BIGYUKIこと平野雅之がア・トライブ・コールド・クエストの新作『We Got It From Here… Thank You 4 Your Service』に参加したことも大きな話題となっているように、NYを主戦場に活躍する日本人ジャズ・ミュージシャンが、人種/国籍/ジャンルなどの垣根を越えたワールドワイドな活躍を見せている。テレビ朝日「報道ステーション」の新オープニング・テーマを手掛けるJ-Squadのデビュー・アルバム『J-Squad』は、そういった勢いを反映させた〈逆輸入〉の一枚だ。黒田卓也(トランペット)、中村恭士(ベース)、小川慶太(ドラムス)、大林武司(ピアノ)、馬場智章(サックス)という本場のミュージシャンも唸らす5人が集結し、いわゆる企画物の範疇を超えた〈いま聴くべきリアルなジャズ〉がここには鳴っている。今回は、そんなスペシャル・バンドとアルバムの全容を掘り下げていきたい。 *Mikiki編集部
J-Squad結成の経緯と各メンバーの歩み
「報道ステーション」のテーマ曲、と言われて頭に思い浮かぶメロディーは、溌剌としたアルト・サックスのブロウであったり、クールで知的なピアノのメロディーであったりと人それぞれだろう。同番組では、これまでも第一線で活躍するジャズ・ミュージシャンをテーマ・ソングに起用してきた。初代の松永貴志・矢野沙織のコンビ、2代目の森田真奈美に続いて、今年4月にリニューアルされた3代目のテーマ・ソング“Starting Five”のために結成されたのがこのJ-Squadだ。番組の公式ページによると、新たにメイン・キャスターとなったアナウンサーの富川悠太を先頭に、次なる挑戦へと向かう「報道ステーション」の心機一転を図るため、テーマ曲も海外で挑戦を続ける若いアーティストにオファーしたのだという。
メンバーの共通点は、全員がアメリカを中心に活動する20代~30代の若手ジャズ・ミュージシャンであるということ。さらに、彼らのいるNYを中心としたコミュニティーは世界のジャズ・シーンにおいても極上のホットスポットであることも付け加えておきたい。まずはそれぞれのメンバーを紹介していく。
2014年に日本人として初めてUSブルー・ノートと契約して『Rising Son』でメジャー・デビュー。今年9月にはコンコードからメジャー2作目となる『Zigzagger』をリリースし、日本でも〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉でのMISIAとの共演に、ceroやJUJUといったアーティストとのコラボでも知られるトランペッターの黒田卓也。
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黒田の『Zigzagger』にも参加しており、ホセ・ジェイムズのバンドのレギュラーを務めているピアニストの大林武司。彼もつい先日、日本版『Double Booked』とも言うべき挑戦的なクロスオーヴァーを実践したリーダー作『Manhattan』をリリースしたばかりで、来年には同作を引っ提げての来日ツアーも決定。ちなみに、日米合同の精鋭チームであるニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットの中心メンバーでもある。
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大林と共にニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットの中核をなすベーシストの中村恭士は、もはや日本でも“Yasushi Nakamura”というアルファベット表記のほうをよく見かけるかも知れない。クリスチャン・スコットのバンドのピアニスト、ローレンス・フィールズと共にリーダー作『A Lifetime Treasure』をリリースした彼は、NYの最先端ジャズ・シーンで引っ張りだこの存在だ。
ドラムを担当する小川慶太はグラミー賞にも輝いたマルチ音楽集団、スナーキー・パピーのメンバーでもある。世界的パーカッショニストとしてヨーヨー・マや山中千尋、原田知世からスライ・フィフス・アヴェニューまでジャンルを超えた共演でも知られており、その実力は折り紙付きだ。
メンバー最年少の23歳、サックスの馬場智章は札幌出身。小学生の頃から札幌ジュニアジャズスクールで学び、同期には寺久保エレナや石若駿といったスタープレイヤーが揃っている。バークリー音楽院に全額奨学生として入学し、在学中から数々の賞を受賞。世界有数のジャズ・フェスとして知られる〈ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル〉にも出演している。
ワールド・スタンダードな実力が発揮された、懐の深いアルバム
このように実力派たちが集ったスーパー・バンドのデビュー作『J-Squad』では、シーンのど真ん中で培われた緻密なアレンジやフレッシュなビート感覚と、往年のジャズ・ファンをも唸らせる自由奔放なアドリブが冴え渡っている。アルバムの幕開けを飾るのは、小川の乾いたドラムのサウンドと、中村のしなやかなベースによるダンサブルなイントロでアレンジされた“Starting Five”のロング・ヴァージョン。黒田と馬場のホーンが切れ味良く雪崩れ込み、それを煽るように大林のピアノも加わっていく。
セクションによって、ストレートな4ビートとダンサブルなラテン調のパートとを行き来するこの曲は、さまざまなフィールドで活動するメンバーそれぞれの魅力を詰め込んでいるかのようだ。さらに、黒田は自分のリーダー作で見せているコントロールの効いたクールなプレイだけでなく、熱くヒートアップするソロを聴かせているし、大林はホセ・ジェイムスのバンドや黒田のアルバムでのカラフルなキーボードとは違った、ストレートアヘッドなピアノで彩りを添えていたりと、各人が持つポテンシャルの底知れなさに改めて驚かされるだろう。普段はさまざまなパーカッションを操る小川も、シンプルなドラム・セットで多様なリズムを編み込んでいる。
さらに、メンバーそれぞれがアルバムに持ち寄った個性的な楽曲は、現在のジャズ・シーンに溢れるさまざまなハーモニーやリズムの感覚を濃縮したかのように、彩り鮮やかだ。パーカッショニストの小川が手掛けた、パートごとに違うリズムが複雑に重なり合っていく“Travelers”、クールなコンテンポラリー・ジャズの雰囲気が漂う馬場の“Walking Into The Darkness”、1曲の中でカラフルに色彩を変えていく大林の“Singeriser”、アルバム中でも異色のエフェクティヴな質感となった黒田の“Mood For The Mode”、ニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットや自身のトリオでも演奏している中村のストレートアヘッドな名曲“A Lifetime Treasure”――。
得意とするプレイを押し出すだけでなく、時にあえて抑制し、楽曲のカラーにアジャストしていく様には、この5人が最先端ジャズ・シーンのトップ・プレイヤーとして活躍している理由がはっきりと見て取れるはずだ。伝統的なスウィングの語法だけでなく、ネオ・ソウル的なグルーヴ、さらにアフロビートなどさまざまな要素を自在に操り、一つのバンドのサウンドとして落とし込む技術には、彼らのワールド・スタンダードな実力を感じることができる。
バンドの結成と同じくして、それぞれのリーダー作もどんどんリリースされていく彼らの勢いには、かつてのソウルクエリアンズやロバート・グラスパー・エクスペリメントのように、一つの有機的なコロニーとしての強さを感じる。全員が東京のジャズ・シーンを通過せずにアメリカへと渡った、日本のジャズ界にとっての〈黒船〉とも言える彼らの周辺は、これからさらにおもしろくなっていくだろう。