
世間はリオデジャネイロ・オリンピックの真っ只中。連日われらが日本代表のアスリートたちが一生懸命がんばっている姿に胸を打たれる今日この頃だが、音楽界にも日本が世界に誇るバンドがいる――CrossfaithとBO NINGEN。いずれも日本と海外を股にかけて活躍する……そしてMikikiで自身の活動をメンバーみずから綴る連載を持つ2組だ。前者は日本を拠点にしつつ近年は多くの期間を海外ツアーに充て、後者はロンドンを拠点にイギリスと日本という両方のアイデンティティーを持ってヨーロッパを中心にツアーを展開。スタンスも音楽性も異なるが、共に海外でコツコツと実績を積んで認知を広めている数少ない日本人のバンドである。今夏、BO NINGENが〈フジロック〉出演&日本ツアーで帰国し、奇跡的にCrossfaithと東京で邂逅(まんざら大袈裟でもない)! このタイミングを逃すまいと、われわれMikiki編集部は念願の対談取材を行った。
CrossfaithからはKoie(ヴォーカル)とHiro(ベース)、BO NINGENからはTaigen(ヴォーカル/ベース)とYuki(ギター)を迎え、初対面の両者ながらも和気あいあいとしたムードのなか、彼らが海外で活動するなかで直面したあれこれ、これまでに体験したツアーにおける仰天エピソードなど、いろいろ語ってもらっている。これから海外でも活動したいと考えているミュージシャンにも参考になるかも! ぜひお楽しみください。
★連載〈Crossfaith World Tour Diaries〉はこちら
★連載〈BO NINGENの人生一度きり〉はこちら
日本では普通にあるものが海外にはないのがあたりまえ
――今日が初対面ということですが、一緒にやってこそいないものの、出演しているライヴハウスやフェスが近い印象があるんですよね。
Taigen「そうなんですよ、すごいすれ違いというか(笑)。うちらがサポート・アクトでやる会場で、(Crosssfaithは)メイン・アクトでやってるんですよ」
一同「ハハハハハ」
Koie「僕らもこの前ブライトンでライヴをやった会場で、BO NINGENのポスター貼ってあるーと思って。それはヘッドライナーだったよね?」
Taigen「やったっけ……?」
Yuki「怪しいとこやな(笑)」
Koie「ハハハ、でもお互いに名前は見ますよね」
――Crossfaithは2012年から海外でツアーをするようになりましたが、日本以外で活動することは、前々から意識していたんですか?
Koie「そうですね。高校生でバンドを始めた時から海外の音楽ばっかり聴いていたので。(バンドを)やるんやったら海外でやりたいな、くらいの感じで活動していました」
Hiro「もともと海外の音楽が好きだったし、そういうバンドがいろんな国でやってるライヴDVDを観たりしていたので。バンドをやるというのは、世界中でツアーをやるということと同義くらいに考えていました」
Koie「それで2012年に(海外でライヴをする)チャンスが来て。そこから1年に3回、4回はツアーしていますね」
Hiro「この4年間で14回くらいフェスやツアーでイギリスに行っています」
――今年はわりと日本での活動が多いですが、近年はほとんど日本にいないイメージがあります。
Koie「よくそう言われるんですけど、そんなことないんですよ(笑)。〈Crossfaithっていつ日本に帰ってるの?〉〈いや、3か月くらい前から日本にいましたけど〉って(笑)」
――ハハハハ(笑)。では、海外でライヴをするようになるきっかけはどのようにして掴んだんですか?
Koie「まず、〈Download Festival※〉のメイン・ステージに出たいとずっと思っていたので、いろんな人に言い続けていたんです。レコード会社が決まった時、マネージメントが決まった時も常に海外行きたい、海外行きたいと言っていて、そうしたらいまのマネージャーに出会って。彼はそれまで誰のマネージメントもしたことがなく、どこの会社にも所属してなかったんだけど」
※2003年にスタートした英レスターシャーはドニントン・パークで毎年6月に開催されているフェスティヴァル。ハード・ロック/ヘヴィー・メタルをはじめラウド・ロック系をメインに、これまでにブラック・サバスやメタリカ、アイアン・メイデン、AC/DCなどなど錚々たる面々がヘッドライナーを務めている。日本からは、Crossfaithに加えてBABYMETALがメイン・ステージに出演したことも話題になった
Hiro「もともと(Crossfaithの)ファンやで」
Koie「そうそう。〈お前ら海外行きたいんやろ?〉みたいに言われて、〈こいつ誰やねん!〉みたいな、ハハハ(笑)」
Hiro「さっきまで(ライヴ中に)マイクを奪おうとしていたのに、〈お前らライヴ良かったでー〉くらいのテンションで(笑)」
Koie「〈俺が(海外に)連れてったるわー〉って」
Taigen「へ~、すごいな(笑)」
――言い続けていたら、自然とそっちのほうに引っ張られていったというか。
Koie「そうですね」
――初めて海外でライヴしたのはどこだったんですか?
Koie「中国です。〈泰山MAO国際ロックフェスティバル〉という伝説のフェスがあって(2011年に開催)。2万人くらい入るという話で、出演者にもくるりとかおって※1、で、トリが蒼井そら※2っていう」
※1 日本からはCrossfaithに加えてくるりにMIYAVI、UNLIMITS、locofrankが出演
※2 実際にはゲストという形で出演した模様
Taigen「あ~、(中国では)誰よりも有名な日本人ですからね」
Koie「それが最初で、そこからアジアをいろいろ回って、それからヨーロッパのマネージメント会社と契約することができた。それからですね、UKや欧米に行けるようになったのは。最初はアメリカのバンド(OF MICE & MEN)のUKツアー・サポートでした」
――そのツアーはいかがでしたか?
Hiro「行程がまずすごくて、17日間で17本ライヴしたんですよ、オフなしで。それまでいわゆるツアーというのをやったことがなかったので、いきなり17本というのも想像がつかなかったんですけど、OF MICE & MENがめちゃアッパーな人たちで」
Koie「カリフォルニア!って感じの(笑)」
Hiro「会場に入る前からええ感じになってて、〈ライヴ終わったら呑もうぜー〉みたいに言ってくれたんです。ライヴも一緒にやって、俺らのことを認めてくれたし。でも初日の俺らのライヴはトラブルばっかりで、2日目あたりは音が出なかったりして」
Koie「それで転換に時間がかかってたら、フロアから瓶がヒュッと飛んできて、サッと避けて、〈ナメんな!〉みたいな(笑)」
Yuki「ようある、ようある(笑)」
Taigen「日本から海外に来たバンドは、音が出ない、返しの音が悪い、アンプがクソだとか、そういうことに衝撃を受けて、日本に帰ってから〈もう(海外に)行きたくない〉ってなってしまうという話をよく聞くし、〈また行きたいけど……〉と言いながらなかなか来なかったりする。やっぱり初めて日本を出て、ストラグルしている人は結構見るよね」
Koie「最初はそんな感じだったけど……特に俺はヴォーカルだからあんまり関係かったかな、ハハハ(笑)」
Taigen「でも〈ヴォーカルが聴こえないんです〉とか言う人もいるから」
Koie「聴こえへんか、そうか、まあいっか、みたいな(笑)」
一同「ハハハハハ(笑)」
Taigen「Crossfaithの場合は一発目からいろいろあったけど、すぐに乗り越えた感じなんだね(笑)。それまで日本でやっていたのに最初からそう受け止められたのは強いよね」
Hiro「そういう状況に〈ホンモノや!〉と思ってたし(笑)」
――海外あるある、みたいな(笑)。
Hiro「今日俺アンプないの!? ウソウソウソ(って言いながらニヤつく)っていう(笑)」
Koie「最初はめっちゃ緊張していたんですけど、瓶を投げられてから〈あ、もういいや〉と思って。〈とりあえずやったろ!〉という気持ちになりましたね。それでライヴが始まったら、ブーイングしていたような奴らもジャンプしてワーッてなってて、〈あ、キタキタ〉と(笑)」
Yuki「ストレートなんだよね、反応が」
Taigen「周りが動かないから動かない、という感じにはならないから」
Hiro「BO NINGENは最初どんな感じやったんですか?」
Taigen「うちらはそういう状況からスタートしているから。機材はバンド同士で持ち寄るんだけど、一度、ギターのアンプがすごくちっちゃい時があって、Micro-CUBEくらいの」
Koie「家用!?」
Taigen「それくらい小さいやつと、もうひとつそれよりも大きめのアンプがあって、それをうちのギター2人でどっちを使うかジャンケンして決めたっていう(笑)」
Yuki「あ~、あったあった(笑)。無理に決まってるやん!っていうアンプだったけど、それしかないから、やらなしょうがないし」
Koie「ハハハハ(笑)。そもそもBO NINGENは、イギリスの学校に行ってて、向こうで結成して……という感じ?」
Taigen「そう、向こうで」
Koie「向こうに行ったのは何歳の時なんですか?」
Taigen「18の時で、いまのメンバーに出会ったのはロンドンで暮らしはじめてから2~3年目くらいで。だから出身地もみんなバラバラ」
Koie「日本でもバンドはしていたんですか?」
Taigen「Yukiと僕は高校の時にちょっとやっていたくらい。でもライヴと言ったら卒業ライヴみたいな、学校でちょっとやったりしたくらいで」
Koie「じゃあライヴハウスでライヴをするのはイギリスに行ってから?」
Taigen「そう、だから日本のライヴハウスのルールをよく知らなくて、初めて日本でツアーした時に〈なんでこれ全部音が聴こえるんだ?〉と思った」
Yuki「ノイズがない、とか(笑)」
Hiro「ハハハ、過保護すぎねーかと(笑)」
Taigen「あと、日本のスタジオに入ったら、なんかカラオケみたいな感じだった」
Hiro「そう! 音出したらカラオケみたいにライトが光ったりする」
Yuki「あれはコワイな」
Hiro「俺らはずっと(大阪・)堺の古くて汚いスタジオでやっていて、でもスタジオの人は味があるし、スタジオのこう……匂いが良かったんですよね」
Koie「そこのおっちゃん、予約した時間に来なかったりして」
Yuki「そもそも欧米っぽい環境でやってたんやね(笑)」
Taigen「それはやっぱり強いと思う。本当に過保護なスタジオで過保護なライヴハウスで過保護なマネージャーがいる、みたいな環境でやっていくと、いざ海外でやった時に〈無理だ!〉ってなっちゃうから」
Hiro「日本では普通にあるもんがないのがあたりまえだと思ってる」
やっぱりナメられたくない
――ところで、BO NINGENの歌詞は日本語ですけど、英語圏で活動をするなら英語で歌う、というのが定石としてあるなかで、それを貫いているというのがすごいなと思うんですよね。最初から日本語だったんですか?
Taigen「そうですね。歌詞をあまり深く考えていなかったのもあるし、その当時はあまり英語の曲が好きじゃなかったんです。高校の頃は洋楽もいっぱい聴いていましたけど。でもロンドンに行ってから、日本のアングラなものや、海外の音楽でもフィンランドとかの字余りしているようなヴォーカルが乗った、ヘンな音楽が好きになって……天邪鬼ですけど、英語でストレートにやっているものじゃないものが好きになったんですよね。それもあるし、僕は即興で歌ったりしていたから、母国語である日本語のほうが出てきやすいんです」
Hiro「じゃあCDを出す前はライヴごとに即興で歌ってたんですか?」
Taigen「そうですね、曲のテーマに沿ったことを歌うようにはしていましたけど。そこにムカつく奴がいたり、全然雰囲気が違ったりすると(歌詞を)変えたりします」
Yuki「それで曲の構成がだいぶ変わったりするんですよ。〈そこでこの歌詞入るの!?〉とか、いつ次のフレーズを入れたらいいんだろうとか……」
Koie「演奏してるほうは大変やな。コーラスできひん、ハハハハ(笑)」
Taigen「でも、これからは英語を少し入れてみようかなとは思ってますけどね。Crossfaithは日本語で歌うことはあるんですか?」
Koie「俺らはこれまで日本語で歌ったことはないです。でもカラオケでは日本語の歌ばっか歌う(笑)」
Taigen「ハハハ(笑)。でも言語が違うと言葉のリズムも違うから、自分の歌声の聴こえ方が変わってきますよね。僕はいま、日本語だけじゃない言語や歌い方なども含めて、自分の声を模索中なんです」
Hiro「言葉が違うとやっぱり全然変わりますか?」
Taigen「違いますね。とはいえ僕はどうしても日本人的な部分が抜けないところがあって、良し悪しはあるけど、海外に長くいる日本人のなかには、中身は日本人じゃないなという人もいるじゃないですか。でも自分はそういう感じにならないんですよね。それは作るものにも絶対出てくると思うので。初めてロンドンでライヴをやった時は、日本語わかってくれるかなとか、緊張しましたけど、言葉がわからなくても100人いたら100通りの受け取り方があるし、解釈の違いがあるほうがおもしろい。ていうところで、ジャンルもいろいろ言われるんですね、いちばん意味がわからないけどよく言われるのがアシッド・パンク(笑)」
Yuki「ジャズド・アップ・アシッド・パンク(jazzed up acid PUNK)がいちばんヤバかった」
一同「ハハハハハハ(笑)」
Hiro「混ぜたな(笑)」
Yuki「結局なんなん?」
Koie「ロックでええやん(笑)」
Taigen「人によって呼び方が違うというのはおもしろいし、結局そういう音楽が好きなんだろというところで、言語も含めて広がるのであれば、僕はポジティヴに捉えようと思ってる」
――BO NINGENがツアーを回ったりするようになったのは、いつ頃だったんですか?
Taigen「ファースト(2010年作『Bo Ningen』)を出す前か後かくらいだったかな?」
Hiro「どれくらい回ったんですか?」
Yuki「10本ないくらいだったかな。ロンドン以外の都市を回るものといったら」
Taigen「その前にワンオフ(単発)でグラスゴーに行ったりはしてたけどね。〈なんで物販持ってきてないの?〉〈いやまだレコーディングしたりしてないから……〉っていうレヴェルの時期に。だから2009年くらいかな」
Koie「スタートした場所がちゃうだけで、やってることは俺らも一緒っすね。俺らも物販とかなかったですもん、毎回。〈あ、音源とか持ってかなあかんのや!〉みたいな、ハハハ(笑)」
Taigen「そういうなかで叩き上げられたよね。Crossfaithのいきなり17日間17本というのもそうだろうし」
Yuki「うん、(会場には)機材もなんもないから、自分らで全部持ってくのがあたりまえだろうし、すべて自分らの責任やし」
Taigen「その時期はロンドンでめちゃくちゃライヴできたよね。日本のライヴハウスのようなノルマもないし」
Yuki「言ったらやればやるだけ収入もある」
Taigen「10ポンド、20ポンドでももらえることのほうが多かったし、酒くらいくれるし。本当にひどいブッキングばかりの時期もあったけど、でもライヴはできた。僕らはリフや曲名しか決めないでライヴしたりもしていて。それで10分オーヴァーして怒られたり(笑)」
Hiro「BO NINGENのライヴが、お客さんの状況によって曲の長さや内容を変えるというのを聞いたんですけど、僕らは打ち込みのパートがあるから1曲の長さが決まっていて、一旦始まったら終わる時間はあらかじめ決まっているので、伸びたりすることはないんです」
Taigen「伸びたり縮んだりはその日の状況に合わせますね。基本的に最後の曲が15分~20分くらいになって、フェスだから絶対に押せないという場合は最後の曲で調整する」
Koie「あー、そこでアジャストするんや」
Taigen「うちら、セットリストを作るのも出番の10分前くらいなんですよ。対バンのステージを観て、その日のオーディエンスの様子を踏まえて、じゃあ今日は押せ押せ(のセット)で行こうか、みたいな」
Yuki「その日の雰囲気をみて。やっぱり毎回会場も違うから」
Hiro「それは間違いないですね、やっぱり会場の雰囲気を見ないと」
Taigen「やっぱりツアーで20本くらい回って、特にサポートで入ったりすると時間も短い。そのなかで推し曲はやらなきゃいけないんだけど、同じことばかりしていると自分たちも飽きちゃうから、その都度セットリストを変えて自分たちが楽しめるようにしているんです。まず自分たちが楽しまないと客に絶対にバレるから」
――先ほどBO NINGENはかつてはひどいブッキングの時があったという話はありましたが、Crossfaithはそういうことはこれまでにありましたか?
Koie「マネージメントしてくれているのが大きい会社なので、海外でそういうことはないですね」
Hiro「BO NINGENのひどいブッキングというのは、お客さんもバンド同士も明らかに〈これどう混じり合うねん?〉みたいなやつですよね?」
Taigen「まあそうですね」
Yuki「場末のパブですよ」
一同「ハハハハハ(笑)」
Taigen「鍛えられたけどね(笑)。客が来ないとか、全然違う客層でやるというのはいいと思うんだけど、あっちは(ライヴに来てるというよりは)普通に呑みに来てる人たちの前でやるわけで」
Yuki「日常的に店に来てるおっちゃんたちがいる。当時はもっとフリー・フォームな感じでやってたから、ノイズがギャー!ってなったりしても、おっちゃんたちは全然関係なくビール呑んで、普通にしてる(笑)」
Koie「〈今日のBGM、ちょっとヘヴィーめやな〉、みたいな(笑)」
Yuki「そのおっちゃんらを怒らせたい、くらいに思ってた」
Taigen「そういうのはあったね」
Koie「BO NINGENのライヴをYouTubeで観させてもらって、すごいパンチあんなと思ってたけど、それはこういうところからくるんですね。俺らもお客さんが全然おらんところで結成当時はやっていたから、パンチで」
Yuki「やっぱりナメられたくないというのはあった」
Taigen「こっちも日本語でやっているから、気合いでいかないと……気合いでなんとかなるのかって感じだけど(笑)。でもこういうところは日本人の強いところでもあって、日本の音楽って何が違うの?と訊かれたら、気合いかなと思うんですよ(笑)」
謎の求愛ダンス、漏電、手を舐めてくる女……
――いろんな国でライヴをやってらっしゃいますが、そのなかでも、良くも悪くもここはすごかった、ヤバかったなーというところはありますか?
Yuki「悪い意味でヤバイのは、昔は結構あったよな。ウェールズにはKohheiくん(BO NINGENのもう一人のギタリスト)に求愛ダンスを踊るおじさんがいたり」
一同「ハハハハハハ(笑)」
Yuki「どこまで行ってもついてくるんですよ。街フェスみたいな、街のいろんなところでライヴをやっているイヴェントだったんですけど、ライアーズが出るっていうんで観に行こうとしたら、そのおじさんも付いてきて。で、俺らのライヴの時間やから戻ろうとすると、そのおじさんがまた付いてきて。そこまではKohheiくんにずっと求愛していたのに、ライヴが始まった途端に俺になって、フロア・ライヴやったんですけど、おじさんがもう目の前にずっといるんですよ。最初は普通に楽しんでくれていたから良かったんですけど、だんだんおちょくってくるようになって。求愛なのかしらないけど……」
Taigen「あれは絶対彼の愛だったと思うよ」
Yuki「途中からイライラしてきて、ウザイから1回そいつのことを蹴ったんですよ。そしたらおじさんが持ってたビールが全部俺のペダル・ボードにバーッと……」
一同「ウワー!」
Yuki「俺が蹴ったからそうなったんやけど、よりキレて、もう1回しばきに行ったの。そいつは〈何もしてないやん〉みたいになってたんやけど、次の曲くらいで俺の鼻をちょんと触ってきて」
Hiro「怖い!」
Taigen「たぶん、ごめんなさいってことだったと思うよ」
Yuki「でも普通の人間はそんなことやらないでしょ、で、最終的にギターで殴ってもうたんですよ」
Taigen「そのあたりでウチのツアー・マネージャーが異変に気付いて、セキュリティーを呼んで、おじさんは連れて行かれたんです」
Yuki「それが俺のなかでいちばん腹立ったやつかも」
Taigen「酔っぱらってステージに上がってくる奴はいるけど、それがいちばん異質だったかもね」
Koie「俺らはタイがヤバかったかなー」
Hiro「タイはヤバかったね」
Koie「パブみたいな、150人くらいの小さいハコで、ライヴしていて、なんかたまにピリピリってするなーと思って。お客さんも(ステージから)めちゃ近いから、お客さんに当たったらやっぱりピリピリってなったから、これマイク漏電してるわと。MC中に日本から来てたPAさんに、日本語で〈これ漏電してるんですけど、知らないっすかねー〉って言ったら、〈わかれへん〉って(笑)。え! 続けるべきですか!?みたいな」
一同「えー!」
Koie「そしたら、次はお客さんが手に火を点けだして」
――手に火!?
Hiro「軍手みたいなのをして、そこに火を点けていたみたいで。それでテンション上がってフロアの真ん中でウォー!ってなってて……」
Koie「周りも一緒にウワー!って(笑)」
Hiro「そしたらプールとかで使う、ビニール製のいるかのおもちゃが出てくるし……」
Koie「最終的に、火の点いたやつが床に落ちて、それでみんながサッカーしはじめたり(笑)」
Yuki「150くらいのハコでしょ!?」
Hiro「ナパーム・デスがやっていたり、メタル系で有名な会場みたいで」
Koie「あとこの間もあったで、(イギリスの)サウスエンドでライヴした時に、いちばん前の女の子がずっと俺に性的なアピールをずっとしてきて」
一同「ハハハハハハ(笑)」
Koie「手とかめっちゃ舐めてくるし」
Hiro「舐めてきたの!?」
Yuki「それはハイレヴェルですね」
Taigen「さっきのYukiに求愛していたおじさんと性別逆ヴァージョンだ」
ヴィジョンを持つこと、それを口に出すこと、そして気合い
――いろいろありますね……。話は変わりますが、Crossfaithは海外でツアーをするようになったことで、改めて日本人のバンドであるということをより意識するようになったりしましたか?
Koie「やっぱり日本人で海外でもやっているバンドはそんなに多くないから、そういう意味で責任感というか、(日本から)来ているからにはぶちかましたいなというのはあります。アジア圏に行くと、〈お前らはアジアの誇りだ!〉って言ってくれるんですよ。欧米に行ってアジアの人に会っても言われるし」
Taigen「それはいいな」
――一方でBO NINGENはイギリスのバンドであり、日本のバンドであり、という両方のアイデンティティーを持っているわけですよね。2014年の〈SXSW〉にはイギリスのバンド枠で出演していましたし※。
※NMEがキュレーションを務めた、イギリスのバンドのみによるショウケース〈ブリティッシュ・ミュージック・エンバシー〉に出演
Taigen「イギリスのバンドとして海外でやらせてもらえたというのは嬉しかったし、そういう(イギリスのバンドである)意識は出てきたかな」
Yuki「形としてはイギリスのバンドなんですよ、僕らがどう思っているかというだけで」
Taigen「もちろん、ロンドンでやりはじめたとはいえ日本人のバンドだから、大和魂じゃないけど、日本をレペゼンしていかなくちゃいけないとマジで思っています。どこの国でも、ライヴの最初のMCでは〈BO NINGEN from London originally from Japan〉と言っているし。どちらかではなく、日本もイギリスも両方レぺゼンしているつもりなんです。だから日本では、日本のバンドのみの〈RISING SUN〉にも出たし、〈サマソニ〉では洋楽アクトのみの〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉にも出たり※もする。日本は洋楽と邦楽で聴いている層が違うから、そういうポジションを活かして、どっちにもアプローチしていきたいですね」
※昨年の〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉に出演。
Yuki「自分は20代のすべてをロンドンで過ごしていて、その時期の10年って人生においてすごく大きいじゃないですか。音楽的なことだけでなく、自分を形成するという意味でも。ロンドンという街で育まれた自分が作ってる音楽やから、僕がどうギターを弾くかというのもそこが関係してる。でも僕は関西人やし」
Koie「兵庫っ子だけどロンドンっ子でもあると」
Yuki「そうそう(笑)、そういうイメージ」
Koie「そこは違うよなー。住んでるところが違うと絶対違うと思う」
Hiro「英語を喋るというのも、またアイデンティティーが1個増える感じがありますよね」
Taigen「確かに。故郷が増えてる」
――Crossfaithは拠点を日本以外の場所にするという選択肢はこれまでにあったんですか?
Koie「海外に住もうか、という話は何回もありました。でも……なんでやろな。タイミング?」
Hiro「ツアーもずっとイギリスやアメリカを回り続けているんじゃなく、いろんなところに行くわけじゃないですか。それで自宅を長い間離れるとなると、家賃払うのが馬鹿らしくなるっていうか(笑)。だからまだ日本でいいかなと。長く落ち着くタイミングがあったら引っ越そうという感じですね」
Koie「だからこの先はわからないですよ。バンドがもっと大きくなって、海外に住めるくらいの余裕ができたら行ってみたいと思うし。同じ所に長く住むのもいいけど……〈人生一度きり〉なんで(笑)」
――おお(笑)!
Taigen「接待プレイじゃないですか(笑)。まあでも本当に、ツアーでいろいろ回っているから家賃がもったいないというのはありますよね。イギリスはサブレット(また貸し)のカルチャーがあるからまだなんとかなってるけど、日本だとそういうのは難しいし。住むのとツアーで行くのとでは全然違うからね、いくらオフがあるといっても」
Hiro「そうそうそう」
Koie「(行った土地の)表しか見えへん」
Taigen「僕らも逆に〈日本に戻ってくることはないですか?〉って訊かれるけど、同じように今後どうするかわからないし」
Yuki「ベルリンに行くかもしれないしね」
Hiro「あー、ベルリンいいですね!」
Taigen「ツアーで行って、ここに住みたいなと思ったところはある?」
Koie「俺はイギリスに住んでみたいですね」
Hiro「オーストラリアって言ってなかった?」
Koie「オーストラリアもいいんだけど、もうちょっと歳取ってからでいいかな(笑)」
Taigen「わかるー! 特に、俺らがオーストラリアに行った時はちょうど真夏で、極寒のロンドンから行ったから物凄い温度差(笑)。ここに住んだらいまのような音楽は作れないだろうなと思った(笑)」
Koie「確かに(笑)。だから俺はイギリスがいちばん落ち着くなと思った」
――では、海外に出ていくこと、そこで成功するために重要なことはなんだと思いますか?
Koie「……一生懸命やること(笑)」
Yuki「ひたすら(ライヴを)やりまくることじゃないですかね」
Taigen「ライヴを1回やっただけでやった気にならないで、回数を重ねること。ドサ回りみたいなところからやっていくことですかね。1回のツアーじゃ絶対にわからないと思うし」
Hiro「その過程をメンバーと楽しんでやれたら最高ですよね」
――その前に、海外でライヴをすること自体がやっぱり大変なことだと思いますが。
Taigen「でも敷居は下がっている気がしますけどね。〈SXSW〉や〈Great Escape〉といったフェスには日本人のバンドも結構出てるし。でもそこでライヴして、ロンドンで軽くライヴやって帰っちゃうんじゃなくて、プロモーションもがんばってやって次に繋げようとすることも大切だと思います。どこかの雑誌に〈イギリスでのライヴも大盛況!〉と書いてもらうためだけに来てるんか!みたいなことも多いから。だからCrossfaithの〈Download Fes〉のメイン・ステージに立ちたいという心持ちはすごく大事で。それを口に出すことがスゲーなと思う。言霊って大事。それで叶えたというのはもっとすごい」
Yuki「ほんと素晴らしいと思う」
Taigen「ヴィジョンを持つこと、さらにそれを口に出して、そこに気合いが伴えば(笑)。そういうのはライヴにも表れると思うし」
Yuki「自信を持つこと、それでがんばること」
――〈Download Fes〉のメイン・ステージに出演するという目標を達成するまで、私は早かったなという印象です。
Koie「めっちゃ飛ばしましたからね(笑)。運良くチャンスが来たから、そのチャンスを無駄にしないように、ポイントを押さえてやっていった感じですかね。楽しかったからできたというのはあります。もちろん海外でツアーしていて、もう疲れた、帰りたいって思うこともあるんすよ」
――あります?
Koie「ありますよ! 人間ですから(笑)。それをどうポジティヴに捉えるか、ですかね」
Hiro「(海外で活動するなかで)予定調和なことはほぼないし、それを自分たちのヴァイブスで乗り切るって感じですかね。本当に海外でやりたかったら、とにかく行くやろうし」
Koie「どんな職業でも同じだと思います」
――では最後に、今後チャレンジしたいこと、目標みたいなのはありますか?
Hiro「僕はプロディジーとツアーを回りたいです」
Taigen「いいですねー」
Hiro「あと南米ツアーもしたい」
――Crossfaithは南米と相性が良さそうですね。
Yuki「カオスや言いますよね。1回好きになるとファンが離れないというのはよく聞きます。ロシアも一緒みたいで。やっぱりあんまり海外からアーティストが来ないから、来るとみんな嬉しいみたい。じゃあ僕らは……〈コーチェラ〉のメイン・ステージにしとく(笑)?」
Koie「それヤバイすねー(笑)」
Taigen「そうだね。〈コーチェラ〉は僕たちがこれまで出たフェスのなかでいちばんデカイものだし(2014年に出演)、出られたこと自体はありがたいんです。でも、Crossfaithもいろんなフェスに出てるからわかると思うんですけど、メイン・ステージは(他のステージとは)違うんです。というのと、もうちょっとヘッドラインのライヴの規模を日本も他の国でも上げていかないといけないなと思っています。もうひとつステップアップしたい」
Koie「それは俺らもそうですね。海外ではもう一段階ステップアップしたいですね。〈Download Fes〉のメイン・ステージに出たと言っても2番手やったし、やっぱり最終的にはヘッドライナーで出たいわけで、そこは変わらず見ていたい目標かなと」
Taigen「フェスだと観客が2万人、3万人いる景色が観られるけど、そこには当然自分たちを観にきた人以外の人がたくさんいるわけで、そこを自分らのためだけに来てくれる人たちで埋めたいというのは毎回すごく思う」