進気鋭の若手ドラマーであるジョナサン・バーバーにも注目してほしいですね」
橋本「テラスが連れてくるんだから、まだ日本ではそれほど知られていないミュージシャンのショウケースとしても楽しめそう。クインシーがそうだったように、彼の審美眼に適ったアーティストを連れてくるはずだから」