yahyelやD.A.N.からもリスペクトされるウォーペイント
自然体なのにセクシー、実験的なのに熱くて踊れるーー世界を見渡してみて、果たしてそんなバンドは何組いるだろうか? しかし、そんな稀有なバンドとして挙げられるのが、LAの女性4人組=ウォーペイントだ。2004年の結成から早14年。2008年にEP『Exquisite Corpse』でデビューし、英ラフ・トレードからリリースしたファースト・アルバム『The Fool』(2010年)はアメリカのみならず、「ガーディアン」誌をはじめイギリスのメディアからも高い評価を得た。それ以降、彼女たちはこれまでに計3作のアルバムをリリースしている。
エミリー・コカル(ギター、ヴォーカル)、テレサ・ウェイマン(同じくギター、ヴォーカル)、ジェニー・リー・リンドバーグ(ベース、ヴォーカル)、ステラ・モズガワ(ドラムス)からなるウォーペイントの編成自体は、比較的オーソドックスだ。が、生演奏にサンプリング・パッドやシンセサイザーの音を緻密に重ねたアトモスフェリックなサウンドは、たった4人で作り上げているとは思えないほど幻想的である。
そんなウォーペイントの楽曲には、メランコリックな曲調のものが多い。だが、予測不能な実験性、そして複雑なビートで聴き手を引き込んでしまうのが彼女たちの最大の魅力だ。昨年2月に行われた初の単独での来日公演では、超満員の恵比寿LIQUIDROOMのフロアで、その一挙手一投足にも大きな歓声が上がる様子に、筆者も彼女たちの愛されっぷりを噛み締めた。さらに言えば、そのサポート・アクトを務め、彼女たちの楽曲をカヴァーしていたyahyelや、ウォーペイントへのシンパシーを公言しているD.A.N.など、国内でもエレクトロニック・ミュージックをバンド形態で解釈する新世代のアーティストから多大なリスペクトを受けているのが、何を隠そうウォーペイントなのだ。
デビューEPに元レッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョン・フルシアンテがミックスとマスタリングで関わったという経緯や、ファースト・アルバムをジョンが絶賛したということなどから、ウォーペイントはしばしばオルタナティヴ・ロックのジャンルに括られがちではある。ただ実際には彼女たちのルーツは必ずしもロックだけではない。例えば直近作『Heads Up』(2016年)でフィーチャーされていたのは、迫ってくるようなファットなビート、そして余白を残しながらその上に配置されたサンプリングやループだ。このようにビートを軸に組み立てられたサウンドにはむしろ、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックからの影響が色濃く感じ取れる。
妖しくメロウなテレサ・ウェイマンのソロ作『LoveLaws』
では、〈ウォーペイントのなかでもとりわけギター・ロック的ではないメンバーは?〉と尋ねられたら、いまならば筆者は〈テレサ・ウェイマン〉と答えようと思う。実際、影響を受けたアーティストにアウトキャストやケンドリック・ラマーの名前も挙げるテレサではあるが、彼女が〈TT〉名義でリリースする初のソロ・アルバム『LoveLaws』を聴けば、この答えにもより強く頷いてもらえるはずだ。
本作でまず特筆すべきは、ウォーペイントの作品と比べてみてもビートの密度が一層濃いことだろう。ベースラインや打ち込みのキックは、地を這ってくるかのように重たい。だがそこに細かく刻む生ドラムが織り交ぜられ、小気味良いダウンテンポのグルーヴが生まれている。そのミニマルなビートを中心に据え、ウワモノによって楽曲が展開する構成からは、テレサがヒップホップのトラックメイクに近い感覚で楽曲を組み立てていることがわかる。
また、やはりギター・ロックらしからぬ、密室感のある妖艶な音作りも特徴的だ。ヴィンテージ感のあるシンセ・サウンドを用い、さらにサンプリング音源も歪ませ、それらを丹念に重ねている。余白が多く、透明感のあるサウンドのウォーペイントの楽曲に比べると、TTのそれはローファイでダーティー。にもかかわらず、聴感はいずれの楽曲も甘くメロウで、心地よい中毒性がある。とはいえ、これでもかと深くかけられたリヴァーブやトレモロによって音が折り重なり、水底深くで音を聴いているかのような恍惚感が感じられるのは、ウォーペイントにも通ずるところだろう。
他方で、“Love Leaks”の冒頭にハルモニウムを用いるなど、どこか無邪気な遊び心を垣間見せてくれているのもおもしろいところだ。ちなみにこのハルモニウムを弾いているのは、ビースティー・ボーイズの作品への参加で知られるキーボディストのマニー・マーク。マニー・マークというとベックの『Guero』(2005年)にも参加していたことで有名だが、確かに、ループするビートにシンセ・サウンドや生音も〈ごった煮〉的に乗っけるテレサの感覚は、ロックというジャンルに身を置きながらもヒップホップのメソッドを取り入れたベックにも重なる部分がある。
『LoveLaws』の妖しさとメロウネス、そしてジャンクさが同居するサウンドのキーパーソンはというと、本作の共同プロデュースを手掛けるダン・キャリーだ。そもそもテレサにとって本作の制作の鍵となったのも、彼との出会いなのである。きっかけはウォーペイントがセカンド・アルバム『Warpaint』(2014年)のリリースに伴うツアー後に、メンバーが一度バンドを離れ、各々が課外活動に取り組んでいたという3、4年ほど前に遡る。その時期にテレサがホット・チップやオール・ウィー・アーのメンバーとともに始動したプロジェクト=〈BOSS〉のプロデュースをしていたのが、このダン・キャリーなのだ。
彼が手掛けたフランツ・フェルディナンドの『Tonight: Franz Ferdinand』(2009年)やバット・フォー・ラッシーズの『The Haunted Man』(2012年)などを聴けばわかるように、生音とエレクトロニックな音の質感を馴染ませ、艶っぽいサウンドに仕上げる達人であるダン。生々しくも幻想的なトラックメイクを得意とするテレサがプロデュースを委ねるにあたり、彼はこの上ない適任者だったのだろう。
一人の女性が持つ様々な側面を表現
本作のリリックのテーマはずばり、愛だ。そして、テレサはそれをアンビヴァレントな部分も含んだ感情として表現しているのだ。例えば“I've Been Fine”で〈貴方はどうして私の隣にいないの?〉という感傷的なフレーズを繰り返したかと思えば、“Tutorial”では〈暗闇の中で私を知って〉と誘惑してみたりもする。他方、“Safe”の〈他人が何と言おうと気にしない〉という歌詞は、母としての愛情をも露わにしているように思える(テレサには12歳になる息子がいる)。
本作で彼女が見せるこうした複数の表情、そして多面的なサウンドは、まさに〈テレサ・ウェイマン〉という一人の女性の持つ様々な側面をあるがままに表現しているように思えてならない。けれどそれは、非常に繊細な表現であり、勇気を伴う行為でもある。母親でありながらミュージシャンとして世界を飛び回る一方、恋を求める普通の女性でもあるテレサ(一時期ジェイムス・ブレイクと恋仲にあったことは有名な話だ)。彼女はこのアルバムを通じ、心の奥に秘めたそうしたパーソナルな部分までさらけ出す強さを見せているのだ。それをこれまでのキャリアの総括とも言えるこの作品でやってのけたことには、筆者もいちファンとしてただ感服する。
人は誰しも、歳を重ねるにつれて様々な役割が増え、それに翻弄される。だから、ミュージシャンとして、また女性として、あるいは母親として、この14年でもがき成長した彼女に共感を抱いてしまうのは、筆者だけではないはず。本作を聴き終えたとき、あたかもミステリアスな女性の素顔をふと見てしまったかのような、静かな興奮を覚えるに違いない。そのように感じてしまうほど、『LoveLaws』には〈テレサ・ウェイマン〉という一人の人間の魅力が凝縮されているのだ。