突然の成功の裏で人知れずスランプに陥っていた彼女が、周囲の助けで自信を取り戻し、心の内をさらけ出した。その第二章の幕開けはあまりにも生々しく、あまりにも力強い

 心が壊れたなら、それを芸術へと作り変えなさい──オーストラリアのシンガー・ソングライター、コートニー・バーネットの3年ぶりとなるニュー・アルバム『Tell Me How You Really Feel』の冒頭を飾る“Hopefulessness”には、昨年のゴールデン・グローブ授賞式のスピーチで女優のメリル・ストリープが紹介した、〈スター・ウォーズ〉シリーズのレイア・オーガナ役でお馴染みの故キャリー・フィッシャーの言葉が引用されている。

COURTNEY BARNETT Tell Me How You Really Feel Milk!/TRAFFIC(2018)

 2015年のファースト・アルバム『Sometimes I Sit And Think, And Sometimes I Just Sit』が絶賛され、グラミー賞の〈ベスト・ニュー・アーティスト〉にノミネートされるなど、大ブレイクを果たしたコートニー。しかしその才能がボブ・ディランや、同じ左利きのカート・コバーンと比較されることで、彼女は逆に自信を失い、うまく曲を書けなくなってしまったのだという。

 そんなコートニーに手を差し伸べたのが、以前から彼女のファンだったというフィラデルフィアのギター・ロッカー、カート・ヴァイルだ。2人はコラボ・アルバム『Lotta Sea Lice』(2017年)をリリースすると、コートニーの自主レーベル=ミルク!レコーズの共同オーナーであり、プライヴェートでも彼女のパートナーであるジェン・クロアのセカンド・アルバム『Jen Cloher』にも揃って参加。また、コートニーはサイド・ギタリストとしてジェンと一緒にツアーを回ることで、自分の作品と距離を置き、次第に自信を取り戻していくようになる。

 ようやく新作のレコーディングに取り組む準備ができた彼女のもとに集まったのは、ベーシストのボーンズ・スローンにドラマーのデイヴ・マディというリズム隊の2人や、ドローンズのギタリストでもあるダン・ラスカム、そしてプロデューサーのバーク・リード。コートニーが客演した10年ぶりのアルバム『All Nerve』も記憶に新しいブリーダーズから、キム&ケリー・ディール姉妹がお返しにコーラスで参加していることを除けば、前作とまったく同じ顔ぶれだ。けれども、コートニーの友人たちに起こった出来事をユーモラスに描いていた前作とは対照的に、ここでの彼女は、これまで目を背けてきた自分自身の感情に正面から向かい合っている。アルバムのリード・トラックとなった“Nameless, Faceless”では、女性が男性に隷属する世界を描いたディストピア小説「侍女の物語」の作者、マーガレット・アトウッドの〈男は女に笑われることを恐れている/女は男に殺されることを恐れている〉という発言が引用され、“I'm Not Your Mother, I'm Not Your Bitch”では、我慢の限界に達したコートニーが〈私はアンタのママじゃない!〉と声を荒げるように歌っているのだ。

 「“I'm Not Your Mother, I'm Not Your Bitch”には2つの違うあらすじがあるの。私の視点であると同時に、私に向けられている部分もある。男性ジャーナリストたちは〈当然、男性について書いたんだろう〉と思っていて、フロイト的仮説としては〈ごもっとも〉だと思うんだけど、そこまで限定されたものではないわ。と言いつつ、ある特定の歌を聴いて自分に当てはまると思うのなら、それはたぶん当たっているということでしょうね」。

 そんなふうに語るコートニー。そういえば彼女が参加したジェン・クロアの2013年作『In Blood Memory』には、メリル・ストリープについて歌った“Needs”という曲が収録されていた。そしてメリル・ストリープのスピーチがそうであったように、コートニーの力強い言葉は、ジュリアン・ベイカーやアレックス・レイヒー、スネイル・メイルことリンジー・ジョーダンといった活躍著しい若い世代の女性ミュージシャンたちにも、勇気を与えていることだろう。〈Hopefulness(希望)〉と〈Hopelessness(絶望)〉を掛け合わせた“Hopefulessness”のように、彼女の歌からはいつだって、絶望のなかに希望を見い出せるのだ。