新生R&Sをリードする……どころじゃない神聖なるニュー・アルバムが降ってきた。大きなインスピレーションから生まれたメロウな音風景の奥には何がある?
それまでも彼一流のセンスはコア層から相応な評価を得ていたはずだが、今度はそこから一歩突き抜けるかもしれない。昨年のシングル“Airglow Fires”と今年に入っての“2 Is 8”がPitchforkで〈Best New Track〉に選ばれ、前者はジャイルズ・ピーターソンによる〈WorldWide〉の〈Track Of The Year〉に輝いたローンは、かつてない前評判と共にアルバムをリリースすることになった。
果たせるかな、その『Reality Testing』は素晴らしいとしか言いようがないのだが、一聴してわかるのは先行カットからも感じられたサウンドの大きな変化だ。特に前作『Galaxy Garden』は享楽的なレイヴ・フィーリングに大きく転じた一枚として脚光を浴びただけに、新作におけるメロウな饒舌さはより深いものに感じられるのではないか。ローン自身は変化の理由についてこう説明している。
「レイヴとか、レイヴにインスパイアされた音楽にちょっと飽きてしまったんだ。そういう音楽は、もうたくさん作ってきたからね。だから、今回は違う音楽を採り入れたいと思った。そこでヒップホップやハウスみたいな音楽を改めてたくさん聴くようになったんだ。制作中、レイヴはほとんど聴かなかったよ。何か違うことをやりたいっていう目的から生まれた変化なんだ」。
もちろん活動初期から彼はフュージョンやソウルのネタ一発的な側面も見せることがあったし、いわゆるジャジー&メロウ系に括っても差し支えないダウンテンポなトラックも多かった。が、あまりにもDJプレミアやピート・ロック(……というかDJカムが作っていた彼らへのオマージュとか……)を連想させる“2 Is 8”を聴けば、びっくりするのを通り越してあっさり盛り上がってしまうしかないというものだろう。で、実際にローンが最近ハマっているものとして挙がってきたのは、デトロイトのワイルド・オーツ(主宰者のカイル・ホールやジェイ・ダニエルなど)系などもありつつ、「いまだに昔の音楽を探索するのが好きなんだよね。ヒップホップとか。タイムリーに聴いてないぶん、自分が若すぎて聴き逃してしまっていた音楽をいま発掘して聴くのが楽しいんだ」と語る。
「シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノももちろん聴いてた。でもメインはヒップホップなんだ。今回のアルバムで俺が作りたかったのは……ヒップホップのビートとハウス・トラックって、まったく違うわけではないんだよね。その2つのプロダクション・テクニックって似てるんだ。だから完全に違う音楽ってわけじゃない。テンポが違うだけなんだよ。それが今回のアルバムを制作するうえでのインスピレーションだったんだ」。
ローンいわく、その両者に共通しているのは「ロウで、ヘヴィーなフィーリング」だという。その共通したフィーリングを手掛かりにクリエイションを進めていったからこそ、アルバムに取っ散らかった印象はまるでない。ここまで〈ヒップホップ・アルバム〉という印象を前提に文を書いてはいるが、シンセの美しいダウンテンポ・アルバムでも、ドリーミーなスロウ・テクノのアルバムでも何でも構わない。そのどれもが真っ当な形容として、この『Reality Testing』の煌めきをキャッチしているのだと思う。
「作品はいつだって自分の日記みたいな感じがするんだ。ある特定の時期の記録、みたいな。いまはアルバムを作ることにだいぶ慣れてきたし、アルバムは意識して物語のようにしたいんだよね。なるだけ滑らかな流れを意識してる。ある特定のトラックが目立つようなことはしたくないし、ひとつの単体として皆に聴いてほしいんだ。だから、物語のようにスムースっていうのは、アルバムとして作品をまとめるにおいてすごく自分にとって大切なことなんだよ」。
本作の完成後にマンチェスターからロンドンへ移ったというローン。その影響がどのような変化をまたもたらすのか、次の作品がどうなるのかはまだわからない。が、この日記を数年後に読み返したとしても、2014年のローンは最高にヤバかった、と記してあることは確かだろう。
▼ローンのアルバム
左から、2008年作『Lemurian』(Dealmaker)、2009年作『Ecstasy & Friends』(Werk Discs)、2010年作『Emerald Fantasy Tracks』(Magic Wire)、2012年作『Galaxy Garden』(R&S)
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