ジョー・ザヴィヌルと縁の深いメンバーを中心に集結した、ヒューマン・エレメントによる初の来日公演が6月16日(木)~18日(金)にブルーノート東京で開催される。超人的なベース・テクニックを誇るマシュー・ギャリソン、ジョー・ザヴィヌルが晩年に手掛けた作品でプログラミングを担当しているシンセ奏者のスコット・キンゼイ、チック・コリアのエレクトリック・バンドにも抜擢され、アラニス・モリセットを支えるなどポップスの世界でも名を轟かすドラマーのゲイリー・ノヴァク、こちらもジョー・ザヴィヌルに愛された、アルメニア出身パーカッショニストのアルト・トゥンクボヤシアン――それぞれ目覚ましい活動を続ける4人は、2011年にユニットとしてのファースト・アルバム『Human Element』を発表。その後も継続的にライヴ活動を続けている。
その出自と豊かなサウンドから、〈2010年代のウェザー・リポート〉と形容されることも多いヒューマン・エレメント。そこで今回は、「ワード・オブ・マウス ジャコ・パストリアス魂の言葉」(2010年:今年4月に文庫化)、「オール・アバウト・ウェザー・リポート」(2014年)といった著書/監修書でも知られる元ADLIB編集長の松下佳男氏に、偉大なるDNAを受け継ぐスーパー・グループの魅力を語ってもらった。 *Mikiki編集部
ヒューマン・エレメントはどんなユニットなのか? まずは、彼らが2012年に行ったライヴ映像をご覧いただきたい。瞑想的なSEに始まり、トライバルなリズムを刻みながら演奏は徐々にヒートアップ。そして、再生開始から3分を過ぎたあたりで一気に加速するパワフルな曲展開は、言葉を失うほどにスリリングだ。フュージョンの範疇で語られることの多い彼らだが、ミニマルなフレージングや立体的な音響構築など、多面的な魅力を放つダンサブルな人力トランス・ミュージックは、2010年代のサウンドに馴染んだ耳にも新鮮に響くだろう。編成はだいぶ異なるが、最近のバンドに例えるならスナーキー・パピーに通じる部分もありそうだ。
そして確かに、ヒューマン・エレメントのサウンドは『Black Market』(76年)や『Heavy Weather』(77年)といった黄金期のウェザー・リポート(以下WR)にも通じる魅力を放っている。それもそのはず、メンバー4人中3人は、WR解散後のジョー・ザヴィヌルと接点を持つ門下生なのだ。
「ジャコ(・パストリアス)とピーター・アースキンが脱退したあとの後期WRは、個人的にはフレッシュな輝きを失っていたと思います。ジョー・ザヴィヌルも、85年のWR解散後に立ち上げたユニットに〈ウェザー・アップデート〉と当初は名付けたり、なんとなく後ろ向きな時期が続いていた。でも80年代の後半になると、サリフ・ケイタのプロデュースを手掛けたりしながら、ザヴィヌル・シンジケートを主戦場にして、ジャズとワールド・ミュージックを現代のテクノロジーに上手く結び付けるようになっていくんですよ」
そんなザヴィヌル・シンジケートの無国籍な音楽的ヴィジョンを、ジョーの生前に支えた一人がマシュー・ギャリソンだ。ジョン・コルトレーンのクァルテットで活躍したジミー・ギャリソンを父に持ち、ハービー・ハンコックやスティーヴ・コールマン、ジョン・マクラフリン(ヒューマン・エレメントのアルバムにもゲスト参加)やミシェル・ンデゲオチェロなど錚々たる面々と共演してきたエレクトリック・ベースの鬼才。チューニングしながらのソロ演奏が得意技で、ギターの役割も兼ねているかのような図太いサウンドも特徴的である。
「実は70年代に、マシューに取材したことがあるんですよ。まだ子どもだった当時のマシューにとって、アイドルだったのは他ならぬジャコだった。『Heavy Weather』を聴いたときに〈ベースでこんなことができるんだ!〉と驚いて、76年にリリースされたソロ・アルバム〈ジャコ・パストリアスの肖像〉のレコードを2年間もターンテーブルに置きっぱなしにしていたそう。レッチリのフリーも似たような発言をしていましたが、〈ジャコと出会ったおかげで音楽的に深みが出た〉と語っていましたね」
そんなマシューと同じく、WRに大きく影響されたのがスコット・キンゼイ。スコット・ヘンダーソン率いるトライバル・テックの一員として頭角を現わし、カート・ローゼンウィンケルやニコラス・ペイトンなど現代ジャズの顔役とも仕事をしているキーボード奏者で、ジョー・ザヴィヌルの2002年作『Faces & Places』にアシスタント・プロデューサーの一人としてクレジットされている。
「ザヴィヌル・シンジケートでは、ジョーの奏でるシンセがサックスやオーケストラの役割も果たしていた。それと同じような働きをスコットは見せています。ただ闇雲にファンキーな演奏をするのではなく、サウンドを絵の具のように扱っている。ジョーも生前に〈トーン・ペインティング〉の重要性を熱弁していましたが、2人ともキーボードを駆使して、閃きを形にするのが上手い」
さらに、ヒューマン・エレメントはWRが生み出した独創的なリズムも継承している。晩年のジョー・ザヴィヌルの音楽活動に欠かせなかったアルメニア人奏者、アルト・トゥンクボヤシアンによるパーカッションと、チック・コリアやジョージ・ベンソンからポップス勢にまで求められるゲイリー・ノヴァクのドラムスにも注目しておきたい。
「楽器に頼るミュージシャンはダメだと、ジョーはよく語っていました。楽器はあくまで道具であって、それを使って何をするのかが大事だと。ジャコのベースが好例ですけど、ゲイリーとアルトの2人も同じようにリズム楽器だけで音楽を作れるミュージシャンですよね。アルメニアの古代から伝わるリズムには、心地良い開放感があると思います」
彼らがWRの音楽的遺産を継承していくなかで、いちばんの収穫となったのは〈既成概念に囚われないアティテュード〉なのかもしれない。
「ジョーはウィーンの出身で、幼い頃にはクラシックを学んでいました。祖父がロマ人だったのもあり、旅人らしい感性も備えている。そんな彼の手掛けるサウンドは、ジャズと一緒にアフリカやエチオピアの音楽も内包していた。つまり、真の意味でのワールドワイドを実践していたんですよね。そのフラットな感性をヒューマン・エレメントが受け継ぎ、新しい即興演奏をクリエイトしている。確かにテクニカルなのは間違いないけど、音楽的なアイデアが豊かですよね」
「マシューが大人になってから、もう一度インタヴューする機会があって。そのとき彼は、〈ジャコの上辺だけではダメなんだ〉と語っていました。20年前の人間と同じことをそのままなぞっても意味はない、ミュージシャンなら自分自身の音を持てと。プレイヤーの個性を尊重し、自由自在にインプロヴァイズできるWRという集団を、ジョーやジャコも誇りに思っていた。その精神をヒューマン・エレメントは継承していますよね」
〈2010年代のウェザー・リポート〉と呼ばれるだけあり、WR~ザヴィヌル・シンジケートの音楽性をストレートに発展させてきたヒューマン・エレメント。今回の初来日では、そんな彼らのポテンシャルがいよいよ明らかになる。2011年にアルバムを発表したあとも精力的な活動を続けているだけに、アグレッシヴなパフォーマンスを期待できそうだ。
「(ライヴの見どころは)4人のメンバーが、即興演奏を重ねながらバンド全体のアンサンブルをどう活かすのか。つまり、変わることの勇気。WRもそうだし、ロバート・グラスパーもライヴでは曲の原型をどんどん離れていくわけで、それこそがライヴの醍醐味ですよね。現在進行形のバンドとして、どんな音を表現するのか。ヒューマン・エレメントの本物ぶりがステージ上で証明されるのではないでしょうか」
ヒューマン・エレメント featuring マシュー・ギャリソン、スコット・キンゼイ、ゲイリー・ノヴァク&アルト・トゥンクボヤシアン
日時/会場:2016年6月16日(木)~18日(土) ブルーノート東京
開場/開演:
〈6月16日(木)、17日(金)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
〈6月18日(土)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
料金:自由席/7,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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