英国ロンドンの4人組バンド、Bo Ningenのメンバーとして知られ、ギタリスト/シンセサイザー奏者/コンポーザー/ビジュアルアーティストとして多岐にわたる領域で活躍してきたKohhei Matsudaによる、純粋な音楽作品としては初のソロアルバムが完成した。長年ソロライブで取り組んできたギター演奏とテープ編集という2種類のパフォーマンスを、ある種のドキュメンタリーとしてわずか1日の間にスタジオレコーディングした作品で、即興的なライブ感を漂わせながらもミュジーク・コンクレートやサウンドコラージュを彷彿させるような、あるいはミニマル/ドローンな質感の録音芸術へと結実している。
その制作プロセスやアルバムコンセプト、音楽から哲学や文学にまで至るインスピレーション源などについて、Kohhei Matsudaに話を訊いた。

Kohhei Matsuda 『Blue Variations Vol. 1』 MAGNIPH(2021)
日記のように録り溜めたテープ
――今回、10年以上録り溜めたカセットテープのアーカイブが音素材として使用されていますが、もともとアルバム制作に向けて録音をされていたのでしょうか?
「いずれはソロアルバムを作りたいとはずっと思っていましたけど、作品のためにカセットテープの録音を始めたわけではなくて、ちょっとした趣味のような感覚で録音していたんです。たとえば一人でギターを弾いてその音をスケッチするような感じで録ったり、友人が家に遊びに来た時に一緒に音を出しながらテレコ(テープレコーダー)を回してみたり。日記のような感覚で、そんなに目的もなく録り溜めていました」
――カセットテープを使った録音を始めたのはいつ頃でしたか?
「2007年頃だったと思います。ちょうどBo Ningenを結成した時期で、バンドでツアーに行くときにテレコを持っていって街の音を録音したり、リハーサルでサウンドチェックをしている時に録ってみたり。日々の習慣のような感じで録っていましたね。
僕はBo Ningenを結成してから意識的に音楽活動に取り組むようになったんです。それまではバンドをやったことがなくて、家で一人でギターを弾くぐらいだったんですが、2006年にTaigen(Kawabe)くんとデュオで最初のBo Ningenを始めて、その時期にノイズ/コラージュ系の音楽をよく聴くようになりました。フランスのミュジーク・コンクレートとか、ああいった古いテープ音楽です。あとは恩田晃さん。彼の音源を聴いたりライブを観たりしてすごくカッコいいなと思って、それもあってカセットテープで録音し始めました」
――恩田さんもまさに日記のようにカセットで日常の音を録り溜めていく活動をしていましたよね。そうした録音制作を行うためにテレコを入手したのでしょうか?
「実は自分が今でも使ってるテレコは拾い物なんですよ。2007年当時は知人とアパートをシェアして住んでいたんですけど、ある日そのアパートの物置を見たらなぜかテレコが落ちていて。みんな〈自分のじゃない〉と言っていたので、だったらせっかくなので使ってみようかなと。ちょうど恩田さんの音楽やミュジーク・コンクレートがすごく好きだった時期に、たまたまタイミングよくテレコを手にすることになったんです」
――現実の音とカセットテープに録音した音だと質感が異なりますよね。自分で録音した音を聴いた時、最初はどんな感覚を抱きましたか?
「〈良い音だな〉と感じたことは覚えてます。テレコで録音を始めた当時は、まだスタジオで本格的にレコーディングするという経験をしたことがなくて、自分が持っていたギターアンプも大したものじゃなかったので、なかなか好きな音が出ないなと思っていたんですよ。
それが、テレコに付いているマイクでエアー録音してみたら、ちょっとガサガサした感じのローファイな音になって、その音色がすごく好きだった。それは覚えていますね。それでしばらくしてから、録り溜めたテープ音源をライブで使うようになっていったんです」
――ライブで使い始めたのはいつ頃からですか?
「たしか2010年頃だったと思います。年に2~3回ほどソロでライブをやっていたんですが、その頃からソロでやる時はテープとギターの2本立てでライブをやるようになりました。1セットが30分ぐらいなので、まずはテープで15分ほどパフォーマンスをして、そのあと15分ほどギターでメロディーを繰り返す感じの演奏をして。
当時はギターアンプからテープの音を出していたんですが、そうすると磁気テープの〈サー〉っていうヒスノイズが強調されるので、それが会場空間に浸透していく感じがとても面白かったですね」

即興は〈時間が来たら終わる〉
――ソロのライブにおけるテープとギターという2本立てのフォーマットが、今回のソロアルバムにも反映されているんですね。
「そうです。今回の作品はレコーディング自体もライブのようにしようと思って、スタジオに入って1日で仕上げました」
――どういった経緯でアルバムを制作することになったのでしょうか?
「2019年12月に友人のKoichi Yamanoha(Grimm Grimm)が東名阪ツアーをやった時に、僕もソロで一緒にツアーを回ってライブしたんですね。そのブッキングを組んでくれたのが今回アルバムを出すMAGNIPHの春日勇人さんで、ライブを観た後に〈この感じでアルバム出さない?〉って声をかけてくれたんです。
実は僕、5年以上前からずっとソロのアルバムを作り続けていたんですが、ベッドルームレコーディングで制限がないのでなかなか終わらなくて。どうしようかと悩んでいたところだったので、〈スタジオに1日だけ入ってドキュメントのように仕上げる〉というアイデアなら完成させることができるかなと思ってアルバムを作ることに決めました。それで2020年1月末に1日だけスタジオに入って、ツアーの時のライブの雰囲気でドキュメントしようと思って、ライブと同じような状態に楽器をセットアップしてレコーディングに臨みました。ただ、実際にはライブみたいに一発録りで完成したわけではなくて、曲によっては何テイクか録ってから選びましたけどね」
――録音素材を切り貼りして作ったのではなく、スタジオで演奏したものをライブ録音のようにレコーディングしたと。
「そうです。テープの曲はテレコ2台とルーパー2台、いくつかのエフェクトペダルを使って、リアルタイムでテープを編集していくような感じで録りました。なので感覚としてはテープを演奏しているというよりも編集していると言った方が近いかもしれない。記憶を編集しているというか。
テープには何を録音したのか具体的に書いているものもあって、たとえば鳥の声を録音したテープには〈Birds〉と書いてあるんですけど、何も書いていないうえに何を録音したのか覚えていないテープもたくさんあるんですよ。その意味では出たとこ勝負というか、テープがブラックボックスになっているところもありました」
――用意したテープは全てKohheiさんがテレコで録音した音源ですか?
「基本的にはそうです。たとえば“TAPE 1”の冒頭ではサミュエル・ベケットの朗読の声を使っているんですが、あれはベケットの朗読をスピーカーから流しながら自分のテレコで録音したテープなんです。
あとは4トラックのMTRで昔録音した音源も使いました。4トラックで録音したカセットテープをテレコに入れて再生すると音がちょっと変な感じになるんですよ。スピードが落ちたり、どういう変化が起きるか予測しづらいところもあって、そういう部分も取り入れながらやりましたね」
――ある意味で不確定的と言いますか、テープを用いた即興的なパフォーマンスを録音した作品なんですね。
「そうですね。言ってしまえばレコーディング自体をインプロビゼーションの枠組みで捉えていましたね。僕はギタリストのデレク・ベイリーがすごく好きなんですけど、彼が〈即興のコンサートで終わりがいつ来るかわかるんですか?〉って訊かれた時に〈時間が来たら終わる〉って答えたことがあって、その通りだなと思った。インプロビゼーションのライブは原理的には時間が来ないと終わらないんですよ。ライブでなくても、日常的に音楽のことは考えていますし作ってもいるので、常に続いているものをどこかでカットしなければならない。そのための枠組みを設定して切り取るというか、始まりと終わりを設けて取り出さないと先に進めないとは思っていて、それもあってスタジオで1日で録るということを決めたんです」
テープ=記憶をコラージュする
――今回のテープ作品は完全に即興で手元のテープを操作していったのでしょうか? それとも事前に作成したラフスケッチのようなものもあったのでしょうか?
「ラフスケッチはありました。ツアーのライブで使用していたテープをセットごとにメモしていたので、レコーディングの時もあらかじめ使用するテープをいくつか決めていて。素材を限定するというか、ある意味では作曲した作品とも言えますね。たとえばですけど、〈この3つのテープを使う〉と決めておけば、テープのどの部分を切り取って組み合わせても同じ曲になると言えるとは思うんです。
あとは現実的な問題として、特にライブでやる場合に、あらかじめ使用するテープを決めておかないと混乱してしまうこともあります。なので、それぞれのテープに番号を振って、どの番号のテープの組み合わせでやるかを事前に決めていました。テープの組み合わせはツアーの時にライブをやる中で徐々に方向性を決めていきましたね。時間軸上の構成や展開は特に決めていなかったです」
――テープの音素材は、音色や音量、音高などあくまでも物質的な音の特徴にもとづいて使用しましたか? それとも録音した文脈も含めて使用しましたか?
「いわゆるミュジーク・コンクレートだと楽音/非楽音を全て物質として等価に扱いますけど、僕の場合はもともとテープを録り溜めていた動機として日記をつけるような感覚があったので、ライブやレコーディングで使用する時は単に物理的な音としてだけ捉えるのではなくて、いわば記憶を物質化するような感じがありました。たとえばピアノの音だったら実家に里帰りしている時に弾いた音なので、その時の記憶を物質として対象化することで、記憶と向き合っていくという感じです。もちろん、いつどこで録ったのか全て正確に記憶しているわけではないですけどね」
――テープを操作/編集しながら記憶をコラージュしていくと言えばいいでしょうか?
「そうですね。まさに記憶をコラージュしていく感覚です」
――今回のアルバムにはテープ作品が3曲収録されていますが、それぞれの楽曲によってサウンドの特徴もかなり異なっていますよね。各楽曲にはどのようなテーマがありましたか?
「何かテーマを設けてからレコーディングしたわけではなくて、レコーディングの時はとにかく音を組み合わせて最適なものを生み出そうということだけを考えていました。
ただ、あらためて聴き直してみて気づいたんですが、楽曲ごとに使用したマテリアルが一定の傾向に分かれているんですよね。“TAPE 1”は今僕が住んでいるアムステルダムで録音した音が多くて、ピアノの音だけ岐阜県の実家で録っているので、すごく遠い過去とほぼ現在ぐらいの近い過去の組み合わせになっている。“TAPE 2”はロンドンでの録音が多くて、テレコで録音し始めた時期に部屋でギターで弾いた音をメインに使っています。“TAPE 3”は学生時代に課題で作った音がもとになっているんですよ。僕はいわゆるアートスクールに通っていたんですが、1年目にファインアート学科に所属していて、その時にコンピュータで作った音源なんです。もう15年ぐらい前ですね。その音源を4トラックのMTRでカセットテープに録音したものを使用しています。なので、それぞれの楽曲ごとに録音した場所や時期が分かれているんです」

和音のように混じり合うギターの残響音
――今回のアルバムにはソロギターの楽曲も2曲収録されています。先ほどデレク・ベイリーの名前が出ましたが、ギター曲を録音するにあたってインスピレーションを得たギタリストやミュージシャンは他にいましたか?
「ギタリストは色々いるんですよ。強いて名前を挙げるとしたら、たとえばニール・ヤング。96年に出た『Dead Man』という映画のサウンドトラックがありますけど、あの音の感じからは意外と影響を受けているんじゃないかな。
あとは今回のアルバムで言うと、ギター作品に限らず全体としてですけど、ジョン・フェイヒィが結構深いところにあったかもしれません。特にジム・オルークがプロデュースした97年の『Womblife』。それこそギターとテープによるアルバムで、フェイヒィのギター演奏をオルークが加工/編集してコラージュしたサウンドがすごく好きなんですよね」
――フェイヒィはギターの音色が非常に独特で、余韻を持たせた残響音も特徴的ですよね。今回のKohheiさんのギター曲も、音の響き方や残響音に着目しても面白く聴けるなと思いました。
「残響音は僕も好きですね。残響音を含めて上手いバランスを見つけたいなとは思っていました。特に“GUITAR 2”は演奏音と残響音のレイヤーのバランスにこだわっていて、どちらかがオーバーテイクし過ぎないようにしようと考えていたんです。“GUITAR 2”はほぼ全て単音の演奏で、コードを掻き鳴らしたりしていないんですが、単音の残響音が長く残っていくとまるで和音のように混じり合うんですよね。そこから意図しない響きが発生していく。それは記憶とか夢のプロセスに似ているのかなとも思います」
――“GUITAR 2”は完全即興で演奏されたのでしょうか? それともあらかじめ使用するフレーズを用意していたのでしょうか?
「フレーズは用意していませんでした。ただ、マイナースケールとプラスαといった感じで、演奏中に使っていい音は最初に決めておいて、そのルールを守りながら即興で演奏していったんです。
あと演奏するおおよその時間と漠然としたサウンドの印象も決めていました。なので素材を限定するという意味で言えば、“GUITAR 2”は発想としてはテープ作品と似たところがあります。つまり限定された枠組みをあらかじめ用意しておいて、その中で何回も演奏したテイクから選んでいるんです。
実は“GUITAR 2”は2つのテイクをそのまま重ねているんですよ。5~6テイクぐらい録って、厳密に時間を計りながらやったわけではなかったんですが、奇跡的にほぼ全てのトラックが10秒程度の誤差でおおよそ同じ長さになったんです。その中から良いと思ったテイクをひとまず1個決めたんですけど、聴き返してみるとちょっと演奏が堅いところもあって。それでどうしようかと考えた時に、もう1個のテイクを重ねたらフォーカスがブレて幅が出るんじゃないかと思って、そのまま重ね合わせました。結果的にはあんまり多重録音しているようにも聴こえないし、思ったよりも良いサウンドになりましたね」
エフェクターを使って面白い音を出してもエフェクターの音にしかならない
――それはまさに無意識的な演奏のプロセスが浮かび上がってきたとも言えそうですね。ギターのセッティングはどういった機材を使用されましたか?
「セッティングはすごくシンプルにしました。エフェクターはリバーブのペダルを2つ、短めの残響が出るペダルと長めの残響が出るペダルを使っています。“GUITAR 1”では他にルーパーとディレイを使っていて、フレーズをループさせながらどんどん重ねていくスタイルでやりました。“GUITAR 1”はあらかじめ構成とコード進行を決めていて、長さはその時々で変化するようにしているんです。
ギターの機材で極端に音が変わってしまう飛び道具的なものはあまり使わないようにしようとは思っていましたね。もちろん飛び道具的な機材を自分の楽器として自家薬籠中のものにできていれば使ってもいいとは思うんですけど、そうでなければちょっとイージー過ぎるかなと。単にエフェクターを使って面白い音を出しても、それは結局エフェクターの音にしかならないですから」
――確かに今回の作品ではギターの音がものすごく良く出ていると感じます。“GUITAR 1”は多重録音ではないですよね?
「多重録音ではないですね。“GUITAR 2”で2トラックを重ね合わせたこととミックス/マスタリングを除くと、今回のアルバムではポストプロダクションで加工/編集を施したりすることは基本的にはやっていないんです。
“GUITAR 1”は1トラックで、しかも1テイクしか録っていないんですよ。何回も繰り返しても良いものが録れるタイプの曲ではなかったので、予定よりも演奏時間が少し長くなってしまったんですが、これでいこうと決めました。
あの曲は7~8年ぐらい前にプロトタイプを作っていて、ソロでライブをやる時によく演奏していたんですね。そこから何年かかけて複雑な曲に変化していったんですが、もう1回リセットして一番シンプルなフォームに戻そうと思って、それで今回収録した形になりました」
――KohheiさんはBo Ningenを始めバンドやグループでもギタリストとして活動されてきましたが、バンドやグループで演奏する時とソロで演奏する時は同じギターでも向き合い方が違うものなのでしょうか?
「そう思います。誰とやるか、何人でやるかでやっぱり考え方も変わってきますね。たとえばBo Ningenで演奏する時は、ギターだけ取り出してもそんなに面白くない音楽だなとは思っているんです。Bo Ningenで僕が心がけているのは、誰にでも弾けるようなシンプルなものを、今まで誰も思いつかなかったようなやり方で演奏したい、ということなんです。なので機能的な部分が大きいと思います。
けれどソロでやる時は自分一人しかいないので、まずはギターだけで面白い音楽にしないといけないですよね。その中で、いろんな要素を入れすぎないように自制する必要も出てくる。ただ、そうは言っても同じ人間がやっていることなので、完全に別ものとして切り離して考えることも難しいですけどね」

過去の音楽の根っこに立ち戻って、違う道筋があり得たんじゃないかと考える
――今回のアルバムの制作期間中に特に刺激を受けたミュージシャンやアーティストはいましたか?
「色々いるんですが、一人はローレンス・イングリッシュです。特に『Cruel Optimism』(2017年)のテクスチャー。激しさと優しさが同居しているような独特の質感からは刺激を受けました。
あと空間現代のメンバーは友人なのでたまに話すことがあって、そういうところも含めて影響を受けることはあります。
他にはアラバスター・ デプルームという詩人/サックス奏者がいて、Bo Ningenでよく使っているスタジオにいつもいるので仲良くなったんですね。その縁もあって彼のバンドに何回か参加してギターを弾いたことがあるんですけど、ライブでバンドに曲を演奏させる方法がすごく自由なんですよ。枠組みはちゃんとあってコード進行も決まっているんですが、その中で各演奏者が一番良いと思うことができるようにアレンジしてくれる。曲のメロディーもすごく良いんです。なので彼と一緒にやった経験は大きいですね。
あとはワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの『Age Of』(2018年)がすごく好きで、これが一番刺激を受けているかもしれない」
――刺激を受けた音楽と今回のアルバムが似ていないというのも興味深いです。それはKohheiさんがある種の制約を設けて音楽制作に取り組んでいるので、影響関係が直接的には出ないということのようにも思います。
「それはあると思います。やっぱり制約がないと、好きな音楽にはどうしても似せたくなってしまいますからね。今回の作品で言えばギターとテープを使うというのも一つの制約ですし。表面的に似た音楽を作るよりも、出来るだけ影響源の根っこの部分にあるものを自分にフィードバックさせたいなとは思っていて」
――旧来の価値観や制約を壊すことで新しい音楽を作るというよりも、新たな制約を設けることで音楽自体をアップデートしていくと言えばいいでしょうか?
「そうですね。少なくとも壊すという方向ではないと思います。かといって古い価値観や制約を大事にしたいわけでもなくて、過去の音楽の根っこの部分にまで一度立ち戻って、そこから現在に至るまでに違う道筋があり得たんじゃないかと考えるのが好きなんです。ある種のフォームの中で、少しだけ位相がズレた世界を探求するというか。
それはたとえば即興演奏をする時も同じだなと感じています。即興演奏はあらかじめ決まった曲を再現するわけではないので、その都度次の音を現在の時間の中で選んで弾いていかなければならないじゃないですか。ということは、選ばれなかった音がある、ということも演奏の中で同時に示していると思うんですね。だから即興演奏というのは実際に演奏された音のネガを示す行為でもあるというか、その時に可能であったかもしれない別の世界を示唆するような音楽のやり方だなと思っていて。それは過去に遡ってから別の道筋を探すということと似たような話だなと」
〈直線上の迷路〉
――プレスリリースには、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ジル・ドゥルーズ、それに古川日出男さんのテキストが引用されていました。お話を伺っているとKohheiさんのアイデアには非常にボルヘス的なところもあるなと感じたのですが、文学や哲学からインスピレーションを得て音楽活動にフィードバックすることも多いのでしょうか?
「どちらかというと僕の音楽のインスピレーション源としてはむしろ文学や哲学の方が多いですね。もちろん他のミュージシャンの音楽を聴くことも好きなんですが、とても近すぎて、それが影響関係に変わった時にストレートになってしまい易いということもあります。小説や哲学書を読んでいて音が聴こえてくるような瞬間もあって、それは物語のサントラ的なものを感じるというわけではなくて、僕自身の根本的な考え方に影響してくるというか。
それこそさっき話した〈過去から現在に至る別の道筋を探す〉という考え方や感覚はボルヘスから来ていると思うんですよ。ドゥルーズは最初は日本語で読もうとしたら漢字が多すぎて挫折したんですが、英語だと意外と文章が綺麗ですんなりと読めるんですよね。読みながらイメージが湧くこともよくあるので、ある種の文学としてドゥルーズを読んでいるのかもしれないです。今回引用した3つの文章は、自分の音楽活動の根幹にある考え方と近いと思って載せました。ドゥルーズがボルヘスを引きながら書いている〈直線上の迷路〉という言葉もアイデアとしてすごく好きで」
――今回の作品でも、テープ作品で記憶をコラージュしたり、ギター作品で無意識的な演奏の痕跡を浮かび上がらせたりしているところなど、まさに〈直線上の迷路〉という言葉のイメージとすごく近いサウンドだなと思いました。文学や哲学で他に刺激を受けた作品はありますか?
「グアテマラ出身の最近の作家でエドゥアルド・ハルフォンという人がいるんですが、彼が書いた『ポーランドのボクサー』という小説があって、それも僕の制作活動の根源的なところにインスピレーションを与えてくれる作品です。
最初に読んだ時にすごくよく理解できるなと思ったんですよ。本当に水のような感じで身体に染み入ってきて。ハルフォンはユダヤ系のグアテマラ人で、祖父がポーランド出身で強制収容所を生き延びた人という、ルーツやアイデンティティーが複雑な人なんですね。『ポーランドのボクサー』は私小説的な短編集で、大枠としてはハルフォンが自身のルーツを探求していく話なんですが、並行してセルビア人の父とジプシーの母を持つピアニストも出てくる。
それで、僕自身も18歳以降はずっとイギリスやオランダで外国人として暮らしてきたので、足元が不安定で、いつか何かが起きて国を追い出されるかもしれないという恐怖と常に隣り合わせでもある。
そういう自分の境遇と重なり合う部分もありますし、短編集を読み通すことで横糸が繋がって何かが浮かび上がってくるという構成はアルバムのようでもありますし、本当にいろんなレベルで影響を受けているんです」

ジョン・フェイヒィやマーク・リボーとディス・ヒートの間にある〈ブルース〉
――最後に、野暮な質問かもしれませんが、Kohheiさんにとって今回のアルバムはどんなジャンルの音楽だと捉えていますか?
「難しいですね……なんだろうな。アンビエント的な要素もあるとは思うんですけど、アンビエントミュージックではないとは思うんですよね。そういう風にカテゴライズされることが嫌なわけではなくて、コンセプトとしてアンビエントではないですから。強いて言うなら、レコード屋ではジョン・フェイヒィやマーク・リボーといったギタリストとディス・ヒートの間に置いてもらえたら嬉しいかもしれないです。
それか、あまりジャンルにはこだわってはいないんですが、大きな括りで言ったらブルースだとは思っています。ブルースってAメロ→Bメロ→サビみたいに展開していくわけではなくて、同じ要素が延々と続いていく音楽じゃないですか。そういった形式に僕の今回の作品も近くて、物語が時間軸上を進んでいくというよりは、空間的に音を捉えているところがありますし。あと全体的にそんなにハッピーなサウンドではない。まあこれは〈Bo Ningenはロックだ〉ぐらいの大雑把な括りではありますけどね」
――今回のアルバムタイトルが『Blue Variations Vol. 1』となっていることにはそういった意味合いもあるのでしょうか?
「そうです、そうした意味も込めているんです。あとは単純に僕が青色を好きだということもあります。ただ、青とは言っても色々な種類の青があって、僕は昼と夜の中間ぐらいのちょっとくすんだような空気の色が好きなんですが、それはどっちつかずでもあるというか、色々なところの境界で揺れているような感じも意味合いとしては込めました」
――タイトルに〈Vol. 1〉と付いていますが、これはシリーズとして今後も続いていくということなのでしょうか?
「はい。シリーズ化していけたら面白いなとは思っていて、自分に課す意味も込めて付けました。僕はシンセサイザーも弾くんですが、おそらくギターとテープに限定したシリーズになっていくのではないかと思っています」
RELEASE INFORMATION

Kohhei Matsuda 『Blue Variations Vol. 1』 MAGNIPH(2021)

リリース日:2021年11月26日
品番:MGCT-4
フォーマット:カセットテープ/デジタル配信
価格:1,650円(税込)
配信リンク:https://silentlink.co.jp/bluevariationsvol1
TRACKLIST
A-Side
1. TAPE 1
2. TAPE 3(カセットのみのボーナストラック)
3. GUITAR 2
B-Side
1. Guitar 1
2. TAPE 2
PROFILE: Kohhei Matsuda
オランダ、アムステルダム在住のギタリスト/コンポーザー/ビジュアルアーティスト。英国ロンドンを拠点に活動するロックバンド、Bo Ningenのメンバー。ハーピストのセラフィナ・スティア、ロンドンジャズシーンの詩人アラバスター・デプルーム、シンガーソングライターのGrimm Grimm、ジョセフィン・フォスターらの作品への客演や、元ヤックのフロントマン、ダニエル・ブランバーグとのプロジェクト〈Hebronix〉、アニマル・コレクティヴやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのPAを務めたエジェイ・サガーとの〈University Challenged〉、映像作家の石田悠介への楽曲提供など、多岐にわたり活動する。

