近年、R+R=NOWやディナー・パーティーといったスーパーグループでの演奏、ヒップホップ的アプローチが増したミックステープ『Fuck Yo Feelings』(2019年)の発表など、多様な活動を繰り広げてきた現代ジャズの最重要人物、ロバート・グラスパー。5月に来日公演を控える彼のニューアルバムは、高い評価を受けてきた〈Black Radio〉シリーズのひさびさの新作『Black Radio III』だ。これまでどおりジャズやR&B、ヒップホップシーンのボーカリストやラッパーたちを多数フィーチャーしながら、よりメッセージ性を強めた力強いアルバムに仕上がっている。ここでは、作品において重要な役割を果たす〈声〉について、ライター/批評家のimdkmが分析した。 *Mikiki編集部
声にフォーカスをあてグルーヴが歌を支えるポップな作品
ロバート・グラスパーがロバート・グラスパー・エクスペリメントとして『Black Radio』を発表したのは2012年の2月。ちょうど10年前だ。ジャズとヒップホップ/R&Bなど他ジャンルとのクロスオーバーの可能性を新たに切り開いた同作は、2010年代のアメリカ音楽にたしかな影響を与えた。そして2022年、シリーズの最新作『Black Radio III』がリリースされた。シリーズ2作目となる『Black Radio 2』(2013年)から数えると実に9年ぶりだ。意欲的なクロスオーバーの精神とバラエティー豊かなボーカリスト/ラッパーの参加というシリーズの持ち味を発揮しつつも、大きな変化を感じる一作になっている。誤解を恐れずにいえば、シリーズのなかでもっとも――あるいはグラスパーの作品のなかでもっとも?――明晰でメリハリのついた、ポップな聴き味の作品だ。
そのポップさの正体はなにか、といえば、端的に言えばフィーチャーされたアーティストたちの声にフォーカスをあてる本作の方針にあるだろう。演奏は手数の少なめな、より抑制の効いたものになっている。特にキックの太さとスネアの存在感が強調され、相対的にハイハットなどの金物が抑えられたドラムスは、グルーヴを通じて声をサポートする役回りを積極的に引き受けているように思える。結果として、全体の音像は整理され、耳馴染みの良さにつながっているのではないか(パンデミックによってスタジオでのセッションを重ねるような制作スタイルをとれなかったこともこのサウンドに影響しているだろうが)。
とはいえ、声以外が黒子に徹しているというわけではもちろんない。“Everybody Love (feat. Musiq Soulchild & Posdnous)”や“Out Of My Hands (feat. Jennifer Hudson)”のようにシンプルにも思えるハウシーな4つ打ちのビートに聴かれるグルーヴの妙は特筆すべき輝きを持っている。また、ティアーズ・フォー・フィアーズのカバー“Everybody Wants To Rule The World (feat. Lalah Hathaway & Common)”の中盤、原曲を下敷きにしたレイラ・ハサウェイの歌唱から、大胆な翻案といえるコモンのバースへと転換する展開の鮮やかさはベースとドラムを中心としたグルーヴの変化が鍵を握っているし、“Forever (feat. PJ Morton & India.Arie)”の終盤、キックとスネアが淡々とビートを刻む一方でハイハットやシンバルがクライマックスを演出する展開には否応なく引き込まれてしまう。