インタビュー

NakamuraEmi『NIPPONNO ONNAWO UTAU Vol.5』 他者への眼差しから強いメッセージを獲得したシンガー・ソングライターの会心作

NakamuraEmi『NIPPONNO ONNAWO UTAU Vol.5』 他者への眼差しから強いメッセージを獲得したシンガー・ソングライターの会心作

強靱なグルーヴと強靱な言葉を操りながら〈NIPPONNO ONNA〉を歌ってきたシンガー・ソングライターが、他者の存在を意識することで辿り着いた新境地!

〈他者〉がいるアルバム

 仔鹿のように小さい体に羽毛のような柔らかい空気を纏い、少女のようにはにかむこの女性のどこから、あんなにも鋭い言葉の弾丸が飛び出してくるのか。ラップとメロディーを操り、みずからの生き方を強靭なアコースティック・グルーヴに乗せて歌う、NakamuraEmiという名の小宇宙。1年ぶりのアルバム『NIPPONNO ONNAWO UTAU Vol.5』には、〈自分のために歌う〉と言ってきた過去から一歩踏み出す、新しい世界があった。

NakamuraEmi  NIPPONNO ONNAWO UTAU Vol.5 コロムビア(2018)

 「初めて広い世界で物事を見れたという意識があって、〈他者〉がいるアルバムだと思っています。いままでは、勤めていた会社で悩んでいる自分や、音楽の世界に入って悩んでいる自分を書いてきたんですけど、今回は音楽の世界にもまだ慣れない、でもたくさんの人に見られる立場である自分が、なんだか宙に浮いている感じだったので。その場所からいろんなものを見て、〈会ったことのないたくさんの人たちが関わってできている日本のなかで私は歌っているんだ〉と感じながら書いた曲が集まったと思います」。

 アルバムは、耳馴染みある曲の連発で勢い良く幕を開ける。冒頭のファンク・チューン“Don't”は初めてのタイアップで、TVアニメ「笑うせぇるすまんNEW」のオープニング・テーマ。続く“N”はNHKの番組で走り幅跳びのパラアスリートである中西麻耶と対談した際の心象を綴ったドキュメンタリータッチな一曲。どちらも〈他者〉がいなければ生まれなかった新しい作風だ。

 「〈笑うせぇるすまん〉は子供の頃は怖いイメージだったけれど、大人になって見てみると〈欲張りすぎは良くないぞ〉とか、〈日本むかし話〉で言っているような人間の大事なことをエグめに言っているだけなんだなと気付いたので。自分も大人になって身に着けたズル賢さとかを捨てなきゃいけないな、と思いながら書きました。“N”は、右足を切断した中西麻耶選手と対談することになって、〈こんなこと言ったら気に障るかな?〉とかいろいろ考えていたんですけど、そんなことを吹き飛ばしてしまうくらい、中西選手がものすごくかっこいい女性だったので。そこで自分に何ができるか?といったら、たくさんの人に呼びかけて、障害を持った人があたりまえに動ける日本を作れたらいいと思って書いた曲です」。

 激しいビートに乗った攻撃的ラップが冴える“かかってこいよ”は、4月からスタートするTVアニメ「メガロボクス」のエンディング・テーマに決まった。ボクシング漫画の古典「あしたのジョー」を原案に、新しい世界観で描かれた究極の格闘技アニメに捧げた、彼女のメッセージはこれまで以上に挑戦的だ。

 「強い言葉をたくさん入れて、自分がへこんだときに、かかってこいよ精神で立ち上がれるように書いた曲です。自分はいま、たくさんの人の前に立つ人間になって、SNSという形でいろんなご意見をいただける状況なんですけど、良い言葉もあれば悪い言葉もあって、辛い時期もあったんですね。でも主人公が血を吐きながら戦っている生々しいアニメを見て、自分の痛みを感じることや、相手を殴る痛みを知ることはすごく大事なことだという、そういう思いとリンクして書かせてもらった曲です」。

 

若い人たちを救えるのは

 “かかってこいよ”には、ボクシングにまつわる単語は出てこない。その代わりに、〈お互いに『痛い』ってこと ちゃんと知ってる大人はどこにいる〉という、同時代に照準を向けた問いかけがある。もともと彼女の歌には人間同士のコミュニケーションをテーマにしたものが多いが、今作でその色はいっそう鮮明になった。新聞からネットへ、手紙からメールへ、電話からSNSへ、時代は進むが果たして人は昔よりも優しくなれたのだろうか? 生活音を取り込んだ温かいスロウ“新聞”の一節〈携帯がないそんな時代 知ってる最後の世代かもしれない〉というのが、82年生まれの彼女の寄って立つアイデンティティーだ。

 「自分は携帯もポケベルもなかった時代を知っている若い世代の最後のほうで、それをまったく知らない若い子にいちばん近い世代として、伝えられることがあるんじゃないかなと思ってます。機械が進歩していくら便利になっても、それがなくなっちゃったときに若い人たちを救えるのは人間の繋がりだと思うから。自分は小さいライヴハウスのオーナーに育てられて、地元・厚木の仲間にヒップホップを教えてもらって自分の音楽が変わったり、いまギターを弾いてくれてるプロデューサーのカワムラヒロシさんに出会って本当にやりたいことを見つけたり、いろんなことがあっていまの自分がいるので。人と人とのコミュニケーションを書くことが多いんです」。

 7曲目に収められた“教室”は、アルバムのなかでも重要な一曲だ。届けたいのは、学生時代を過ごす若い世代。かつてその時期を過ごした自分が、大人になって贈る力強い応援歌になっている。

 「ラジオで出会わせてもらった学生の方々からいろんな悩みを聞いたときに、本当に真剣に私の言葉を待っているんだと思ったんですよ。〈すごい奇跡が君の中に入ってるってこと誰も知らないさ〉というのは、最初は〈すごい奇跡がこの体に入ってる〉と歌ってたんですけど、覚悟を決めて書き換えました。〈君の中に〉と書くと誰かに曲を委ねることになるし、そう歌うことがこんなに責任を感じることなんだなってあらためて思った曲です。どうやってコミュニケーションを取ればいいか、誰に悩みを相談したらいいか、そういう場が減っている若い子たちのために、選択肢が増える曲になればいいなと思います」。

 陽気にソウルフルに、〈仕事場で働く女の笑顔は 意外と大きな威力を発揮する〉と歌う女性讃歌“モチベーション”でアルバムは幕を下ろす。これまで以上に鋭く、これまで以上に優しく、より広い世界を見渡しながら前進する彼女が聴き手に元気を与える、等身大のメッセージ・アルバム。彼女の歌は、いまこそ多くの人に届くべきだ。

 「アルバムのなかに自分だけではなく他者がいるという意味で、アーティスト写真にはほかの女の人の影があるんですよ。いままででいちばん、隅から隅まで思いを込められたアルバムなので、自分のなかですごく自信作になったなと思います」。               

NakamuraEmiのアルバムを紹介。

 

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