煌びやかなシンセの音を聴いても気分は晴れなかった。それどころか虚しさは募る一方だった。そんな人々の心の穴を埋めるように、垂れ込めた雲の下でギター・サウンドが響き渡った。活動歴はたったの5年。マンチェスターから現れ、瞬く間に伝説となったスミスという名のバンド。拭い去れない孤独、不条理な社会への怒り、ナルシシズムと自己否認、報われることのない愛──解散から30年が経ったいまもなお、私たちはこの歌を求め続け……
昨年9月、英国政府観光庁の招待でマンチェスターへ訪れた。その際、音楽と縁のある場所をインスパイラル・カーペッツのクレイグ・ギルに案内してもらったのだが、彼がもっとも時間を割いて紹介してくれたのはスミスの3作目『The Queen Is Dead』(86年)のアートワークに写っているサルフォード・ラッズ・クラブだった。中心部から少し離れた、お世辞にも治安が良いとは言えないエリアに建つ青少年クラブで、現在はメンバーの写真やファンのメッセージ・カードを所狭しと貼ったスペースも設けられ、世界中の人がひっきりなしに訪れる、言うなれば聖地。その古びた児童館のような佇まいの中に身を置き、重く淀んだ空気を吸い込み、スミスの音楽が孕んでいる失望や疎外感、怒り、平凡な暮らしの光景が自分の中で急にリアルなものとなった瞬間を、いまも鮮明に思い出す。
解散からちょうど30年。彼らの人気はむしろ現在のほうが高まっているのかもしれない。年月の経過がもたらす評価の増幅もあるが、一度聴いただけでは魅力を理解できなくても、絶対的に支持されているためわかるまで聴き続けた結果、スミスから逃れられなくなり……といったリスナーが年々増えているように思うのだ。このたびリリースされた『The Queen Is Dead: Deluxe Edition』は、まさにそんなファンにとって思いがけない新たな福音となるだろう。