鬼束ちひろが原点に還るまでの道のりは……

 鋭く研ぎ澄まされた感性を歌に託すことで、シーンへの登場から程なくして多くのリスナーを掴んだ鬼束ちひろ。“月光”をはじめ、今回の新作にも通じる空気を持つ初期のナンバーはデビュー10周年の際のベスト盤『"ONE OF PILLARS" ~BEST OF CHIHIRO ONITSUKA 2000-2010~』で確認してもらいつつ、ここではテン年代以降の彼女の関連作を追い掛けてみよう。

 まず、2011年に発表された6作目『剣と楓』は、坂本昌之らをアレンジャーに迎えた自身初のセルフ・プロデュース作品。エリック・ゴーフィンとの“NEW AGE STRANGER”ではバグルス風の4つ打ち曲も飛び出すなど、新たな表情も押し出した内容に。そして、翌2012年には忌野清志郎のカヴァー集『KING OF SONGWRITER ~SONGS OF KIYOSHIRO COVERS~』に参加。テンション高く“つ・き・あ・い・た・い”を披露すると、直後には自身の洋楽カヴァー・アルバム『FAMOUS MICROPHONE』も登場。アカペラによるサイモン&ガーファンクル“Scarborough Fair”を筆頭に、シンガーとしての表現力を存分に堪能できる。そして2014年には、富樫春夫友森昭一とのバンド名義でアルバム『TRICKY SISTERS MAGIC BURGER』を発表。従来路線のバラードもありつつ、ここにはポップに弾ける鬼束の姿が。

鬼束ちひろ&BILLYS SANDWITCHESの2014年作『TRICKY SISTERS MAGIC BURGER』収録曲“I'm with your shadow”
 

 その後は外仕事が増加し、2015年には新人シンガー・花岡なつみのドラマティックなデビュー曲“夏の罪”の作詞/作曲を担当。2016年は中島美嘉のトリビュート盤『MIKA NAKASHIMA TRIBUTE』に“Fighter”のカヴァーを贈ると、秋にはUNCHAINの結成20周年記念のコラボ・アルバム『20th Sessions』において“緊張”を彼らと共作。レゲエ調のリズムを敷いた歌謡ソウルという、どちらにとっても新鮮な方向性を提示してみせた。