人体を使ったマシュー・ハーバート博士による音実験の報告書

 昨年にリリースされた前作『The Shakes』ではヴォーカルを大々的に導入し、2006年作『Scale』の延長線上にあるようなポップ・サイドへ振り切れたマシュー・ハーバート。しかし、この2枚組のニュー・アルバム『A Nude: The Perfect Body』は、一転してマッド・サイエンティストな側面を遺憾なく発揮したトンデモ作品である。

MATTHEW HERBERT A Nude: The Perfect Body Accidental/HOSTESS(2016)

 ハーバート博士はこれまでもミュージック・コンクレート的な技法を用い、複数の名義で生活音をベースに楽曲制作を行ってきた。2001年の『Bodily Functions』では手術の音や人体から出る音をサンプリングし、2005年の『Plat Du Jour』ではサーモンの養殖場や3万羽の鶏、砂糖の粒や下水道から音を採取して食の危険性を警告。その後も2010年の『One Pig』で豚の誕生から死までを追い、2012年の『Tesco』では大手スーパーの商品を破壊する音を敷いてグローバリズムを批判している。そうした実験的なアルバムの系譜に位置する今作は、ひとつの部屋で裸体から発せられる音のみを24時間録音。曲名はすべて〈Is~〉という形でその人物の状態を説明したものだ。

 Disc-1を丸々使った“Is Sleeping”は、スヤスヤと眠る人物が徐々にゴーゴーと鼾をかきはじめる1時間ちょうどのソロ・ライヴ。Disc-2のオープニングを飾る“Is Awake”ではあくびや笑い声、ゲップの音が登場し、“Is Grooming”ではうがいや歯ブラシの摩擦音を切り貼り。“Is Eating”では物をかじる音をフックにして、アブストラクトなブレイクビーツを生成する。これはジャガイモや玉ねぎで作った植物性のレコードをプレイ後に食べるという、今年に入って博士が始めたプロジェクト〈Edible Sounds〉にも通じるか。そして終盤の“Is Coming”と“Is Shitting”でハイライトが訪れる。前者には自慰行為の音が使われ、〈アッ、アーッ〉と次第に荒くなる息遣いによってオーガズムを音楽へと変換。後者ではトイレの音や排泄音にエフェクトをかけてドコドコドコ……とアフリカンなポリリズムを紡ぎ出し、肛門を主役に据えためくるめくカーニヴァルが開催されていく。

 そう、全編において印象的なのが、通常は他人に見せない瞬間を収めている点だ。ちなみに本作はインスト曲集として初めて18禁に指定されている。人にとってもっともプリミティヴな対象=自分たちの身体や生活の恥部をさらけ出した音の数々には、〈世の中は綺麗なだけじゃない〉というメッセージと、それをアートに変えてリスナーの価値観を揺さぶろうとする博士のチャーミングな悪意が充満。もしかすると、このアルバムは彼なりの人間讃歌なのかもしれない。事実、ここから浮かび上がるのはドラマティックな生命のスペクタクルだ。

 8月には〈サマソニ〉の深夜に行われる〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉への出演が決定。また、近い将来、今回の新作をモチーフに美術館で展示を行う予定もあるという。『One Pig』のライヴではステージ上で実際に豚を調理するなど、過去にも音源の世界観をさらに拡張するパフォーマンスでリスナーの度肝を抜いたハーバート博士は、『A Nude: The Perfect Body』を携え、どんなライヴを繰り広げるのだろう? 間違っても、全裸で登場することはないと願いたい。