
本当に絶好調なのだろう。2021年の結成以降、活発に動き続ける鬼才3人衆が早くも新作を完成! 多様な音楽性を優美かつ躍動的に紡いだ『Wall Of Eyes』は、混乱した世界を生きるための灯だ!
異様な、それでいて官能的なサウンド
ザ・スマイルの登場は突然だった。初めて彼らが姿を現したのは、2021年5月に開催されたグラストンベリー・フェスティヴァルのストリーミング・ライヴ。メンバーはレディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドに加えて、ドラマーのトム・スキナーの3人。レディオヘッドが長らく活動休止状態になっているなかで、バンドのブレーン的な2人が新バンドを結成するというのは事件であり、それがパンデミックの最中に動きはじめたというのも興味深かった。海外メディアの取材に答えたジョニーの発言によると、パンデミックで身動きが取れないなか、作り貯めた曲の断片を完成させたいという思いがあったらしい。また2020年にはバンド・メンバーのエド・オブライエンがEOB名義で初のソロ・アルバム『Earth』を発表していて、そうした仲間の動きも刺激になったに違いない。
人が集まれない時期だけにメンバーは最小限の3人。しかし、ジョニーとトムはマルチ・プレイヤーなので必要に応じて音を重ねることはできる。また、元サンズ・オブ・ケメットのスキナーはジャーヴィス・コッカーやフローティング・ポインツなどさまざまなアーティストと共演。ハロー・スキ二ー名義でクラブ・ジャズ寄りの作品も発表していて、どんなジャンルの音楽にも対応できるスキルの持ち主だ。そんな3人が発表したファースト・アルバム『A Light For Attracting Attention』(2022年)は話題を呼び、彼らも手応えを感じたのだろう。パンデミックの騒動も収束するなか新作『Wall Of Eyes』がリリースされた。

前作でプロデュースを手掛けていたナイジェル・ゴッドリッチに替わって、サム・ペッツ・デイヴィスを起用。デイヴィスはトムが制作したサントラ『Suspiria』(2018年)の共同プロデュースとレコーディングを担当していたが、そこに参加していたロンドン・コンテンポラリー・オーケストラが本作に招かれている。
アルバムは“Wall Of Eyes”で静かに幕を開ける。アコースティック・ギターの生々しい音色とサンバのリズム。演奏は軽やかでありながらも、サウンド・プロダクションは作り込まれていて、シンセの破裂音が爆撃のように鳴り響いていたり、不意に笑い声が聴こえてきたりする。余白を大きく取った3人の繊細なアンサンブルと、音を重ねた映像的な音響空間のコントラスト。そこから生み出される異様な、それでいて、官能的なサウンド。その独特の質感を体現しているのが、感情を抑制して楽器のように扱われるトムの歌声であり、オーケストラが奏でるストリングスの音色だ。そして、アルバムの流れはもちろん、曲単位で構成が緻密に考えられている。
アルバムの前半は鋭いギターのリフを際立たせた曲が並んでいて、“Read The Room”ではバンドの演奏に緩急を付けて静と動を繰り返しながら、曲の後半には違った展開が用意されている。続く“Under Our Pillows”では引きつったようなギターのリフがループするなかで、ベースとドラムが小刻みに動いて複雑に絡む。しかし、どこからともなく反復ビートが現れるとシンセを重ねたスペイシーなサウンドへと変化。そこにはクラウトロックからの影響が感じられる。そんなふうに演奏と編集を巧みに融合させ、曲の展開や音作りに重点を置いているだけに、ほとんどの曲は5分以上の長さを持っている。
3人の演奏から生まれる昂揚感
アルバムの後半は、ジョニーがアレンジしたストリングスの役割が大きくなっていく。ピアノが穏やかなメロディーを奏でる“Friend Of A Friend”は曲の区切りごとにストリングスが爆発寸前まで高まって、ビートルズ“A Day In The Life”を思わせるアレンジだ。続く“I Quit”はエレクトロニックなビートにアコースティック・ギターが寄り添う曲だが、途中でストリングスが登場。トムの呟くような歌声とは対照的に力強く優美な音色を聴かせていて、コントラストの付け方が鮮やか。そして、ストリングスのアレンジ、曲のクォリティー共に本作で屈指の出来栄えなのが、収録曲中、最長の8分に及ぶ“Bending Hectic”だ。
奇妙な音程で爪弾かれるエレキ・ギター。ドラムは複雑なリズムを刻んで緊張感を孕んだ〈場〉を生み出していく。そんななか、曲の核になるのは表情豊かで荘厳な響きを持ったオーケストラ・サウンドだ。前半はスピリチュアル・ジャズのような雰囲気を漂わせているが、後半にはギター・ノイズの混沌が持ち受けている。その変化のきっかけになるのが悲鳴をあげるようなストリングスの爆発だ。この曲の歌詞は、車を運転している主人公がヘアピンカーブに差し掛かるところで事故を起こす瞬間を描いているが、バンドは生と死の境界を確かな構成力と緊張感に貫かれた演奏で表現している。
ジャズ、クラシック、エレクトロニカなどさまざまな音楽性を取り入れた高度な演奏をスタジオワークで融合させる。そんなポスト・ロック的手法を推し進めた『Wall Of Eyes』は、トムの別バンドであるアトムス・フォー・ピース以上にレディオヘッドの〈血〉を感じさせる。そこで印象的なのが、3人というミニマムな編成だからこその親密さが曲に反映されていることだ。3人の演奏の息遣い(おそらく即興演奏がベースになっているのだろう)は伝わってくるし、そこで生まれる空気感を肉付けするために音が加工されている。典型的なロックンロールとは違ったアプローチで、どんなふうに曲を変化させていくのか。どうやって感情を表現するのかを探求しながら、彼らが音楽で描き出すのはパンデミックや戦争が続く不穏な世界で生きる個人の心象風景だ。映画監督のポール・トーマス・アンダーソンが手掛けた“Wall Of Eyes”のMVでは、歌詞に書かれた〈虚ろな目〉をしたトムが群衆のなかで孤立してこちらを見つめている。
その一方で、本作からは困難な時代に生きるプレッシャーを、音楽に昇華させようとする強い意思も感じさせる。曲には重い雲が垂れ込めているような陰鬱さが漂いながらも、必ず美しい瞬間、あるいはエモーショナルな昂揚感が訪れて、アルバムを聴き終わった後には開放感がある。こういう世の中だからこそ自分たちは音楽を作る。『Wall Of Eyes』は、そんなアティテュードに貫かれたアルバムだ。もしもいま、レディオヘッドが新作を出したら、という想像をせずにはいられないが、同時にこの3人だからこそ出せる音が本作には詰まっている。
ザ・スマイルの過去作を紹介。
左から、2022年作『A Light For Attracting Attention』(XL)、日本独自企画のライヴ盤『Europe Live Recordings 2022 / Live At Montreux Jazz Festival, July 2022』(BEAT)
メンバーの作品を一部紹介。
左から、ドゥドゥ・タッサ&ジョニー・グリーンウッドの2023年作『Jarak Qaribak』(World Circuit/BMG)、ハロー・スキニーの2017年作『Watermelon Sun』(Brownswood)
『Wall Of Eyes』の豊潤な音楽体験は、きっとこんな6枚にも繋がっている

トム初の劇伴仕事は、ルカ・グァダニーノが伊ホラーのカルト作をリメイクした映画にて。サム・ペッツ・デイヴィスとの共同プロデュースながら、ザ・スマイル新作とは異なり、背筋が凍るようなエレクトロニカ~ポスト・クラシカルを構築している。

JAMES HOLDEN 『Imagine This Is A High Dimensional Space Of All』 Border Community(2023)
ザ・スマイルの夏ツアーをサポートするのは、サイケ好事家が愛してやまない電子音楽家。確かにこの最新作でのスペース・ロック然としたぶっ飛びサウンドは、いまの3人と相性が良さそう。日本にも一緒に来てくれ!

こちらもサム・ペッツ・デイヴィスがバンドと共同プロデュース。生演奏とエレクトロニクスを静かに調和させた音作り、幽玄なムードはトリップホップ的であり、『Wall Of Eyes』と合わせて併せて聴くと彼特有の作家性が浮かび上がる気が。
エモからクラウトロックに変形する“Under Our Pillows”など『Wall Of Eyes』にはこのバンドを感じる瞬間が少なくない。こちらの最新EPは、さらに電子音を積極的に取り入れ、よりダンサブルに。12分近い“長い間”のトリップ感が圧巻だ。

ジェシー・ウェアなどに貢献してきたUKの才人によるソロ2作目には、たびたび彼と組んできたトム・スキナーも全面参加。ハイライフからレゲエまで多彩なドラミングで、黒人の歴史を広範に描く大作を支えている。

アイルランドのシンガーによる2作目。歌われているのは故郷の伝承歌だが、ドローンやノイズ、ヘヴィーなシンセが過剰な陰影を与えており、聴き手を一切、安心/安堵させない。フォークの領域を拡張していくプログレッシヴな傑作と言えよう。
