デビューから28年を経て、また波が来た! じわじわ来るエネルギーを放出しつつ、表現の幅をどれだけ広げていけるか――全編モノラル録音で示した自身の信条

大変なことになるという確信

 真心ブラザーズを長年聴き続けているが、こんな表情の彼らに初めて出会った気がする。過去のどのアルバムにも似ていない、そして混ぜ物は一切なし。シンプル&ストレートなブルース、ロックンロール、カントリーの結晶だ。全編ほぼ一発録りで、しかも驚きのモノラル録音。2017年の日本のポップ/ロック・シーンにおいては無謀とも言える冒険作だが、これが本当に素晴らしいのだ。

真心ブラザーズ FLOW ON THE CLOUD Do Thing/徳間ジャパン(2017)

 「今の時代、音楽の聴き方や楽しみ方が広がってるぶん、みんなに気を遣わずにズバッとやっちゃったほうがこっちも楽しいし、楽しみたい人はそっちのほうが楽しんでくれる。そういう良い時代と捉えて、やりたい放題やってみたアルバムですね。新鮮でした」(桜井秀俊、ヴォーカル/ギター)。

 「俺はけっこう家で自分の音楽を聴くほうで、聴いてて気持ち良いかどうかが大事なんだけど、今はドーンと来るエネルギーよりも、じわじわ来るエネルギーを持った音楽を聴きたかったんで。60年代のロックの音をやりたかったんですよ。だからモノラルにしたかった」(YO-KING、ヴォーカル/ギター)。

 YO-KINGがブチ上げた〈じわじわ来るエネルギー〉〈60年代のロックの音〉〈モノラル録音〉をキーワードに、アルバム制作はスタートする。その時点で彼の頭の中には、理想とするアーティスト、そして理想とするアルバムが明確にあったという。

 「やっぱりボブ・ディランですね。あんな楽しそうな先輩を見ちゃったら、自分の今後もワクワクするし、常にボブ・ディランが理想です。ただ、俺はボブ・ディランになりたいわけじゃなくて、俺は俺になりたいから。ボブ・ディランの中で、俺がやっても相応しいものを見つけていくという作業とも言えますよね、アルバムもライヴも。で、今回バンド・メンバーのみんなに聴いてもらったのは『John Wesley Harding』(67年)なんですよ。一発録りっぽくて、エレキ・ギターさえ入ってない。ほんとに手抜きのアレンジだけど(笑)、あれが沁みるんですよね」(YO-KING)。

 演奏は、ベースに岡部晴彦、ドラムスに伊藤大地。4人合わせて〈Low Down Roulettes〉と名乗るバンド編成は、前作『Do Thing』(2014年)と同じだが、バンドのアンサンブルとグルーヴの親密さ、自由さは前回を凌ぐ。

 「モノラルは入れられる音が限られていて、一個一個がちゃんと鳴ってないといけないので、ヘタクソじゃできないんだけど、技術自慢でもダメ。ちゃんとコシのある、パンチの効いた、ユーモアのあるものをやりたかったんですけど、ドラムのダイちゃんとベースのハルくんが素晴らしい感性の持ち主なので、ほとんどリハーサルもやらずにいきなりスタジオに行ってセッションしたら、初日で4曲ぐらい〈これ使いたい〉っていうのが録れちゃった。これを積み重ねたら大変なことになるという確信が、初日からありました」(桜井)。

 

自由度をどれだけ上げていけるか

 かくして、2枚組にできるほどの楽曲の中から厳選された12曲。その冒頭を飾り、リード曲としてMVも作られた“レコードのブツブツ”――動画サイトでも試聴でも何でもいい、まずはこれを聴いてもらえれば、この新作『FLOW ON THE CLOUD』が傑作である理由を感じ取ってもらえるはずだ。

 「YO-KINGさんがいきなり〈アマゾン〉という言葉を放り込んできて、〈そう来たか!〉と。〈今〉という時間に爪を立てるという強い気持ちがあって、今を表現してるんだけど、その後ろには〈レコード〉という過去の遺物がぐるぐる回ってる。その二つの時間の感じを、音楽全体ですごく良く表現できたんですよ。奇跡的なテイクが録れましたね。2曲目の“雲の形が変化をした”もすごく良い演奏で、このワンツーが、『KING OF ROCK』(95年)の“スピード”から“高い空”という流れに似てるなって、自分の中で思うんですよね。真心ブラザーズのエネルギーの、一つの良い形として。20年以上経ちますけど、また波が来たぞっていう感じがします」(桜井)。

 桜井がヴォーカルを取り、味のあるフィドルを弾くカントリー・チューン“アイアンホース”、見事なスライド・ギターのソロを聴かせる“鼓動”、そしてレナード・コーエンへの追悼歌として聴けるバラード“フェアウェル”など、桜井の優れたマルチ・ミュージシャンぶりに眼を見張る。そしてYO-KINGは、『John Wesley Harding』期のディランを彷彿とさせる“凍りついた空”、強烈なシャウトを聴かせるアコースティック・ブルース“その分だけ死に近づいた”、アルバムのラストを飾る美しくも物悲しいバラード“黒い夜”と、遺憾なく本領を発揮。歌詞の面では“フェアウェル”“その分だけ死に近づいた”など、〈生と死〉の姿を率直に描いた重厚なものが多いのも、本作の特徴と言える。

 「〈生と死〉は最初から僕のテーマでもあって、ここにきて急にというわけでもないんだけど。〈死は生の対極ではなくて一部である〉って書いたのは、村上春樹だっけ(87年に上梓された『ノルウェイの森』)? 〈死はネガティヴで忌み嫌うものではなくて、生の中の一部としてある〉という発想が好きで、“その分だけ死に近づいた”の〈死〉も、そんなに悪い意味では言ってないんですよ。たぶん来世もあるんじゃないか?と思ってる人なんで、そう考えるとそんなに怖くない。そのぶん〈生〉を楽しく優しく生きるというのが大事で、そうしておけば来世にも繋がるだろうし、少しずつ加算されていくんじゃないかというポジティヴ・シンキングです」(YO-KING)。

 アルバムのタイトルは、YO-KINGの人生の信条である〈ついで〉と〈流れ〉というキーワードに、桜井が手を加えて付けられたもの。流れに乗り、ついでに任せ、重々しいテーマも軽やかに、より自由な表現を求め、真心ブラザーズのキャリアは今年でデビュー28年を数える。が、その姿勢はいまだ新人の如く、瑞々しい驚きと感動を、僕らリスナーに伝え続けている。

 「このキャリアの人こそ、ちょっとはみ出していかないと申し訳ないような気がするというか、あんまり無難なものをやってもしょうがないと思うんですよ。全編モノラルでもいいんだとか、極端なことをやってみて、表現の幅を広げてみる。やっぱり表現者というのは、自由じゃなきゃいけないからね。自分の自由さをどれだけ上げていけるか、それがこれからのテーマだと思います」(YO-KING)。

真心ブラザーズが参加した近作の一部。

 

ボブ・ディランの67年作『John Wesley Harding』(Columbia)