
THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVES
映画「ボヘミアン・ラプソディ」で振り返る、クイーンの輝ける日々
幻のような現実を歩んだフレディ・マーキュリーとクイーンの物語
クイーンの代名詞ともいうべき“Bohemian Rhapsody”という楽曲は、〈これは現実か、それともただの幻想か〉という象徴的な言葉で幕を開ける。そして、同曲が世に出てから実に43年もの年月を経て公開を迎える映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、ドキュメンタリー作品でもなければ、ミュージカルでもない。貴重な記録映像にインタヴューを絡めながらアーティストやバンドの歴史を具体的に浮き彫りにしていく、といった類の映画が次々に制作/公開されている近年ではあるが、それともまったく趣を異にするものだ。〈伝記〉という呼び方もしたくない。むしろこれは、あくまで事実をもとにしながら構築されたヒューマン・ドラマであり、同時に、これまで伝えられてきた〈絵に描いたような物語〉が幻のような作り話ではなく現実だったことを教えてくれるものでもある。
物語は、あくまでフレディ・マーキュリーという存在を軸にしながら、クイーンの誕生前夜から、その歴史のなかで大きな節目となった85年の〈ライヴ・エイド〉出演時までを追うものとなっている。結果的にはクイーンの前身として認知されることになったバンド=スマイルからフロントマンが脱退し、途方に暮れたブライアン・メイとロジャー・テイラー。彼らの前に突然現れて「僕はどう?」とアピールしてきたフレディ。そのフレディが、英国生まれではないがゆえに抱えていたある種のコンプレックスと、日頃から受けていた差別や侮辱。クイーンとしての始動と、チャンス到来……。そうした経緯と背景は、これまでに多数刊行されてきた書籍などを通じて筆者自身も理解してきたつもりだったが、スクリーンのなかでは記憶のなかにあるそうした事実の〈点〉のひとつひとつが〈線〉として繋げられていく。
音楽業界の有力者との接触。影響力の大きなTV番組への出演。何かひとつヒットすれば同じようなシングルを求めるレコード会社と、自分たちならではの音楽スタイル確立をめざそうとするバンドとの闘い。成功劇と、その裏側で失われていく平穏な日常。数々の甘い誘惑と、そこに隠された落とし穴。深い愛情と、呆気ない裏切り。そうした紆余曲折を経ながら、ようやくみずからにとっていちばん大切なものが何であるかを改めて理解するに至った主人公は、ほぼ同じ頃に、自身の人生が終わりに近付きつつあることを察知してしまう。しかし、だからこそ彼は、残された日々を……。
必要以上の具体的説明は避けておこうと思うが、フレディとクイーンは、まさにそうした〈嘘のような本当の物語〉を歩んできた。それを裏付けるようなこの作品と向き合いながら改めて痛感させられるのは、クイーンの誕生こそがフレディにとっての新たな人生の始まりであり、このバンドこそが彼にとってのファミリーだったのだということ。そして、死というものを意識したときに見えた、実際の家族や身近な人間の大切さ。そうした心境変化が描かれる終盤の展開には、本当に心を打たれるものがある。そうした感動がもたらされるのは、称賛に値する美しい出来事ばかりが描かれているわけではなく、相当な自信家でもあったはずのフレディが抱えていた孤独の大きさや、それゆえに誘惑に抗いきれないある種の愚かしさも持ち合わせていたことが、しっかりと描かれているからでもある。
しかも、当時がいわゆるLGBTについて今現在に比べてまだまだ無理解で不寛容と言わざるを得ない時代だったこと、フレディ自身とバンドにとって大きな分岐点となった〈ライヴ・エイド〉が飢餓に苦しむアフリカ難民の救済を目的とするものだったこと、そして、彼の生涯に終止符をもたらしたのがエイズだったこと……。そうした事実のひとつひとつが、クイーンとフレディの物語における時代背景の意味を大きさまでをも伝えてくれる。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、そうした人間ドラマとして奥行きのある作品であるのと同時に、当然ながら、音楽ファンならばいっそう深く楽しめる部分というのを持ち合わせている。初期のクイーンは、当時の所属マネージメントが所有するスタジオの空き時間を縫うようにしながらアルバム制作に取り組み、幾度もテープ・ダビングを重ねながらあの分厚いコーラスや独特のサウンドを作り上げており、70年代の作品にはいつもクレジットの最後に〈誰もシンセサイザーを使用していない〉という一文が見受けられたものだ。この映画のなかでは、そうした気の遠くなりそうな作業の模様も再現されている。




そうした過程を経て、のちに広大な農場に設えられたスタジオにこもって録音された『A Night At The Opera』の制作風景や、さらには“We Will Rock You”や“Another One Bites The Dust”といった楽曲が生まれたプロセスなども、とても克明に描かれている。何度歌っても終わらないコーラス録音にしびれを切らしたロジャーが苛立ち、フレディがそれをなだめる場面なども、とてもリアルだ。同時に、各メンバーを演ずる役者たちのなりきりぶりも尋常ではない。なにしろ姿や表情ばかりではなく、語り口調までそっくりなのだから。
あくまでフレディの存在を軸としながら編まれた物語であるとはいえ、当の彼自身の記憶や現在の解釈といったものを、この映画に盛り込むことが不可能であるのは言うまでもない。が、そこでブライアンとロジャーが制作面に全面協力していることが、この映画にとんでもないリアリティをもたらしている。さまざまな局面でのフレディの発言や仕草がとても生々しく感じられるのは、それらが実際、かつて彼らが耳にし、目にしてきたものだからであるに違いない。もっと言うならば彼らには〈フレディが言いそうなこと、やりそうなこと〉もわかっているのだ。
加えて、まさしく70年代の音楽雑誌の誌面で見た覚えのあるような風景やコスチューム(ステージ衣装ばかりではなく普段着までも!)、場面といったものが映画の随所にちりばめられている。古くからのファンはそうした記憶が映像となって動きはじめたかのような不思議な感覚を味わうことになるだろうし、逆に当時を知らない世代にとっても、この「ボヘミアン・ラプソディ」と向き合うことは、クイーンとフレディの足跡、そしてあの時代を追体験することのできる絶好の機会となるに違いない。 *増田
「ボヘミアン・ラプソディ」
【監督】ブライアン・シンガー
【製作】グラハム・キング、ジム・ビーチ
【脚本】アンソニー・マクカーテン
【音楽総指揮】ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー
【出演】ラミ・マレック(フレディ・マーキュリー)、ルーシー・ボイントン(メアリー・オースティン)、グウィリム・リー(ブライアン・メイ)、ベン・ハーディー(ロジャー・テイラー)、ジョー・マゼロ(ジョン・ディーコン)、エイダン・ギレン(ジョン・リード)、トム・ホランダー(ジム・ビーチ)、マイク・マイヤーズ(レイ・フォスター)他
■原題:Bohemian Rhapsody
■11月9日(金)より全国ロードショー
■配給:20世紀フォックス映画 © 2018 Twentieth Century Fox

THE SHOW MUST GO ON
クイーンが作ってきた栄光の軌跡
伝説のロック・バンドとは彼らのことである。ポップスターと呼ばれるに相応しいオーラを纏った彼らのロックスターとしての輝きは説明するまでもなく、セールス的な目線から見ても比類なきヒットメイカーなのは疑いない。そんなバンドを〈史上最高のエンターテイナー〉と賞賛しているのはレディ・ガガだが、彼女やケイティ・ペリーら2000年代以降のポップスターたちが惜しみなく賛辞を贈る存在、それがクイーンだ。そのように大仰な形容を書き連ねてみてもまるで大袈裟に思えないのは、彼らの生み出した音楽が備えているスケールの大きさゆえだろう。広く世界中のオーディエンスに向けて、ビッグな言葉で絶賛されるのがよく似合うバンド、それがクイーンなのである。
もちろん91年にフレディ・マーキュリーがこの世を去ってから、完全体なバンドとしての活動はない。それでも彼らの音楽がスタンダードの域を越えて親しまれ続けているのは、映画やドラマ、CM、カヴァー、サンプリングなどを通じて彼らの楽曲が何度となく時代を魅了しているからであり、彼らの楽曲にそれだけの耐久性が備わっているからだ。それゆえにパロディーやオマージュもあっさり受容できる懐の深さはとんでもない。
例えば90年代にコメディー映画「ウェインズ・ワールド」(92年)で“Bohemian Rhapsody”の馬鹿馬鹿しい楽しさを知った人は多いだろうし、2000年代以降だとミュージカル「ウィー・ウィル・ロック・ユー」、あるいは「The X Factor」などのオーディション番組、さらには「glee/グリー」の影響も絶大だろう。日本ではTVドラマ「プライド」(2004年)を通じてリヴァイヴァルが起こり、ベスト盤『Jewels』がミリオン・ヒットしたことも思い出される。ビヨンセとブリトニー・スピアーズ、ピンクがCMで歌う“We Will Rock You”にせよ、スポーツ番組でたびたび使われる“We Are The Champions”にせよ、「ハッピー フィート」(2006年)シリーズでのブリタニー・マーフィらの歌唱にせよ、近年だと「ベイビー・ドライバー」(2017年)で使用されていた“Brighton Rock”にせよ……まあ、そうやって細かく挙げる必要もなく、世界のどこかでは常にクイーンの楽曲が流れていて、世代を問わず否応なく誰かが耳にしているのだろう(海外のリアクション動画などを観ていても、キッズたちの多くがクイーンの曲を知っていることに驚かされる)。そんなわけで「ボヘミアン・ラプソディ」がここで公開されるのは多くの人にとって良い機会となるはずだ。この映画は誰もが(声は)知っているフレディ・マーキュリーとクイーンの、知られざる部分も交えた伝説を実体化して見せてくれる物語である。そんな性質の映画だけに、本編を観ていただければバンドのドラマティックな歴史をここに記しておく必要もなくなるのだが、とりあえず簡単にまとめておこう。
公式には71年結成とされるクイーンだが、その前史はもう数年ほど遡ることができる。ブライアン・メイ(ギター)とロジャー・テイラー(ドラムス)らがスマイルというバンドを結成したのが68年のこと。カレッジに進学したブライアンと友人のティム・スタッフェル(ヴォーカル/ベース)がジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを意識してバンド結成を思い付き、そのメンバー募集を見てロジャーが加わったのだ。ギグを行いながらマーキュリーとメジャー契約したスマイルだったが、69年に発表した唯一のシングル“Earth”は鳴かず飛ばず。70年になるとティムは別のバンドを選んで脱退してしまう。そこで登場したのが、サワー・ミルク・シーというバンドで歌っていた知人のファルーク・バルサラだった。彼を加えたバンドは名前をクイーンに改め、ファルークもフレディ・マーキュリーと名乗るようになった。後にティムは〈自分の行いでもっとも良かったのは、スマイルを脱退したこと。そうしなければクイーンはなかったんだから〉と語ってもいる。
ライヴ活動を行いながらもベーシストが定着しなかったクイーンではあったが、71年2月にはジョン・ディーコンが加入。バンド公式の結成タイミングはこの4人が揃った時だ。まだ大学生だった彼らはライヴとリハーサルを繰り返し、72年6月からロンドンのトライデント・スタジオでアルバムのレコーディングを開始した。翌73年にはトライデントを経由してEMIとレコーディング契約を結び、7月にファースト・アルバム『Queen』をリリース。当初は本国プレスから良い評価は得られなかったものの、74年2月にBBCの「Top Of The Pops」に出演して“Seven Seas Of Rhye”を披露したあたりから状況は好転、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルの亜流という評価を超えてバンドのオリジナリティーが認められるようになっていく。同曲はチャートでTOP10入りし、2枚目のアルバム『Queen II』も全英5位のヒット。モット・ザ・フープルの前座として初めてアメリカ・ツアーを経験し、同年のうちにサード・アルバム『Sheer Heart Attack』もリリース。そこからは“Killer Queen”が大ヒットし、いわゆるハード・ロック・バンドとは異なるクイーンならではの個性を完全に認知させることに成功した。
以降は莫大なヒット・ソングとクラシック・アルバムの連なる破竹の成功劇だ。クイーンがリリースしてきたアルバムのザックリしたあらましについてはディスクガイドをご覧いただくとして、そのスタジオ・ワークにかけるチャレンジングな情熱が特殊な名曲・名盤を生み出していく様子は映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも生々しく描かれている。75年には5分55秒という異例の長さのシングル“Bohemian Rhapsody”を発表。この演奏やコーラスの実演が容易ではないために作られたプロモーション映像が、今日的なMVの先駆けになったことを知る人も多いだろう。同曲は現在では英国レコード産業協会(BPI)によって〈史上最高のシングル〉に選定されている。
それぞれまったく異なるタイプの曲を書くフレディとブライアンを擁しつつ、ジョンとロジャーも活動のなかでソングライターとして成長。その結果、時には迷走とも取れるほどメンバー個々人の音楽的な嗜好とアイデアが追求され、印税の格差や音楽性の違いを理由に不仲に陥った時期もあった。それでもクイーンの4人を固く結び付けていたのは自分たちの作り出す唯一無二な音楽への自信だっただろう。グラマラスでエレガントな70年代からストロングでフィジカルな80年代という時代の変化に自然に呼応し、ロックの美学をそのままポップの美意識へと転換できたのは、同世代のアーティストと比べてみてもなかなか稀有なケースだったのではないだろうか? 85年1月にはブラジルのリオデジャネイロで初めて開催された世界最大のフェス〈ロック・イン・リオ〉に出演し、7月には世界規模の大がかりなチャリティー・コンサート〈ライヴ・エイド〉にも登場。会場の人気をさらう見事なパフォーマンスを披露して、空前の成果を上げた。

そうした紆余曲折を経験する過程でメンバー同士の人間関係も修復。不動の国民的バンドとして90年代に突入していくのだが……クイーン結成20周年にあたる91年の11月24日、フレディはHIVによる免疫不全を原因とする肺炎でこの世を去る。翌92年にウェンブリー・スタジアムで7万人を集めて(+10億人以上が中継を視聴するなかで)開催された〈フレディ・マーキュリー追悼コンサート〉はジョージ・マイケルやアクセル・ローズらの歴史的なパフォーマンスを生み、その収益はエイズ撲滅をめざして活動する慈善団体〈マーキュリー・フェニックス・トラスト〉の礎となった。
そうした永遠の功績を残しつつ、クイーン自体も単なる伝説のバンドになることを選んだわけではない。フレディ最後の録音を含む『Made In Heaven』(95年)を発表後、クイーンはベスト盤のための新曲として“No-One But You(Only The Good Die Young)”(97年)を3人で録音。ジョンはこれを最後に引退しているが、ブライアンとロジャーは個々に表舞台で活動を継続し、2005年から数年間はクイーン+ポール・ロジャースとして、2012年から現在に至るまではクイーン+アダム・ランバートとしてツアーを行ってもいる。今回の「ボヘミアン・ラプソディ」公開を機に彼らの物語に触れ、その音楽に愛を深めるリスナーがさらに増えることを願ってやまない。 *轟
クイーンのベスト盤。
クイーンのライヴ盤を一部紹介。
入手が容易な関連作。
DISCOGRAPHY
クイーンが残した華麗なる名盤たち

ジョン・アンソニーとロイ・トーマス・ベイカーがプロデュースしたファースト・アルバム。71年のジョン・ディーコン加入後からデモ制作を始め、ストーンズやボウイら大物たちの録音の合間にスタジオを使っていたためレコーディングに長い期間を費やしたのは有名な話。本国ではレッド・ツェッペリンの亜流と見なされたものの、ブライアンのギターが奏でる特徴的なハーモニーは幕開けの“Keep Yourself Alive”からすでに全開だった。邦題は〈戦慄の王女〉。

初作のリリース後すぐに短期間で録音されたセカンド・アルバム。ブライアン作のナンバーを中心とするA面の〈白〉とフレディのペンによる楽曲で固めたB面の〈黒〉の2部構成で、組曲/メドレー的な作りも含めて同時代のプログレ作品からの影響も感じられる。昂揚感に溢れた出航を告げるような“Seven Seas Of Rhye”(前作の終わりにインストの小品で収録されていた)がシングル・カットされて初の全英TOP10を記録し、本国での快進撃もようやく始まった。

全英2位を獲得して完全に本国での評価を引っくり返したサード・アルバム。“Brighton Rock”や“Now I'm Here”などブライアンらしいハード・ロックも緩急自在ながら、フレディ作のシングル“Killer Queen”が全英2位を記録してクイーンならではの壮麗さはいよいよ次のステージへ。一方でジョンの書いた“Misfire”も採用となり、初めて4人の楽曲が並んだアルバムでもある。全米チャートでも12位まで上昇し、USでのブレイクの足がかりとなった。

“Bohemian Rhapsody”を収めたキャリア最高傑作とされることも多い一枚で、各人の実験精神と莫大な制作費を注ぎ込まれた英国ロックの金字塔だ。シングルもアルバムも初めて全英1位を獲得。指折りのバラード“Love Of My Life”もあって総合的にフレディの色合いが濃いドラマティックな出来映えながら、ジョンによる上品なポップソング“You're My Best Friend”も忘れてはいけない美曲だろう。ブライアンは“Sweet Lady”でロック色を補足している。

前作と対になるイメージで制作された5作目。欧州各国でNo.1に輝いたほか、日本でも初めてチャート1位を獲得するなど、前作の延長線上で世界的にヒットした。聖歌のようなコーラスに圧倒される“Somebody To Love”やエレガントな“Good Old Fashioned Lover Boy”などフレディ作のナンバーがここでも中心。ハードな“Tie Your Mother Down”や親日家ぶりの表れた“Teo Torriatte(Let Us Cling Together)”などブライアン作の楽曲も光る。

パンク・ロック隆盛を迎えたシーンの様相も睨んで前2作の作り込みから揺り戻し、従来よりシンプルな意匠で制作された転機の一作。オープニングの“We Will Rock You”と続く“We Are The Champions”の勇壮なスケール感は、その後のスタジアム化を導く前ぶれとなった。一方でジョンらしい美メロの“Spread Your Wings”がコーラスなしだったり、ロジャー自作自演の実質的なソロ曲“Fight From The Inside”もあって作りは多様化している。

数作ぶりにロイ・トーマス・ベイカーをプロデューサーに呼び戻すもメンバー個々の曲志向はさらに拡散。グルーピーを歌ったブライアン作の大味なロック“Fat Bottomed Girls”、ロジャー主導のマッチョなディスコ“Fun It”など、曲ごとの意外性がアルバムとしての佇まいを散漫にしている。いまも人気のピアノ・ロック“Don't Stop Me Now”、奇想天外な自転車オペラ“Bicycle Race”といったフレディ作のヒットも妙に躁状態なのがおもしろい。

初のライヴ盤『Live Killers』を間に挿んで2年ぶりのオリジナル作となった、80年代最初のアルバム。インスタントなエルヴィスへのオマージュ“Crazy Little Thing Called Love”とジョンがシックを模倣した“Another One Bites The Dust”という2つの全米No.1ヒットを生み、アルバムも初の全米1位へ駆け上がった。フレディらしい“Play The Game”とブライアンの“Save Me”という従来色の強いナンバーを冒頭と終幕に置きつつ中身は多彩。

前作から半年後に登場した本作はSF映画「フラッシュ・ゴードン」のサントラ。いずれもブライアン作となるシングル・ヒット“Flash's Theme”とラストの組曲的な“The Hero”を除けばすべてインストの楽曲だ。前作で大胆に導入したシンセを大幅に使用した創作は、彼らならではの80年代サウンドを手繰り寄せるきっかけになったかもしれない。

ジョンとフレディ主導でさらなるディスコ~ブラック・コンテンポラリーへの系統を見せた異色のアルバム。先行で全英1位を獲得していたデヴィッド・ボウイとの“Under Pressure”を除けば、シンセ・ベースを用いた“Body Language”などのシングルが軒並み不発に終わったのもファンの反発を物語る。ただ、ジョンとフレディが珍しく共作した“Cool Cat”は全編ファルセットのスウィートなソウル曲だったり、ジョン作の“Back Chat”は曲も唱法もマイケル・ジャクソンまんまで微笑ましかったり、ユニークな成果もあるのは確か。

前作の反動から『The Game』期のバランスに回帰しつつ、ニューロマなどの流行とも同時代性を見せたポップな快作。いかにも80年代的なリズム・ワークをロジャーが施した“Radio Ga Ga”、女装MVも話題になったジョン作の“I Want To Break Free”に加え、初期クイーン風の哀感を帯びたフレディ作の“It's A Hard Life”、ブライアンらしい拳骨ロック“Hammer To Fall”もシングル化。印税で揉めないため……という理由はともかく四者四様な才能の凄さは明白だ。

〈ライヴ・エイド〉で関係を修復した4人が手を取り合った力作で、久々に全英1位に復権。バンド名義で書いたスタジアム仕様の“One Vision”やフレディ&ジョン共作のしみじみ系“Friends Will Be Friends”のほか、ロジャーのモダン・ポップ路線“A Kind Of Magic”と“Don't Lose Your Head”がハマっている。本作に伴うツアーの模様はこの年のうちにライヴ盤『Live Magic』にまとめられるが、そこでも聴けるネブワースでのショウが4人で最後の演奏となった。

それぞれのソロ活動を挿んで3年ぶりに4人が集結した全英No.1アルバムで、民主的に曲作りが進められた結果、全曲がクイーン作でクレジットされている。デヴィッド・リチャーズを共同プロデューサーに迎え、仰々しい初期のスケール感とストロングな80年代路線のマナーを融合したような雰囲気はヴェテランならではの総合力か。骨太ロックな先行カット“I Want It All”やスピード感に溢れたスリリングな名曲“Breakthru”がヒットした。

フレディを含む4人で完成させたという意味においての、実質的なラスト・アルバムだ。待望感も手伝って全英No.1を易々と記録し、クラシックやフラメンコを“Bohemian Rhapsody”風に展開させたプログレっぽい表題曲も全英チャートを制覇。ブライアン主導のカラッとした直球ロック“Headlong”もありつつ、情感のこもる“These Are The Days Of Our Lives”や悲痛なまでのラスト・ナンバー“The Show Must Go On”などは状況を窺わせる。

『Innuendo』制作後にマウンテン・スタジオで行われたセッションにおけるレコーディング素材などを元に、残ったメンバーで編集作業を行って仕上げられた一枚。フレディのソロ作『Mr. Bad Guy』(85年)収録曲など素材の出所はさまざま。フレディ最後のヴォーカル録音だという“Mother Love”や彼が書き下ろした最後の曲となる“A Winter's Tale”など、バラード調の曲を軸にまとめた清らかなヴォーカル・アルバムだ。
DISCOGRAPHY
21世紀をロックするクイーンの子孫たち

現在までに至るモダンなクイーン再評価ブームを決定付けたのは、『A Night At Opera』にインスパイアされて生まれたこの名盤。“Welcome To The Black Parade”だけでも影響は明白です。ジェラルドはソロのライヴで“We Are The Champions”をカヴァーしていたりも。

2000年代初頭のデビュー時からクイーンを引き合いに出されてきた彼ら。解散状態からの復活後も独自のハード・ロック道を進みつつ、2015年には何とロジャー・テイラーの息子であるルーファスがドラマーとして加入、この最新作では全曲で叩いています!

弾けるようなピアノに乗せて登場した頃から、クイーン風の音楽性やアクションで脚光を浴びたミーカ。当然本人も意識はあったに相違なく、こちらの最新作では自身の病を知った当時のフレディをイメージしたという“Last Party”を収め、さらに深い表現に踏み込んでいます。

THE PRETTY RECKLESS Going To Hell Cooking Vinyl/ビクター(2014)
女優/モデルのテイラー・モムセンが率いるバンドは、本作にて“We Will Rock You”そっくりの“Heaven Knows”を披露。ピンクやケイティ・ペリーらの流れをも受け継ぐタフな女王によって、より若い世代にクイーンの存在が知られていく機会は今後もありそう。

説明不要でしょうが……“Radio Ga Ga”から取った名前の由来を改めて認識させる出来映えだったのが、ここに収録の壮大なクイーン調バラード“Speechless”でした。この後の『Born This Way』にはブライアンがギターで参加した“We Will Rock You”風の“You And I”を収録!

ストラッツが出てくるまでは数少ないフレディ・フォロワーの筆頭に挙げられていたのがこのネイト。本隊ファンでのヒット作『Some Nights』を特徴づけていた華麗なるクイーン感覚は、朗々たる歌唱やサウンド的にも地続きなこのソロ作品でも味わうことができます。

デビュー時より〈フレディ・マーキュリーの再来〉と騒がれたルーク・スピラーをフロントに擁するバンド。英国ロックのグラマラスな部分を抽出した存在感に艶と逞しさを兼備した歌唱も、さらにはフレディやガガと同じザンドラ・ローズの衣装、しかも顔まで似てるとは!

ワン・ダイレクションから個々がソロ展開するにあたって、もっともトラディショナルな英国ロック路線を選んだのがハリー。当人もボウイやクイーンを引き合いに出していたこのソロ・デビュー作では、コールドプレイ+クイーンっぽい“Sign Of The Times”あたりに注目を。
エンターテイメント性を重視したキャッチーな音楽性を志向する彼はクイーンやミーカの屈託ないオマージュでも有名。ディズニー楽曲集『Thank You Disney』で〈アナ雪〉の“Let It Go”を取り上げた際も女王つながりな意匠でゴージャスに仕上げていました。その愛に感服!

美しい旋律と昂揚感をEDMのシーンで追求するゼッド。先だっても〈the best band of all time〉とツイートしていた通り、クイーンから受けた音楽的な影響は絶大だそう。DJセットでも“Bohemian Rhapsody”や“Don't Stop Me Now”などを組み込んで大舞台を揺らしています。

PANIC! AT THE DISCO Pray For The Wicked DCD2/Fueled By Ramen/ワーナー(2018)
サントラ『Suicide Squad』(2016年)にて“Bohemian Rhapsody”のカヴァーを披露するよりずっと昔からフレディ好きを公言してきたブレンドン。一人ユニットになった頃から歌唱も憧れに近づいてきたようで、ミュージカル仕立ての本作はフレディmeetsシナトラな威厳もあり。

歌唱面ではフレディに比肩するレンジの持ち主であり、2012年から〈クイーン+アダム・ランバート〉名義で継続的にライヴ活動をしているアダム。その流れもあって、本作の“Lucy”にはブライアンがギターで参加しています。今後はクイーンとの新録作にも期待したいところ!
