近年のマシュー・ハーバートによるリリースは、メッセージ性の強いコンセプチュアルな録音や、あるいはオペラなど高尚な作品が続いていた。それだけに、ハーバート名義で届けられた新作『The Shakes』は、久々に胸がすくようなポップ・レコードに思えたものだ。収録曲“Strong”の〈Get, Get, Strong~♪〉なんて朗らかなコーラスもそれを物語っている。彼一流の諧謔精神や、ハウス・ミュージック的で洒脱なプロダクションだってもちろん健在だ。

今年の夏にはその新作を引っ提げて、〈SUMMER SONIC〉内の深夜イヴェント〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉出演のため来日。夜中の幕張でDJプレイを披露した翌々日の8月18日には、恵比寿LIQUIDROOMで単独公演も開催されている。このあとのインタヴューで本人も語っているとおり、〈快楽を追及し、エンターテインメントに徹した〉後者の公演は、ハーバートの人気を決定づけた2001年の名作『Bodily Functions』と『The Shakes』の曲を織り交ぜたもの。マッド・サイエンティストのような装いでステージを統率するハーバートを囲む、長年の盟友(デイヴ・オクム)に名うてのジャズ・プレイヤー(サム・クロウ)、黒人シンガー(アデ・オモタヨ)など個性豊かなメンバーのプレイも阿吽の呼吸が取れた素晴らしいもので、オールド・ファンから若いオーディエンスまで魅了する最高のショウ・タイムが繰り広げられた。とはいえ、メチャクチャ長いマイク・スタンドを客席へと差し出して歓声をサンプリングし、そのまま曲に組み込む一幕など、ひねくれているところも相変わらずなのだが。
 


マシュー・ハーバートといえば、ダンス・ミュージックの人であると同時に、資本主義に警鐘を鳴らし、反グローバリズムを訴え続けるポリティカルな人であり、ラディカルでハードコアな批評精神の持ち主である。自身の音楽やステージにもそれをダイレクトに反映させ、過去のインタヴューでもそういった発言に事欠かない。いまの日本に住んでいれば、そのような彼のスタンスから学ぶところも多いだろう。その一方で、ヴェテランの域に差し掛かっている彼が、今日でも音楽シーンで独自の存在感を示しているのも事実だ。

単独公演と同日の昼に行なったこのインタヴューでは、最新のトピックから過去のキャリアに至るまで、ジャンル不問で〈音楽〉にまつわる質問を投げかけることに徹してみた。マルチな音楽家だけあり、底なしの引き出しに改めて感服した次第だ。

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――最近、「The Music」という本を書き終えたそうですね。どんな内容なんですか?

「僕が次に出すレコードについて説明しているんだ」

――お、そうなんですね。

「といっても、そのレコードを実際に作ってリリースするつもりはなくて。そこでは、〈もし次にレコードを作るならこんなサウンドにしたい〉というものを書いている。レコードにどんなサウンドが収録されているのか、6万もの単語を費やして描写しているんだよ。君の仕事を代わりにやっているようなものだね(笑)」
※「The Music」はクラウドファンディングも実施中
https://unbound.co.uk/books/matthewherbert

――楽譜というか、ベックの『Song Reader』みたいな作品とは全然違うわけですよね?(参考記事:楽譜が読めなくても楽しめる、ベックの楽譜プロジェクト!

「そうだね。たとえば……このトラックでは、まず日本でホステス(・エンタテインメント)の事務所の外から聴こえてくる工事現場の音で始まり(※取材時、窓の向こうは工事中)、そのあとにタイのほうから爆発音が次に聴こえてきて……みたいなかんじで、どういう音でこの曲が構成されているかというのを言葉を用いて説明しているんだ」

――あなたが提唱した〈PCCOM〉(※)の哲学を、音を使わず一冊にまとめたような感じ?
※Personal Contract for the Composition Of Music (PCCOM)
ドラム・マシーンやプリセット音の使用不可、他人の音楽のサンプリング禁止など、オリジナルな音楽を作るためマシュー・ハーバートがみずからに課した音楽制作上のマニフェスト。

「そうだね。そんなふうに考えたことはなかったけど、そうとも言えるのかもしれない。僕がこの世界のサウンドをどう捉えているのかを要約したようなものというか。ただ最近になって、そんなサウンドを、リアルな実生活の中で、自分の生きているうちに音を用いて表現するのは不可能だと気づいたんだ。そうであれば、想像しているサウンドを言葉を駆使して表現するのが唯一の選択肢だと思ったのさ」

――〈不可能〉という結論にどうして至ったのでしょう?

「なぜなら……(苦笑)。人間が創り上げたこの世界のシステムというのが間違った方向に恐ろしいスピードで拡張していって、それを止めるのはすごく難しいことだと思うんだよ。『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』という映画の音楽に僕は携わったんだけど、そこでみんなの〈お気に入りの音〉というのを使いたくて一般募集することにした。それで集まったものを、試しに一斉再生してみたんだ。実際に音を出してみようか(屈んでPCを取り出し、iTunesを操作しだす)。これから鳴らすのは、465人分の〈お気に入りの音〉を同時に鳴らしたものだ。それは僕にとって、世界が僕らを滅ぼそうとしている音に聴こえるんだよ」

(PCからセミの鳴き声を重ねたようなノイズが鳴りだす)

――たしかに世界を滅ぼしそうな音ですね(笑)。

「これでたったの465人分だからね。地球上には何億人も住んでいるわけで、彼らをみんな集めて、同じことをやってみたらどうなるんだろう。その音は想像することはできても、楽器やコンピューターでは表現しきれるはずもない。だから言葉で書くしかなかったんだ」

【参考音源】『Life In A Day(邦題:地球上のある一日の物語)O.S.T.』収録曲“465 People Clapping”


――なるほど。あなたが最近発表した『The Shakes』は非常にポップな内容だったと思います。あの作品を経たこともあって、そういう発想に至ったのでしょうか?

「そうだね、(机上のCDジャケットを指さして)このアルバムは僕にとっては〈ポーズ(停止)〉なんだ。位置づけとしては、仲のいい友人たちと一緒にランチしているような感じ。これからはまたシリアスな作品に取りかかるつもりさ」


――『The Shakes』といえば、少し前に発表されたモッキーによるリミックスもよかったです。あれはどういう経緯で実現したのでしょう?

「あー、本当につまんない話だよ(笑)。ドイツでのマネージャーが同じで、お互いでリミックスし合ったらどうかと提案されたから、そうすることにしたんだ」

――彼の新しいアルバム(『Key Change』)は聴きました? 

「うん、聴いたよ。サウンド自体は素晴らしいけど、方向性はいささかレトロすぎるかな。あくまで僕個人の感想だけど」

――僕はすごく好きですよ。

【参考音源】モッキーの2015年作『Key Change』
モッキ―は10月初旬に来日ツアーも予定されている。

 

――このリミックスもそうだし、あなたの過去の作品にもジャズが根強く宿っているじゃないですか。僕の友人が、あなたが今回の来日で連れてきたバンド・メンバーのサム・クロウと会ってきたらしくて。〈イギリスのジャズ・シーンがすごく面白い〉という話で盛り上がったそうです。あなたもそういう動きに関心があったりしますか?

「そうだね。ビッグバンドをやっていたときは、特にシーンを意識していたよ。僕にとって、ジャズ・シーンは今日のUKにおいてミュージシャンを見つけるための最良の供給源なんだ。彼らはただ、トラディショナルなジャズの楽器を演奏するだけじゃない。大半はジャズ・スクールの出身だけど、普通にジャズをプレイするのではなく、そのテクニックを使って新しいサウンドやアイディアを実践しようとしている。スキルもあるし、感性も新しい。とても重要なリソースだね」 

――そのなかで気になるバンドやアーティストは?

ポーラー・ベアのドラマー、セブ・ロッシュフォードかな。彼を中心としたシーンに、トム・ハーバート(ポーラー・ベアのベーシスト)やデイヴ・オクム(インヴィジブルのギタリスト、ハーバートのバンドにも以前から参加)がいるんだ。幸運なことに彼らと共演したこともあるんだけど、とてもエキサイティングなプレイヤーたちだね」

【参考音源】サム・クロウの2013年作『Towards The Centre Of Everything』
サム・クロウはシネマティック・オーケストラへの参加経験もある鍵盤奏者
本作にはマーク・ジュリアナ(ドラムス)、アラン・ハンプトン(ベース)も参加

【参考音源】ポーラー・ベアの2014年作『In Each And Every One』
FKAツイッグスやデーモン・アルバーン、ロイヤル・ブラッド等と共に
2014年のマーキュリー・プライズ(イギリスの音楽賞)にノミネートされた


――ほかにも、最近気になっている音楽はあります?

「最近、心からエンジョイした作品が2つあるよ。まずはタイヨンダイ・ブラクストン。(『Hive 1』は)とても優れたエレクトロニック・ミュージック・アルバムだったと思う」(参考記事:タイヨンダイ・ブラクストンの6年ぶり新作は、リズムに力点を置いた踊れるアヴァンギャルド作品!

――本当におっしゃるとおりですね。

「もうひとつは、ドミノ傘下でウィアード・ワールド(Weird World)というレーベルがあって、そこに所属しているリチャード・ドーソン(Richard Dawson)。そっちは完璧にクレイジー(笑)。嫌いな人はとことん嫌いな音楽だけど、僕にはストラヴィンスキーのように聴こえるんだ。彼はひとりでギターを演奏していて。ギターなんて大体やり尽くされただろうと思われているんだろうけど、リチャード・ドーソンは何か新しいことをやっていると思う。そういうのを観るのが好きなんだ」

【参考音源】リチャード・ドーソンの2014年作『Nothing Important』収録曲“The Vile Stuff”
ウィアード・ワールドにはハウ・トゥ・ドレス・ウェル等も所属している。

 

――実はタイヨンダイと今年の7月に会って、そのときもストラヴィンスキーも含めた新旧の現代音楽に関する話で盛り上がりました。クラシックとか、そういう方面への興味はいかがでしょう?

「DJもやってるから、仕事上新しい音楽もたくさん聴かないといけない。1週間に新しい音源が千単位で送られてくるんだよね。とはいえ、ひとりで自由に好きな音楽を聴く時間がとれた場合は、たしかにクラシックを聴くことが最近は多い。それか、何も聴かないで静かにしているかのどちらかだね」

――どのあたりをよく聴かれるんですか?

ブルックナーマーラー。ストラヴィンスキーはいつも好き。それとラヴェルに、BBCでクラシックをかける番組があるから、それもよく聴いてるね。あとは年齢を重ねるにつれて、オペラもよく聴くようになった」

――以前、マーラーの曲を再構築したアルバムを発表されてましたよね(2010年作『Recomposed By Matthew Herbert : Mahler Symphony X』、参考記事はこちら)。

「うん」


――おかしな質問かもしれませんが、そこでやり残したことがあるとすればなんでしょう?

「ライヴをもうちょっとやりたかったかな。3回だけやったんだ。カーテンの後ろにオーケストラがいて、僕はカーテンの前にいる。オーケストラの演奏した音は僕が操作する卓を通過することで客席に届く。つまり、オーケストラが大きい音を弾いていても、自分が音量のヴォリュームを下げることもできたし、やろうと思えば彼らのを演奏をメチャクチャにすることもできたってわけ」

――実際にそのオーケストラの演奏(生音)はお客さんに聴こえるんですか?

「(日本語で)チョット」

 
――あなたが過去に披露してきたライヴは、コンセプチュアルで批判性や諧謔精神に富んでいることでも有名です。前回の来日公演では、豚を料理する一幕もありました。

「そうだね」

【参考動画】〈One Pig〉ツアーのトレイラ―
日本では2011年9月にこのセットで来日公演を開催した。

 

――今回のライヴはどういうものにしようと考えているんですか?

「観客から生まれる音をサンプリングしたりはするけれど、今回は快楽を追及し、エンターテインメントに徹するつもりだよ。キック・ドラムの音を1万重ねたものを使ったり、ダンス・ミュージックを追及して、DJセットのようにノンストップで演奏できたらと思っている」
 


――今回の公演にも参加する、アデ・オモタヨとラヘル・デビビ・デッサレーニによる男女ヴォーカルは『The Shakes』にも参加して、そこでも重要な役割を果たしているように思いました。この2人を起用しようと思ったきっかけは?

「アデはナイジェリア出身で、エイミー・ワインハウスやカインドネスの作品に参加している、まだ発見されていない才能だね。ラヘルはヘジラのヴォーカルで、彼女もネクスト・ジェネレーションを担うシンガーだと思う。僕も43歳で、こういう若くて有望な人たちと共演できて、日本に連れてこれることをラッキーだと思うよ」

【参考音源】カインドネスの2014年作『Otherness 』収録曲“World Restart”
ケレラとともにアデのヴォーカルがフィーチャーされている

 

――ヘジラのファースト・アルバム『Prayer Before Birth』(レビューはこちらはあなたがプロデュースされて、ご自身のレーベル(アクシデンタル)からリリースしていますよね。彼らのどこに惹かれたのでしょう?

「ラヘルの美しくて、低音から高音まで歌いこなせるレンジの広い声。彼女はエモーショナルだし、何よりいい人なんだ。シンガーというのは変わった人が多い(笑)。毎晩人前で歌うわけだから、それも仕方がないんだろうけどね。本当にうまい歌い手はどこかクレイジーなところがあるし、ユニークな人はユニークな問題を抱えているものだよ」

――今回の公演では『Bodily Functions』の曲もプレイするんですよね。あのアルバムが発表されてもうすぐ15年経ちます。改めて、どこがスペシャルだと思いますか。

「不思議なことではあるけれど、エレクトロニック・ミュージックって野心的なところが少なくて、あまり冒険しないものなんだよね。そういうなかでジャズ・ミュージシャンを取り入れてみたり、当時にしては珍しく野心に満ちた作品だったんじゃないかな」

 


 


冒頭でも触れたとおり、ハーバートの単独公演は掛け値なしに素晴らしいものだった。最後のアンコールまで終始ハッピーなひとときだったが、そのなかでハイライトを挙げるなら、やはり『Bodily Functions』のエンディングを飾る彼の代表曲“The Audience”だろう。原曲では奥方のダニ・シシリアーノシンガイ・ショニワが美しい掛け合いを見せるヴォーカルは、ステージではラヘルとアデによる男女の駆け引きに置き換えられていたが、軽妙なイントロにはじまり、歌と鍵盤のリフレインとともにエレガントな高揚感が熱を帯びてくると、ため息を漏らさずにはいられなかった。同時に、もはや宿命的なまでに難解なコンセプトへと挑み続けるマシュー・ハーバートの〈還ることができる場所〉を目の当たりにしたようにも思う。月日の経過も愛おしく感じるほど、素敵な一夜だった。

 

インタヴューの末尾でプロデュース作の話をしているが、過去にマシュー・ハーバートが手掛けたことのある個性的な2組が、今年に入ってアルバムを発表している。せっかくの機会なので、最後にこの場を借りて紹介したい。

まずはローシーン・マーフィーモロコのフロントマンとして一時代を築き、ハーバートのプロデュースによる『Ruby Blue』(05年)でソロ・デビューを飾った彼女のフル・アルバムとしては8年ぶり(プライヴェートでは出産も経験し、イタリアン・ポップスのカヴァーEPを出したりもしていた)となる新作『Hairless Toys』では、〈レディ・ガガにも影響を与えた〉とも噂された(ヴィジュアル面含む)エキセントリックさはやや鳴りを潜め、40代の女性らしい妖艶なムードが濃厚な、深夜を彩るエレクトロ・ポップが詰まっている。

 

もう一組はミカチュー&ザ・シェイプス。ハーバートが携わったエクスぺリメンタル・ポップの傑作『Jewellery』を2009年にラフ・トレードから発表して華々しくデビューを飾り、最近では中心人物のミカ・レヴィが映画「アンダー・ザ・スキン 種の捕獲」のサウンドトラックを手掛けてヨーロッパ映画賞の最優秀作曲賞を獲得。『Good Sad Happy Bad』というタイトルも微笑ましい新作では、スタジオでの即興ジャム・セッションから組み立てた、愉快で掴みどころのないアヴァン・ポップが聴ける。