クラシックはいまも雄弁に語りかけるが、では、ニュー・アルバムはどうだ? 結果的に最後の作品となってしまった18年ぶりの新作は、後進たちの愛と敬意に包まれた珠玉の楽曲集である。ムーヴメントに終わりはない!!

 

体験したことのないエネルギー

 〈昨年、俺、ジャロビ、アリ、ファイフの4人は『The Tonight Show』へ初出演し、キャリア18年で初めてのTVパフォーマンスを経験した。あの夜、俺たちはしばらく体験したことのない素晴らしいエネルギーを感じたんだ〉

 〈そしてその夜は、パリの同時多発テロがあった日でもあった。11月13日の金曜日、NYは季節外れの暖かい夜だった。俺たちはTV局のスタジオを出ると、メンバー全員が同じように必要性を感じ、俺だけじゃなく、全員が思ったんだ。スタジオに戻って一刻も早くレコーディングに取り掛かるべきだ、ってね。 それですぐにスタジオに戻り、楽曲の制作を始めたんだ。新しいトラックは良い出来だった。 だけど、みんなも知っているように俺たちのブラザーが3月22日に亡くなってしまった。でもファイフは、俺たちにこの先の青写真を残してくれたんだ〉

 〈それで俺たちはもう一度集まり、仲間のバスタ・ライムズコンシークエンスも呼んで、あるものを完成させた! ア・トライブ・コールド・クエストの最後のアルバムだ!〉

 〈ここに収録されているのは、ファイフの古いバースや未発表音源じゃない。彼の新録音源だ。そしてついに、2016年11月11日、俺たちの“Path Of Rhythm”が完結する〉——Q・ティップからのメッセージより。

 「『The Tonight Show』の楽屋で初めてティップが〈アルバムやろうぜ、どんなことになるかな〉って言ったんだけど、俺はまるっきりブルシットだと思ってたんだよな。〈25周年記念とかのノリで言ってるだけだろ〉とかな。そこにいた皆が盛り上がってたし、その場の雰囲気で言ってるんだろうなとか思ってて。でも次の日もティップがまだその話をしてたから〈こいつマジでやる気だ!〉ってその時実感したんだ」(バスタ・ライムズ:以下の発言はすべてオフィシャルの記者会見より)。

 「他のラップ・グループと俺たちのいちばんの違いは、他のグループには俺たちみたいな繋がりがないってことなんだ。わかるか? こいつらは2歳の時からの幼馴染みで、俺はそこに11歳の頃から加わって。だから音楽を超えたブラザーフッドがそこにあるんだけど、やっぱり俺たちの共通したモチヴェーションは音楽だったんだ。知り合い歴も長くなると家族みたいな存在になるだろ? モメたり喧嘩したりってのもその一部なんだ、叔母さんとか兄弟とモメるのと一緒で、互いに心を許し合ってるからそういうことになるわけで。だからそういう親密さも音楽に現れてると思うし、お互いを思いやる気持ちとか、お互いの才能に対する敬意、互いを高め合おうとする気持ちっていうのがすべて俺たちの音楽に反映してるんだ」(ジャロビ)。

 コア・メンバーはいずれも70年生まれ。クイーンズ出身のQ・ティップ、ブルックリン出身のファイフ・ドーグという2MCに、ブルックリン出身のアリ・シャヒードがDJとして加わったトリオ、そこに71年生まれのジャロビ・ホワイトを含む4人組で、88年に結成されたア・トライブ・コールド・クエスト。〈探求〉を〈ディグ〉と解釈すれば、それはヒップホップ・カルチャーの備えた精神そのものだった。

 彼らが脚光を浴びた背景には、ジャングル・ブラザーズデ・ラ・ソウルクイーン・ラティファモニー・ラヴと共に組織した集合体=ネイティヴ・タンのフレッシュな勢いもあったが、The Source誌でマイク5本(満点評価)を獲得した90年のファースト・アルバム『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』からリリースを重ねていくにつれ、そのリリックやサンプリング・ワークが醸し出す知的で哲学的な雰囲気も相まって、彼らは図抜けた支持を獲得していくことになる。初作の発表後にジャロビが離脱すると、3人は時代のカリスマ的な扱いを受けるようになった。それはヒップホップ・シーンが商業的に大きくなってメインストリーム化/多様化を進めていくなかで、コアなリスナーたちにある種の連帯と結束を促すことにもなったはずだ。

『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』収録曲“Can I Kick It?”
 

 98年に解散するとメンバーは個々の活動に移行。2006年にはジャロビも含めて再結成、ライヴ活動を行うも人間関係のこじれは明白だったか、2013年には活動をふたたび終了。彼らが2015年に顔を揃えたのは、上述の発言にもあるように、デビュー25周年という節目のTV出演のためだった。水面下でレコーディングを進めていた2016年3月22日にはファイフが逝去——そのことによって彼らのクリエイションに大きな意味がもたらされることになってしまったのは言うまでもない。そして完成したのが、18年ぶりの新作にしてファイフの遺作、そしてグループのラスト・アルバムとなった『We Got It From Here... Thank You 4 Your Service』である。

 

全員が本気で取り組んだ

A TRIBE CALLED QUEST We Got It From Here... Thank You 4 Your Service Epic/ソニー(2016)

 「ファイフと俺とで、2つのことについてかなり長い間話し合ったんだ。一つはジャロビのこと。もう一つは、いかにしてATCQらしさを保ちつつも、そこだけに囚われずに一歩先を見ようとするか、ってことだった。わかるか? ビートに関してファイフはいつも判断が素早かったんだ。親指を上げたり下げたり、それだけなんだけど、あいつの判断はいつもバッチリ正しいんだよ。だから俺とファイフはよく〈いままでの在り方はキープしつつ、前に進まなきゃダメだよな〉って話してたんだ」(Q・ティップ)。

 音の傾向もラップのトレンドも常に変化を続けているシーンに対し、ATCQが具体的にはアルバム作りに落とし込んだ考えは、ティップによるとこうだ。

 「プロダクション的には、俺はDJでもあるし、自分や自分の右腕みたいな存在のエンジニアとか、皆が好きな曲とか、いま流行ってる曲を聴いたりして、いろいろ可能性を探ってみたんだ。クイーンの“Bohemian Rhapsody”を聴いた後にケンドリック・ラマーの“Money Trees”を聴いて、次にラキムを聴いたりとか。いろんな違ったタイプの音楽を聴いてオタクみたいに分析するんじゃなくて、それらの音楽的な共通項を探そうとする、音楽のエクササイズみたいなモンさ。そういうアプローチを試してみたり、ファイフがいた時は2つのトラックを聴き比べたりしながら、さっき言ったみたいなことを相談したりしていた」(Q・ティップ)。

 アルバムには身内のバスタ・ライムズやコンシークエンスを筆頭に、アンドレ3000カニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマーらVIPたちが敬意を抱いて馳せ参じている。エルトン・ジョンの登場やBIGYUKIら演奏陣の名前もトピックだろう。が、そうしたセレモニー感以上に、グループの本質的なものがこのアルバムにはある。

 「ファイフが〈今頃死んでるかムショで終身刑を言い渡されてるか/システムの餌食になった馬鹿がまたひとり/スポフォード(拘置所)に入れられた荒くれ者のフーリガン/スタンフォードやハーヴァードで学位を取ることもなく/俺の労働倫理や喋り方に脅威を感じてるのか/精神的弱者でいるのか、それともキングでいるのか?〉(新作中の“Whateva Will Be”冒頭のファイフのリリックの引用)ってライムした時、そこで時が止まった。〈OK、これだ! これぞ名ライム!〉って。このアルバムのレコーディングの雰囲気はいつもあそこが原点だったな。俺たちが皆スタジオに集まってた時にマネージャーが入ってきて、ファイフとジャロビがライムしてるのを聴いたらすぐに俺をスタジオの外に呼び出してさ……彼女いわく〈アンタがどういうつもりか知らないけど、2人に完全に先を越されてるわ。そんな余計なラジオ・シットみたいなことやってないで、早くアンタらしいシットをやりなさいよ〉って。だから競争っていうよりはお互いを高め合う感じの雰囲気だったよな。年齢のこととか、いまのシーンで俺たちがどこにいるのか、みたいな問いは二の次だった。俺たちの誰もが本気で取り組んだんだ。そこだけに集中してた。またガキだったあの頃に戻ったんだよ」(Q・ティップ)。

 

『We Got It From Here... Thank You 4 Your Service』に参加したファミリーたちの作品。

 

現在は廃盤で入手困難なメンバーのソロ作。

 

『We Got It From Here... Thank You 4 Your Service』に参加したアーティストの作品を一部紹介。