Photo: Jamie Beck / Ann Street Studio

 

相反する感情がひっきりなしに切り替わるシューマンの魅力

 デビュー当時、前のめりになって歌い込む、血気盛んな演奏を聴かせていたチェロ奏者ゴーティエ・カピュソン。それから20年近く経った。中堅の域に達し、より全体を見渡すような懐の深い音楽をも奏でるようになった。「若い頃は、やはり楽譜にしがみつきがちだからね。経験を経て、だんだんと俯瞰的になったんじゃないかな」

GAUTIER CAPUCON シューマン:チェロ協奏曲、チェロのための室内楽作品集 ワーナー(2019)

 その彼が、今回のアルバムで取り組んだ作曲家はシューマン。ベルナルト・ハイティンク指揮ヨーロッパ室内管との共演によるチェロ協奏曲と、マルタ・アルゲリッチのピアノとの3つのデュオ作品、そしてそのコンビに兄ルノー・カピュソンのヴァイオリンも加わっての《幻想小曲集》で構成される。「チェリストにとっては誰もが知っている重要なレパートリー」だ。

 シューマンの魅力は、その作品の親密性にあると彼は言う。たとえば、チェロ協奏曲の第2楽章。「弦楽器がピチカートで伴奏するなか、独奏チェロとオーケストラの首席チェロが対話する場面があるんです。とても室内楽的な性格があるのがシューマンらしい」

 そのシューマンの難しさは、技術的なことではなく、その音楽の性格を捉えることにあるという。「彼の曲には、荒々しい部分と夢見るような部分、あるいは不安定性と安定性といった、相反する性格が内在しています。そういった性格を捉え、音に乗せていくのが難しいのです。もちろん、そういった難しさを聴き手に伝わらないようにするのも、また難しい(笑)」

 その難しさが、楽しさにも繋がる。「様々な感情が入れ替わり立ち替わり出てくること」が演奏していて、もっとも面白いところだという。

 それは、まるで役者のようでもある。「音楽をやっていて面白いのは、演奏会で色々な音楽を通すことで、自分のなかにある様々な感情を表出することができるところ。だから、自分はこうだと思い込んでいる性格の一面だけが出てくるのではなく、多面的な部分を引き出されるところに、音楽の趣深さを感じるんです」

 アルゲリッチとは、ルガノの音楽祭などで20年近く共演、このアルバムでも息の合ったアンサンブルを聴かせている。「彼女は特別な演奏家というより、もはや神話のような存在ですよ。音楽家としても人間としても、とても情熱的でありながら真摯で、表裏がないんです」

 今後のレコーディングも、話題を呼びそうな企画が続く。兄ルノーと、ピアノのフランク・ブラレイとでベートーヴェンのピアノ三重奏曲《幽霊》と《大公》、そしてユジャ・ワンとの共演でショパンとフランクのチェロ・ソナタの2つが予定されている。