少しだけ遡ってみよう。LUCKY TAPESがファースト・アルバム『The Show』を発表した2015年といえば、多種多様なヒップホップ/R&Bがポップ・ミュージック全体を席巻しはじめた時期。それはここ日本においても例外ではなく、同時代のブラック・ミュージックに触発されたインディー・バンドが次々と台頭してきたのもこの頃で、言うまでもなくLUCKY TAPESもその一角を担う新世代であった。
あれから3年。東京インディーから飛び出した彼らは国内メインストリームの地殻変動を見据え、着実にその歩みを進めている。それだけでなく、バンドのフロントマンにしてソングライターの高橋海は、楽曲提供/リミックスにおいてもその手腕を振るっており、いまや次世代を担うプロデューサーとしても注目されるようになった。しかも、そんな彼がLUCKY TAPES以外の場面で聴かせているのはプログラミングを駆使したスムースなエレクトロニック・サウンド。その作家性にはいまだに底知れないものがある。
そんな高橋率いるLUCKY TAPESから、新EP『22』が届いた。初作から3年目のメジャー・デビュー盤となる本作においても、もちろんこのバンドならではのラグジュアリーなソウル・ポップは健在だが、気になるのは作品のそこかしこで鳴っているヴォイス・サンプルなどのエレクトロニックな要素。つまり、高橋はソロ・ワークでしか見せてこなかった一面を、ここにきてLUCKY TAPESにも導入しはじめているようなのだ。ということで、今回はその作家性に改めて迫るべく、高橋海にインタヴューを敢行。話題は彼の小学校時代にまで及んだ。
自分のなかのバンド・サウンド像が変わってきているところはある
――聞くところによると、高橋さんの音楽的なルーツは00年代の北米メインストリーム・ポップにあるんだとか?
「はい。カニエ・ウェストやエミネム、ビヨンセ、アリシア・キーズとか、そのあたりのヒップホップ/R&Bが自分のルーツとしてあります」
――どんなきっかけでそのあたりの音楽を聴くようになったんですか?
「小6のときに一か月ほどロサンゼルスに滞在したことがあって。当然向こうではカニエなんかが普通にラジオでかかっているから、そこで北米のポップに触れられたのがきっかけです」
――ああ、現地でそういう体験をされているんですね。
「音楽に限らず、そのときロサンゼルスで経験したことはものすごく大きくて。向こうに住む友達に連れられて、現地の学校やクラブ活動なんかも覗くことができたんですけど、当時の僕にはその生活が何から何までものすごく開放的で華やかに見えて。あの、〈TP〉って知ってますか? アメリカの子供がよくやるイタズラなんですけど」
――聞いたことはあります。トイレット・ペーパーを木に放り投げたりするやつですよね?
「そう。いわばあれって日本でいうところの〈ピンポンダッシュ〉みたいなものだと思うんですけど、友達が実際にやっていたり(笑)。あと、親からの影響でもあるんですけど、その頃からスケートボードにもハマって」
――それはちょっと意外ですね。ヒップホップ/R&Bが好きでスケボーもやってたというと、思わずヤンチャそうな子をイメージしますけど。
「日本だとそうかもしれませんね(笑)。でも、自分の中ではそういう認識ってまったくなくて。むしろ、向こうではいかにもナードっぽい子なんかも普通にスケボーで登校していたりするから、自分にとってはスケボーに乗ることはすごく自然だしリアルなことでした。中高生になってからも、たとえばテイラー・スウィフトのCDを貸し借りしたり、一緒にスケボーしたりするような友達もいたので、そういう趣味を共有できる人が日本でも周りにいたのは大きいかもしれません」
――では、その後に高橋さんの好きな音楽はどのように広がっていきましたか? それこそLUCKY TAPESの前身バンドにあたるSlow Beachには、当時のトレンドだったチルウェイヴの影響もありましたよね。
「確かにあの頃はチルウェイヴみたいな浮遊感のある音像が好きで、LUCKY TAPESの一枚目『The SHOW』(2015年)もその面影が残っているかと思います。でも、いま考えるとそれも自分のルーツとリンクしてるんですよね。当時よく聴いていたトロ・イ・モアやレニー・ウィルソンなんかは、グルーヴやコード感、使っている楽器がブラック・ミュージック感満載ですし」
――確かに、トロ・イ・モアあたりはビートにディスコっぽさがありました。
「それ以降でいうと、ムラ・マサやカシミア・キャットとかも大きかったかもしれないです。ただ、そのあたりの影響はどちらかというと、ソロとして作っているトラック音楽の方に顕著に出ているかもしれない。LUCKY TAPESでやっている音楽とは、また別物というか」
――実際、高橋さんがプロデュースしているiriさんや向井太一さんの曲を聴いたときはすごく驚きました。〈え、これLUCKY TAPESの人が作ったの?〉みたいな。
「あはは(笑)。それは嬉しいですね」
――つまり、それはバンドとソロでアウトプットを分けているということ?
「そこは意識的に分けてます。コンピューターを駆使して作るトラック・メイキングとバンドのサウンド・メイキングってまったく別物で。その場にいるプレイヤーたちと楽器を鳴らしながら音を重ねていくのがバンドの醍醐味だと思うんですけど、片や打ち込みは一度弾いた波形やMIDI信号を後からいじったり、エフェクトをかけたりして、リアルタイムの演奏では表現できない音像をカタチにできるのがおもしろいんですよね。どちらも異なる遊び方があって、魅力がある」
――以前はよくソロ名義で打ち込み主体のトラックをSoundCloudに上げてましたよね?
「そうですね。LUCKY TAPESが忙しくなってからはソロで曲を作る時間があまり取れてないんですけど、いつかソロ名義でも作品を出したい気持ちもずっとあって。〈LUCKY TAPESの人って、実はこういう表現もできるのか!〉みたいな驚きもあるのかなと思って、それまではあえてバンドに打ち込みの要素を持ち込まないようにしてたんですけど(笑)。今回のEPにはヴォイス・サンプルなんかも入ってるんですよ」
――今作にはソロ的なサウンドが少し入り込んでいるということ?
「そうなんです。LUCKY TAPESでは同期やシーケンサーに頼らず生音にこだわってきたから、あくまで生演奏可能な範囲で。たとえばサンプル・パッドなんかを使ってリアルタイムで叩けば、それは人間のグルーヴになるわけじゃないですか。そういったやり方なら違和感なく今までのサウンドに馴染むし、よりおもしろいことができるんじゃないかなと思って」
――今回そういった手法を初めてバンドに持ち込んだことには、何かしらのきっかけがあったんですか?
「そこに関しては狙って入れたわけでもなくて。というのも、これまでの僕らはメンバーが持ってきたリフやフレーズに、自分が展開やメロディーをつけて一曲に仕上げるというような作り方をしてきたのもあるんですけど、今回のEP制作時にはメンバーからアイディアが全く飛んでこなくて。時間もなかったので作詞作曲はもちろん、アレンジや細かなフレージングも含めて一人で全てカタチ作らなくちゃいけなくて。とはいえ、自分はギターやベースがうまく弾けるわけではないから、デモの時点ではその代わりにヴォイス・サンプルやシンセを入れておいて、あとからメンバーに差し替えてもらおうと思っていたんです」
――なるほど。あくまでもヴォイス・サンプルは仮のつもりだったと。
「はい。でも、実際にデモを聴いたメンバーから〈これはもうギターを入れる隙がない〉と言われてしまって(笑)。もちろん差し替えたところもあるんですけど、結果としてはヴォイス・サンプルもいくつか残すことになったんです」
――もしかすると、メンバーの皆さんは高橋さんがそういう要素をバンド内に持ち込むのを、どこかで待っていたのかもしれないですね。
「そうかもしれないですね。ソロで手掛けた作品なんかを聴いたメンバーから、〈こういうのをうちでも作ってよ〉と言われたこともあるし。あとは『Virtual Gravity』(2017年)を作っていた頃、FKJとかトム・ミッシュみたいな生音を使った打ち込みサウンドをメンバーにも聴いてもらっていたんですよ。こんな音楽や解釈もあるよ、というのを知って欲しくて」
――生音とエレクロニクスをにじませることによって、自分のなかにあるバンド・サウンド像が変わってきている?
「それはあるかも。バンド・サウンドのイメージが崩れつつある……というと大袈裟ですけど。2枚目の『Cigarette & Alcohol』(2016年)はけっこうJ-Pop寄りな作品だったので、今回のEPや前作EPくらいから、普段聴いているようなテイストをもっと落とし込んでもいいのかなって」
★参考記事:LUCKY TAPESがmabanua&類家心平と語った、『Cigarette & Alcohol』についてのインタヴュー
――2枚目がJ-Pop寄りというのは、具体的にはどういうことなのでしょう?
「〈A→B→サビ→A→B→サビ→間奏→大サビ〉みたいな、J-Popによくありがちな展開をわかりやすく作ってみたり、ハッキリとした音像で歌を中心に聴かせたりとか。そのリアクションを踏まえて、今回はもっと音楽的に自分がやりたいことをやろうと。特に最近は周りのアーティストを見ていても、実験的な表現がちゃんと評価されているように感じるし、メジャーだからとか意識して作った部分は全然なくて」
歌という表現は、もしかするとこういうことなのかもしれない
――今作はリリックにも少し変化があるように感じました。それこそ『The Show』の頃は楽曲のムードに則したロマンティックな描写が際立っていましたが、今回の歌詞はもっと現実的な視点から描かれているような気がして。
「たしかに『Cigarette & Alcohol』あたりまではサウンド重視で歌詞も考えていました。でも、それだけだと聴き応えに欠けるしボキャブラリーが不足してくる……〈baby〉とか〈feel〉みたいな英単語ばかり使ってましたね(笑)。そういったことから、『Virtual Gravity』に収録されている“シェリー”という曲で、初めて自分自身のことを書いてみたんです。すると、ライヴでその曲を歌ったときに自然と感情が入るというか、そこでちょっと熱くなってる自分がいて。しかも、その熱量って他のバンド・メンバーやお客さんにも伝わっていくんですよね。それで〈ああ、歌という表現はもしかするとこういうことなのかもしれない〉ということに気づいて。それからは歌詞で自分の心情や訴えなんかを描くようになりました」
――等身大の言葉で歌ってみたら、すこし歌の捉え方が変わったと。
「そうですね。実際、自分自身のことを書くようになってからは、作った曲への愛着も以前より強くなってきてる。そもそも自分は歌うことが好きでヴォーカリストになったわけではないんです。むしろ、友達とカラオケに行くと自分は聴く側にまわるくらい、人前で歌ったり話したりするのが苦手な人間だったし、自分自身をさらけ出したり、感情的になることもあまりなくて」
――うん。きっとリスナーが高橋さんに抱いているイメージもそんな感じだと思います。
「とはいえ、ストレスを全く抱えていないというわけでは勿論なくて。実際は世の中に対する不満とか、自分や周囲の人達に思っていることなんかも色々あるんですよ。今作ではそんなフラストレーションを歌詞にぶつけたりもしています」
――確かにフラストレーションのようなものは込められているように感じました。
「うん。もしかすると、歌を通して自分をさらけ出すのが怖くなくなってきているのかもしれない。ファーストを出した頃は、ライヴで歌うのもホント苦手で。声の出し方もよくわかっていなかったから、演奏が終わったらもう合わせる顔がなくて、楽屋から出られないようなこともよくあったんですけど(笑)。こうしてバンドを続けてきたなかである程度の基礎を覚えたり、発声の仕方を教えてもらったりして、最低限の自信は持てるようになった。上手くはないけど、〈これなら人前で歌っても大丈夫〉みたいなところまではいけてるかなと」
――高橋さんのなかで、目標となるようなヴォーカリストは誰かいたのでしょうか。
「この人みたいになりたい、といったような目標となる人物像はなくて。ガラントとかコン・ブリオのジーク・マッカーターなんかはヴォーカリストとしてかっこいいなと思ってるものの、自分のスタイルとはまた別物なので。これはヴォーカルに限ったことではないんですけど、自分の中でロール・モデルのようなものは作ることがほとんどない。その方が自由度があって新しいものやスタイルを生み出せる可能性が高いんじゃないかな」
――こうしてお話を伺ってみても、高橋さんはすごく多面的な作家なんだなと改めて思いました。そんな高橋さんにとって、バンド・ミュージックの魅力とはどういうところにあるのでしょうか?
「実は僕、the HIATUSが大好きだったんですよ。今でも当時のツアー・タオルを枕カバーにして寝ているくらい(笑)。the HIATUSのライヴって、爆発的なエネルギーみたいなものが生み出される瞬間があるんですよ。あのパフォーマンスをみたら、虜にならない方がおかしい」
――確かにそれは重要な体験ですね。
「トラック・メイクが構築の美学だとしたら、バンドは技術や人数以上のエネルギーを生み出すことができる不思議なパワーを秘めた遊びだと思います」
Live Information
LUCKY TAPES “22” Release One Man Tour
2018年6月3日(日)大阪・梅田Shangri-La
2018年6月23日(土)東京・キネマ倶楽部(SOLD OUT)
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