田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。この週末は〈コーチェラ・フェスティヴァル〉の話題で持ちきりでしたね」
天野龍太郎「日本ではPerfumeの出演が話題でした。ライヴ配信は、ちょうどトリのアリアナ・グランデがさっき終わったところです! 仕事サボって観たかったな~。僕は土曜日に1975やアンダーソン・パーク、BLACKPINKは観たんですが、〈これ、ずっと観てると週末が終わる……!〉と思ってやめました。なので、ヘッドライナーのチャイルディッシュ・ガンビーノやビリー・アイリッシュは観逃してます(泣)」
田中「チャイルディッシュ・ガンビーノといえば、リアーナと共演したショート・フィルム『Guava Island』も上映されてましたよね。AmazonのPrime Videoで観られるので、リアルタイムで観なくてもいいかなって思っちゃいましたが。作品紹介に〈スリラー〉とあるんですけど、ホントにそんな映画なんでしょうか……」
天野「さっさと仕事を切り上げて家で観ましょう! それにしても3チャンネル同時に配信しているから、どれを観ようか迷ったりもしましね。ホント、フェスの会場にいる気分で。いい時代になったな~。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
Kevin Abstract “Big Wheels”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はケヴィン・アブストラクトの“Big Wheels”です。まずは『THE 1-9-9-9 IS COMING』という題のついた不気味なミュージック・ビデオ(?)を観てください」
田中「ケヴィンの顔だけが浮かんでて気持ち悪いですね……。改めて彼のことをご紹介しますと、いまは〈ブロックハンプトンのリーダー〉と言ったほうがわかりやすいかもしれません。今年の〈SUMMER SONIC〉にも出演するブロックハンプトンは、カリフォルニアを拠点とする自称〈ボーイ・バンド〉で、実質的には大所帯なヒップホップ・コレクティヴですね。彼らのことは以前この〈PSN〉でも紹介してます」
天野「ケヴィンはテキサス出身のラッパーです。2016年のアルバム『American Boyfriend: A Suburban Love Story』が話題になったとはいえ、正直そこまでパッとしない感じで。変わり者だなとは思ってましたけど。もちろんそれは僕の認識ではってことなんですが、ブロックハンプトンが注目されるにつれ、ケヴィンの存在感も大きくなっていったと思ってます」
田中「確かに、この“Big Wheels”が収録されたEP『ARIZONA baby』のジャケット写真が公開されたときも、MVがアップされたときも、詳細が発表されてなかったにも関わらずメディアが一斉に取り上げてましたね」
天野「状況が変わったと感じました。で、この新曲ですが、2分弱という短さがかえって鮮烈な印象を残しますよね。MVを観た初めて観たときも、イントロから唐突にラップが始まるし、曲の一部なんじゃないかと思いました。ヴィンス・ステイプルズの『FM!』やアール・スウェットシャツの『Some Rap Songs』、ティエラ・ワックの『Whack World』などなど、短い曲は流行でもあるんですが」
田中「でも、速射砲のようなラップがパワフルですよね。〈Turn boat loads into echoes, echoes, echoes, echoes〉とまくし立てるところとか。スペーシーなシンセサイザーや、終盤に哀愁漂うギターとサックスが入ってくるところもユニークです。プロデューサーはブロックハンプトンのメンバーであるロミル・ヘムナニ。そして、ブリーチャーズとファンのメンバーでプロデューサーとしても活躍する、田中も大好きなジャック・アントノフの2人です」
天野「EP全体のサウンドもエクレクティックな感じで、生音がヒップホップ・サウンドに落とし込まれててかなり刺激的。ちょっとバルカン・ブラスっぽい“Joy Ride”と“Georgia On My Mind”を歌詞で引用してる“Georgia”という他の2曲も最高なので、ぜひEPを聴いてほしいです!」
Lil Uzi Vert “Sanguine Paradise”
天野「2曲目はフィラデルフィアのラッパー、リル・ウージー・ヴァートの新曲“Sanguine Paradise”です。もう1つの新曲“That's A Rack”と同日にリリースされました」
田中「2週間前の〈PSN〉の導入で“Free Uzi”が話題だと天野くんが言ってましたけど、新作のデータを消したって言ったり、唐突な引退宣言をしたり、毎度人騒がせなラッパーですよね」
天野「“Free Uzi”は彼が所属するレーベル、ジェネレーション・ナウに飼い殺しにされてるって反発して、勝手にリリースした曲でした。レーベル側のDJドラマは〈ウージーはいつでも新作『Eternal Atake』をリリースできる〉と言ってて、言い分が食い違ってます」
田中「そのいざこざ、正直どっちでもいいんですが……(苦笑)。今回の新曲は去年の“New Patek”や“Free Uzi”に比べるとちょっと勢いに欠ける気もしますが、こうして正式にリリースされたってことは問題の解決に向かってるんでしょうか? 曲名も〈陽気な楽園〉というポジティヴなものですし。〈俺のズボン、ラフ・シモンズ/俺の靴、リック・オウエンス〉といったリリックはいつものウージー節で、まあまあ下品な感じですが」
天野「ちなみに、〈ミッコ・モンタナ、このビートはK・キャンプから〉というラインは、2人の楽曲“Do It”(2012年)のビートをサンプリングしてるからだとか。それにしても、新作『Eternal Atake』はどうなるんでしょう? 亮太さんはどうでもいいかもしれませんが、僕は無事に発表されることを祈ってますよ!」
Steve Lacy “N Side”
天野「続いてご紹介するのは、スティーヴ・レイシーの“N Side”。彼はヴォーカリストのシドやキーボーディストのマット・マーシャンズが所属する新世代R&Bバンド、インターネットのメンバーとして知られてます」
田中「インターネットは2月の来日公演も話題になってましたよね。レイシーはバンドのギタリストで、最近はいろいろなアーティストの作品に参加する重要人物になりつつある印象です。直近ではソランジュの話題作『When I Get Home』にも参加してました」
天野「ブラッド・オレンジの『Negro Swan』(2018年)やタイラー・ザ・クリエイターの『Flower Boy』(2017年)……あとは、なんといってもヴァンパイア・ウィークエンドの新曲“Sunflower”ですよね。ソランジュとヴァンパイア・ウィークエンドというジャンルも立ち位置も異なるビッグな2組に目を付けられたってところに、レイシーの才能のすごさや重要プレイヤーであることが表れている気がします」
田中「そんなレイシーくんは、驚くべきことにまだ20歳。iPhoneに直接ギターを繋いで録音したり、アプリでビートを組んだりと、ミュージシャンとしての新世代感もすごいです。今回の“N Side”は、これからリリースされるデビュー・アルバムに収録される予定だとか」
天野「そのようです。チープなリズム・マシーンの音から、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやフランク・オーシャンの“Super Rich Kids”(2012年)を思い出す曲ですね。宅録メロウ・ソウルなムードは、まさに現代のシュギー・オーティスというか」
田中「2017年のEP『Steve Lacy's Demo』もモダン・レイドバックR&Bなサウンドで、かなりシュギー・オーティス感がある内容でしたね。作り込みすぎていないラフさ、軽やかさがすごくフレッシュで。とはいえ前作はデモですから、それに続く正式なアルバムに期待せざるをえません!」
Courtney Barnett “Everybody Here Hates You”
天野「続いてはコートニー・バーネットの“Everybody Here Hates You”。彼女についてはMikikiで何度も記事化してるので説明不要かもですが、オーストラリアはメルボルン出身のシンガー・ソングライターですね。カート・ヴァイルとのデュオなどでも精力的に活動しています」
田中「〈ここにいる全員があんたを嫌っている〉……すごい曲名。歌詞もいきなり〈私ってバカみたい、恥知らずで頭がおかしくて〉という自己否定からはじまるし。とはいえ、彼女が歌うと自嘲もすごくユーモラスに響くんですよね」
天野「ファースト・アルバムのタイトルに〈たまに座って考える、ときどきは座ってるだけ(Sometimes I Sit And Think, And Sometimes I Just Sit)〉って付けちゃうようなセンスは絶妙です。ちなみに、曲名はジェフ・バックリィの“Everybody Here Wants You”(98年)をもじったみたいですね」
田中「なるほど~。曲調はバックリィの洒脱なポップ・サウンドとは似ても似てつかない、コッテリとしたブルース・ロック調。ブルー・ノートを使ったリフ、力強くもスロウなリズムで渋いですね!」
天野「典型的なスリー・コード・ソングで、ブルージーさは彼女の作品のなかでも際立ってますね。にしても、ブルースと彼女らしいメロディーは相性がいいんですね。実は前作『Tell Me How You Really Feel』(2018年)でちょっと心が離れかけてたんですが、この新曲で〈やっぱりコートニー最高!〉って思いました。〈みんなに大丈夫だと言ってやろう〉と最後に歌ってのける詞も痛快です」
田中「この路線で一枚作ってくれてもいいなーと思いました。なお、この曲は先週の4月13日に開催された〈RECORD STORE DAY〉の限定商品として7インチ・シングルがリリースされました。まだ店頭にあるかはわかりませんが、見つけた方は確保をおすすめします!」
Drahla “Pyramid Estate”
天野「最後はドラーラの新曲“Pyramid Estate”。彼女たちは英リーズ出身の3人組バンドです」
田中「リリース元は、NYを拠点にするインディー・レーベルのキャプチャード・トラックス。最近、所属バンドのモーンとワイルド・ナッシングがそれぞれ来日公演を行っていましたね」
天野「両方とも観たかったなー。キャプチャード・トラックスは、僕にとってはマック・デマルコやダイヴが所属する2010年代前半を代表するレーベルです。2008年の発足から10年以上が経ったいまも、世界中のクールなインディー・バンドをフックアップし続けているのはすごい」
田中「過去には日本のチルウェイヴ・バンド、Jesse Ruinsもリリースしていました。ちなみに、今度イヴェント〈Mikiki Pit〉にご出演いただくWOOMANはJesse Ruinsが根城にしていたレーベル、Cuz Me Painの残党が結成したバンドなんですよ」
天野「僕、昔〈ele-king〉でCuz Me Painのコンピレーションについて書いたことありますよ! ドラーラに話を戻すと、この曲は彼らが5月10日(金)にリリースするファースト・アルバム『Useless Coordinates』からのリード・シングルです。尖りまくったポスト・パンク……というかノーウェイヴ・サウンドですよね。ジェイムズ・チャンスみたいなヘタウマサックスが炸裂してて、ルシール・ブラウンのちょっとかわいらしい歌声とのバランスがおもしろい」
田中「サックスを吹いているのはドローンなサウンドが特徴の2人組、ザム・デュオ(Xam Duo)のクリス・ダフィンという人だそう。なお、プレス・リリースによるとダフィンさんは、サキソフォニストの清水靖晃が率いていた伝説的なシンセ・フュージョン・バンド、マライアのことをメンバーに教えたらしいですよ!」
天野「マライアや清水さん、世界的に再評価著しいですからね。マライアは岡田拓郎くんもお気に入りらしいんですけど、リーズの若いミュージシャンが聴いてるっておもしろいなー。それ以外にもグレン・ミラーからスウェル・マップスまで、さまざまな音楽が下敷きになってるとか」
田中「前衛性や実験性を取り込んだポスト・パンクという点で、僕はデビュー当初のジーズ・ニュー・ピューリタンズを想起しました。ドラーラにも同様の得体がしれない凄みがありますね。〈PSN〉でも紹介したフォンテインズ・D.C.が先週ファースト・アルバム『Dogrel』をリリースして、〈ガーディアン〉と〈NME〉がともに5つ星評価を付けたことも話題ですが、やはりイギリスのバンドはいまおもしろいです!」